王妃教育の謎
「モンフォール公爵令嬢フェリシア、貴様との婚約を破棄する!」
王太子であるルシアン王子殿下は、きりっとした表情で高らかに宣言しました。
「王妃教育を投げ出すような女は、王太子妃にふさわしくない!」
「はい、殿下。おっしゃる通りでございます。婚約破棄、承りました」
私は優雅に微笑んでそう答えながら、心の中で快哉を叫んでいました。
(やりましたわああぁぁぁ! 婚約破棄ですわあぁぁ!)
そう、私、婚約破棄したかったのです。
王妃教育があまりにも酷かったので……。
◆
――王妃教育。
それは、とても過酷で酷い苦行でした。
ああ、この言い方では、王妃教育の風評被害ですわね。
王妃教育全般について貶める意図はございません。
この国の、現王妃による王妃教育が、とても酷いものだったのです。
◆
私、モンフォール公爵の娘フェリシアは、十三歳のときにこの国の王太子であるルシアン王子殿下の婚約者に決まりました。
王太子妃となることが決まった私は、王妃教育を受けることになりました。
(なーんだ、こんなの簡単ですわ)
王妃教育は最初は簡単でした。
私は王家が用意した一流の講師たちに、宮廷作法や歴史や公用語などを習いました。
それらは、すでに家で家庭教師に習っていたので、ほとんど復習のようなものでした。
「フェリシア様は大変ご優秀ですな」
「王太子妃にふさわしい」
「さすがは公爵家のご令嬢です」
講師たちは口々に、私を褒め称えました。
私は講師たち全員にお墨付きをもらい、王妃教育の基礎課程を終えました。
ええ、基礎課程、だったらしいです。
ここからが地獄でした。
「基礎が終わったら、次は、実践的なことを学んでもらいます」
基礎課程が終わった後、王妃様の直々の「実践的な」王妃教育が始まりました。
そして三年が経過した今でも、私は王妃様から直々に王妃教育を受けています。
◆
「フェリシア、今日中にこの課題を終わらせなさい」
その日の王妃教育でも、王妃様は厳しい表情で私に言いました。
「はい」
私は今日の課題に取り掛かりました。
昨年、私は王立貴族学院に入学しました。
学生となってからは、王宮に頻繁に通うことができなくなりました。
一週間のうち五日間は学院に通わなければならないからです。
そのため王妃教育は、週に一度となりました。
私は週のうち五日間は学院に通い、一日は王妃教育のために王宮に通い、残りの一日を休日とする生活をこの一年間続けていました。
(今日はそれほど難しくないわね。今日中に書き上げられそう)
学院に入学して週に一度しか王宮に行けなくなると、課題を「今日中に」と言われることが増えました。
もしその日のうちに課題が終わらなければ、翌日も王宮に来なければなりません。
そうなると一週間のうち一日だけの休日も王妃教育でつぶれることになります。
ですから私は、当日中に課題を終わらせるために頑張ります。
(ガイヤール辺境伯領は、野生種だったブルーベリーを改良したのよね)
ガイヤール辺境伯をもてなす晩餐会を想定して、その席で王妃としてガイヤール辺境伯にどんな言葉を掛ければ良いか。
それを考えて、文章に書くのが今日の課題です。
私は文章を綴り始めました。
(ガイヤール辺境伯には軍事についてねぎらいの言葉を掛けるのは当然として。ガイヤール産のブルーベリーに絡めて、ガイヤール辺境伯領の農業技術も称えましょう)
今日の課題は晩餐会を想定した場合の王妃の言葉ですが。
内政や外交などの政治問題も出題されます。
先月は、水害のあったラルベル公爵領を復興するにはどうすれば良いかという問題が出題され、私は当日に回答を作成できず、休日をつぶされることになりました。
私はその問いに、堤防の建設を国費で援助して推進するという回答を提出しました。
堤防の建設という事業を起こせば、職を失った人々を作業員として雇用することができて現地の貧困対策になりますし、堤防は未来の水害を防いでくれます。
「お昼になったら様子を見にくるわ」
私が今日の課題に取り組みはじめると、王妃様はそう言いさっさと退室してしまいました。
いつものことです。
王妃様の直々の指導による王妃教育といっても。
王妃様は私に課題を言い渡し、私が仕上げた課題を受け取り、「まあ良いでしょう」と素っ気ない感想を言うだけです。
この国の現王妃による王妃教育とは。
何の成果も実感できず、いつ終わるとも知れないもの。
現在地も目的地もわからないままひたすら暗闇を歩いているような、あるいはザルで水をすくっているような地獄でした。
ですがある日、ついに……。
私は、王妃教育の謎の実態をつかんだのです!
それは王立貴族学院の、試験の結果発表の日のことでした。
◆
(ルシアン殿下は百十五位……。危ない。ギリギリだわ)
その日。
私は王立貴族学院の廊下で、ドキドキしながら成績の順位表を確認していました。
先日の試験結果の順位表です。
私の婚約者である王太子ルシアン殿下の順位は百十五位。
私は百十九位でした。
(やっぱりルシアン殿下の成績はまた落ちていたわ。念のために低めの点数を想定して良かった。あの一問を正解していたら、ルシアン殿下の順位を追い抜いてしまっていたわね)
王妃様の命令である『ルシアン王子の成績を超えてはいけない』という条件をギリギリでクリアすることができて、私はほっと息を吐きました。
私がルシアン殿下より良い成績を取ると、王妃様が……。
「自分の能力をこれみよがしにひけらかすなんて浅ましいわ。夫となる王子を立てることが妃の役目です。分をわきまえなさい」
……と怒ります。
だから私は学校でルシアン殿下より良い成績を取ってはいけないのです。
(全教科を白紙で提出して零点を取った方が、ルシアン殿下を超えてしまうのではないかって毎回ヒヤヒヤすることもなくて良いのだけれど……)
それが出来たらラクなのですが。
学院での成績が悪いと、両親が私を叱るのです。
だから最低限、取れる点数は取っています。
ルシアン殿下の順位を超えないように配慮しながら。
ですが前回より成績が落ちているので、また私は父に叱られることでしょう。
もちろん私は両親に説明しました。
ルシアン殿下より良い成績を取ってはいけないと王妃教育で指導されたので、私は成績を上げられないのだ、と。
しかし両親は「聡明な王妃様がそんなことを言うわけがない」と信じてくれませんでした。
私は「王妃様に確認してください」と両親に頼みました。
両親は王妃様に確認してくれました。
ですが王妃様は「そのような指導はしていない」と答えたそうです。
私の両親に対して何故そのような嘘を言ったのか、王妃教育の時間に王妃様に問うと、「いずれ国王となる王太子に恥をかかせるつもりですか。国王を守るのが王妃の役目です。弁えなさい」と返されました。
そういうわけで、ルシアン殿下の成績が下がれば下がるほど、私が叱られています。
(どうせ叱られるのだから零点をとるのも良いかもしれないわね……)
私は投げやりに、そう思いました。
この一年間、私は、学院の勉強と、王妃教育で必要な国内の貴族とその領地についての勉強とを両立して、週に六日、ときには週に七日を勉強に費やしていました。
大分、疲労が溜まっていました。
疲労のせいだと思いますが、最近、ぼうっとしてしまうことがあります。
(……あっ!)
ぼんやりと成績順位表を眺めていた私の頭に、まるで天啓のように、一つの考えが閃きました。
(全教科で零点を取れば、学年最下位は確実。そんな不出来な娘は、未来の王妃にふさわしくないということになって婚約解消できるんじゃないかしら?!)
ええ、そうです。
私はルシアン王子殿下との婚約を、解消したくなっていました。
だって。
王妃教育は辛く、王妃教育を頑張るほど家では叱られるようになりました。
毎日ゆっくり休む間もなく勉強しているのに、叱られるばかりです。
王妃教育の成果も終わりも全く見えません。
王立貴族学院の勉強は、王妃教育よりはレベルが低いのでラクですが。
ルシアン殿下より良い成績を取ってはいけないので、試験で実力を発揮することが出来ないので鬱憤が溜まります。
私よりよほど出来ない人たちに、下に見られて蔑まれることは、地味に精神的損害です。
そして。
婚約者であるルシアン殿下が私を大切にしてくれることもありません。
そもそも私には時間がありませんから、ルシアン殿下と交流している時間などないのです。
ルシアン殿下と婚約してから、私は時間が無くなり、嫌なことばかりに時間を取られています。
王太子の婚約者なんて、とんだ貧乏クジです!
ルシアン殿下には、私以外に、学院で特別に親しい令嬢がいるという、何やら色めいた、わくわくする噂を耳にしましたが。
(本当にそんな篤志家のご令嬢が存在していらっしゃるのであれば、ぜひルシアン殿下を略奪していただきたいですわ! どこかのご令嬢! 略奪、お頑張りあそばせぇ! ルシアン殿下を喜んで捧げますわよぉ!)
しかし私の願い虚しく、いまだにルシアン殿下を略奪してくださる篤志家のご令嬢は現れません……。
(お父様にはどうせ叱られるのだもの。零点を取って叱られても今更どうということもないわ。頑張ったのに叱られるのは納得できないけれど。頑張らなくて叱られるなら納得よ。怠けて叱られたほうがスッキリね!)
この鬱屈した暗い世界で。
私は、全教科で零点を取るという一筋の光明を見出してしまいました。
(よし、次は零点を取ろう!)
希望の光が見えて視野が広がったせいでしょうか。
私の頭に、更なる名案が閃いてしまいました。
(あら? 王妃教育もやめても良いのではないかしら?)
王妃教育は、王太子妃になるための教育、いずれ王妃になるための教育です。
王太子妃になりたくないなら、やらなくて良いことに気付いてしまいました。
両親は失望するかもしれませんが、両親にはすでに叱られ続けているので同じことです。
(王妃教育をさぼりまくって、王子の婚約者にふわさしくないという事になれば、婚約解消できてしまうかも?!)
私の心は浮き立ちました。
(お父様に叱られるのはいつものこと。いつもと同じよ。どうせ同じく叱られるなら、婚約解消できたほうがお得だわ。婚約解消されて修道院へ送られるなら、それも良いわ。今の生活に比べたら、修道院のほうが気楽よ。頑張るよりもラクしてさぼったほうが幸せになれるんじゃないかしら!)
閃いた名案に、私がわくわくしていると。
私の陰口を言うヒソヒソ声が耳に入って来ました。
「フェリシア様は百十九位よ。また成績が落ちているわ」
「フェリシア様の成績は、もう下から数えがほうが早いわね」
「どうしてフェリシア様が王太子妃に選ばれたのかしら」
「あんな不出来なご令嬢は、ご立派なルシアン殿下の婚約者にふさわしくないわ」
(そうよ、そうよ! その通りよ! もっと言って良いのよ?)
私は、私の陰口を言う令嬢たちに、心の中で相槌を打ち、エールを送りました。
(ルシアン殿下の婚約者にふさわしくない娘になるには……。やはり学年最下位よね。次の試験では全教科で零点を取って学年最下位になってみせましょう。そして王妃教育もさぼりまくる。これで決まりよ!)
私の夢は大きく羽ばたきました。
(ふふふ……。あなたたちはこれから、私が学年最下位になる光景を見るのよ! 刮目なさい!)
私が内心でほくそえんでいると……。
「フェリシア様、少しよろしいかしら?」
いきなり、声を掛けられました。
私に声を掛けて来た相手は、ラルベル公爵令嬢セリーヌ様です。
「あら、セリーヌ様、ごきげんよう」
私がそう挨拶をすると、セリーヌ様は何が気に障ったのか、むっとして顔をしかめました。
「フェリシア様、あなたはルシアン殿下の婚約者である自覚はありますの?」
「はい。私はルシアン殿下の婚約者です」
「フェリシア様はご自分の成績が恥ずかしくありませんの?」
セリーヌ様はますます不愉快そうにして、私を糾弾しました。
「ルシアン殿下の婚約者であるならば、ふさわしいお振舞いをなさるべきです」
「はい。私はルシアン殿下の婚約者としてふさわしい成績をとり、ふさわしい振舞いをしております」
成績がルシアン殿下より低いのは、ちゃんと王妃教育の通りですからね。
セリーヌ様は王妃教育の内容をご存知ないでしょうけれど。
私は一点の曇りもなく、ルシアン殿下の婚約者としてふさわしい行動をとっていると自負しておりましてよ。
(あら? ルシアン殿下と婚約破棄したいなら、これって、言ったほうが良いのではないかしら?)
ルシアン殿下の成績を超えないようにしていることは、ルシアン殿下の面子のために、私は家族以外には口外していませんでした。
でも私は気付いてしまいました。
それは王太子妃にふさわしすぎる行動であると。
王太子妃にふさわしくない行動をとるなら、これは口外してしまうべきですわね。
「セリーヌ様は王妃教育をご存知ないでしょうけれど。ルシアン殿下の妃となるならば、ルシアン殿下の成績を超えてはいけないと、王妃様から言われているのです。ですから私はルシアン殿下の成績に合わせて下げているのですわ」
「ふざけたことを言わないでくださいませ!」
「ふざけていません。本当のことです。王妃様による王妃教育です」
「聡明な王妃様がそんなことをおっしゃるはずがありませんわ!」
聡明な王妃様、ですか。
うちの両親も同じことを言っています。
私は毎週、王妃様と顔を合わせていますが、まだ王妃様が聡明な場面を一度も見たことがないというのに。
「王妃様って、そんなにご聡明なんですの?」
私が首を傾げてそう質問すると、セリーヌ様はむっとなさいました。
そしてやはり眉を吊り上げた不愉快そうな顔で、横から割り込んで来たご令嬢がいました。
「恐れ入ります。発言を許可していただきたく存じます」
「あら、あなたは、ガイヤール辺境伯令嬢でしたかしら」
私がそう声をかけると、横入してきたご令嬢は険しい顔で頷きました。
「はい。ガイヤール辺境伯が娘ブランシュと申します」
「どうぞ、おっしゃりたいことがあるなら、自由に発言なさって」
「ありがとうございます」
ガイヤール辺境伯令嬢ブランシュ様は私に礼を取ると、怒り顔で語り始めました。
「王妃様は大変ご聡明でご慧眼なお方です。辺境における我が家の役目を理解してくださっていることはもちろん、我が家の農業事業についてもご存知でいらっしゃいました。ブルーベリーの品種改良のこともご存知で、お褒めくださいました」
ガイヤール辺境伯領の、ブルーベリー……?
最近、王妃教育の課題で、書いた覚えがあるわ……。
モヤモヤしながら、私は言いました。
「ガイヤール辺境伯領のブルーベリーを知っているかどうかは、聡明さとは、関係がない話ではありませんか?」
「我が家は軍事で期待されておりますので、農業開発についてはあまり知られておりません。ですが王妃様はご存知でいらっしゃった。王妃様はとてもご聡明なお方です」
ガイヤール辺境伯令嬢ブランシュ様のその言葉に、ラルベル公爵令嬢セリーヌ様は満足そうに頷きながら相槌を打ちました。
「ブランシュ様のおっしゃるとおりですわ。王妃様は本当に地域のことをよくご存知で、お心を砕いてくださっている。聡明なお方です。ルシアン殿下も王妃様の聡明さを受け継いでいらっしゃるわ」
はて?
学院の成績が転落しつづけているルシアン殿下が、ご聡明?
「ルシアン殿下のご聡明さは、学院の成績には反映されていらっしゃらないようですが?」
「学院の成績など問題ではありませんわ。ルシアン殿下は政治がお出来になるのですもの!」
「まあ、政治が?」
「フェリシア様はルシアン殿下のご婚約者だというのに、ルシアン殿下のご功績をご存知ありませんの?」
私は勉強にばかり時間をとられているので、世事には疎いのです。
「ええ、存じません。ぜひ教えていただきたいわ」
「ルシアン殿下は、我がラルベル公爵領を救ってくださったのです。水害で大打撃を受けた我が領に、国家事業として、国費による堤防の建設をご提案くださったのです!」
水害のあったラルベル公爵領に、堤防の建設を国費で援助……。
先月、私が、王妃教育の課題で提出しましたわね……。
「水害で職を失った領民たちも救われました!」
「領民が、堤防建設の作業員として雇用されたのね?」
「そうです!」
「……」
王妃様とルシアン殿下の、聡明の理由が……。
私が王妃教育で提出した課題に、似すぎているのですが……。
「ガイヤール辺境伯領のブルーベリーの品種改良も、ラルベル公爵領の復興案も、私が王妃教育で提出したものと全く同じですわ」
「王妃教育でお知りになったの? それなら王妃様のご聡明さはご存知なのではなくて?」
「いいえ、王妃様からは何も教わっておりません。王妃教育では課題が出題されるだけです。回答は私が考えたものです」
「ご自分も、王妃様やルシアン殿下と同じことを考えたとおっしゃりたいの?」
「いえ、元は私が考えたもので、それを王妃様とルシアン殿下が流用なさっている気がするのです……」
私がそう言うと、ラルベル公爵令嬢セリーヌ様とガイヤール辺境伯令嬢ブランシュ様は、ますます眉をつり上げて怒気を露わにしました。
「王妃様とルシアン殿下の手柄に便乗するなんて、虚栄心が強すぎてよ!」
「後からなら、いくらでも言えますものね!」
セリーヌ様とブランシュ様が私をそう糾弾していると。
一人の男子生徒が、足早にこちらに近付いて来ました。
「セリーヌ嬢、何を騒いでいるんです」
ヴェルニエ公爵令息ユベール様です。
私の記憶が正しければ、セリーヌ様のご婚約者です。
「フェリシア嬢、セリーヌ嬢が無礼を働いたようで申し訳ありません。どうか許してやってください」
ユベール様は、私にそう謝罪しました。
セリーヌ様の行いを謝罪なさるのですから、やはりお二人はご婚約者同士ですよね?
「無礼なのはフェリシア様です!」
セリーヌ様はそう声を上げ、ユベール様につっかかりました。
「王妃様とルシアン殿下に対して、フェリシア様が不敬を働いているのです!」
「セリーヌ嬢、フェリシア嬢に無礼な事を言うのはやめたまえ」
ユベール様は眉をひそめて、セリーヌ様を窘めました。
でも、不敬ですって。
それ、何だか、良い感じですわね。
もっと言えば、不敬で、婚約破棄できるかしら?
「王妃様とルシアン殿下は、私の案を流用なさっているのです。これは真実です」
私がそう言うと、セリーヌ様はキッと鋭い視線で私を睨みつけました。
「不敬ですわ!」
セリーヌ様は淑女らしからぬ金切声を上げ、まくしたてはじめました。
「ルシアン殿下はご聡明でご立派なお方です! フェリシア様のような不出来なご令嬢には勿体ないお方です! ご自分の成績が芳しくないからといって、ルシアン殿下の功績を盗もうとなさるなんて浅ましいですわ! ご自分の力でお勉強なさってくださいませ!」
「セリーヌ嬢、いい加減にしたまえ……!」
ユベール様は不愉快そうにそう言い、セリーヌ様の腕を取りました。
「セリーヌ嬢、あちらで少し話をしよう」
「何でよ! 離して! 悪いのはフェリシア様よ!」
ユベール様は、喚いているセリーヌ様を引きずるようにして私から離れました。
そして去り際に、私を振り向いて言いました。
「フェリシア嬢、申し訳ありません。謝罪は後日改めて」
◆
「フェリシア嬢、昨日は申し訳ありませんでした」
翌日、学院で、ユベール様がわざわざ私に謝罪にいらっしゃいました。
「ご丁寧に、ありがとうございます。私は気にしておりませんので、どうかお気遣いなく」
「いや、噂のこともあります。誤解のないよう、きちんとしておきたいのです」
噂?
何でしょう?
「フェリシア嬢の良くない噂を流しているのは、セリーヌ嬢なのです。私は何度も止めたのですが、いくら言っても聞かなくて……。申し訳ありません」
「私にどんな噂があるんですの?」
「ご存知ないのですか?」
「はい。まったく」
噂は知りませんが。
そういえば私って、皆に学院では遠巻きにされているのですわ。
悪い噂があったせいなのでしょうか?
おしゃべりで時間をつぶしていられるような暇人ではありませんでしたので。
静かな環境に、これ幸いと、空き時間は全て自習に当てておりました。
「……私の口から言えるようなことではありません……」
「あら、残念」
後で知ったことですが。
私の噂とは、ルシアン殿下が私以外のご令嬢にご執心だという噂にちなんだものでした。
私のあまりの能力不足にルシアン殿下が呆れ果てているといった類のものです。
「それで……。昨日の件もあり、彼女とは婚約を解消することになりました」
「まあ……それは……。何と申し上げてよいやら……」
「セリーヌ嬢がまた何か、フェリシア嬢にご迷惑をおかけするかもしれませんが……。私はもう彼女とは無関係です。我がヴェルニエ公爵家は、モンフォール公爵家に対して他意はありません。どうぞ誤解なきようお願いいたします」
「そういうことですか。ええ、解りました」
◆
さて、王妃教育の日になりました。
「フリアデル王国の特使のおもてなしの席で、王妃として特使にどんな言葉を掛けるべきかを書きなさい」
いつものように王妃様が課題を出されました。
「解りませぇーん」
私がそう言うと、王妃様は怖いお顔をなさり、私をキッと睨みました。
「解らなければ考えなさい。今日中にできないなら明日も来てもらいますからね」
「解らないのでぇー、王妃様ぁー、教えてくださぁーい!」
「自分で考えなさい!」
「解らないのでぇー、お手本をみせてくださぁーい」
私は投げやりな態度で、王妃様に言いました。
「王妃教育っておっしゃいますけどぉ、王妃様が私に何か教えてくださったことって一度もありませんよねぇ? 私ぃ、フリアデル王国のことは解らないのでぇ、ぜひぜひ王妃様に教えていただきたいですぅ!」
「自分で考えなさい……!」
「ええー、教えてくださいませぇー、王妃様ぁー。王妃教育でしょぉ? 王妃様はぜんぶお出来になるんですよねぇ? 教えてくださいませぇー!」
「……っ!」
王妃様は怒りの形相のまま、黙りこくってしまい、わなわなと震えました。
ああ、やっぱりね。
王妃様には、解らないんですよね。
私の回答をアテにしていたんですね。
「あ、そういえばぁ、王妃様に教えていただいたこと、一つだけありましたぁ!」
私はニヤニヤ笑いをしながら言いました。
「王太子妃になるなら、ルシアン殿下より良い成績をとっていけない、でしたよねぇ? でもぉ、ルシアン殿下の成績が悪すぎてぇ、気を抜くとすぐ良い成績取っちゃいそうでぇ、難しすぎますぅ! 私ぃ、良い成績取っちゃうのでぇ、王太子妃になれませぇん!」
私はずっとその調子で、課題をやらず、イヤイヤ口調で駄々をこねました。
王妃様が「もう知りません!」とキレて出て行ったので、これ幸いと、私も帰宅しました。
翌日はもちろんお休みです。
もう王妃教育には行かないと決めました。
◆
さて、その後。
「お腹が痛ーい、これじゃ王妃教育に行けなーい!」
私は翌週から、仮病を使って王妃教育をさぼることにしました。
「フェリシア、いい加減にしなさい。一体いつまで王妃教育をさぼるつもりだ。王妃様がお怒りだぞ!」
さぼりが三回目になると、父が私を叱りつけに来ました。
「私、具合が悪いのでぇー、行けませーん」
私はベッドの上で、頭から毛布をかぶって抵抗しました。
「仮病だろう!」
「お腹が痛いですぅー」
「そんなことではルシアン王子殿下と結婚できなくなるぞ!」
「それが何か?」
「王妃になれなくなるぞ!」
「別にぃ、私はかまいませぇん」
「王妃様とルシアン殿下のご不興を買ったら、この先、我が家がどうなると思っているのだ! ルシアン殿下は王太子、次代の国王陛下なのだぞ!」
「それはどぉでしょーかぁ?」
私はかぶっていた毛布から頭を出すと、真顔で父に言いました。
「ルシアン殿下はたしかに王太子ですが、王妃様に似て、頭がとても残念なお方です。あれで本当に即位できるんですか? 貴族たちは反発するのでは?」
「それは昔の話だ。ここ二年ほどでルシアン殿下は大きく成長なさった。ルシアン殿下の政治に期待している貴族は多い」
「ラルベル公爵領の堤防とか? 織物産業の優遇政策とか? 市場の免税とか?」
「そうだ。お前も知っているのか。すべてルシアン殿下の発案だ」
「私の案です」
「はあ?」
「それらはすべて、私が、王妃様に提出した課題の回答です」
「何をふざけたことを……」
「それをこれから証明します。私がいなくなって、王妃様とルシアン殿下がどこまでやれるか……」
私は再び毛布を頭からかぶりました。
「私はベッドの上で、高みの見物をいたしますわぁ!」
◆
「お父様ぁ、お母様ぁ、お帰りなさいませぇー」
その夜、王宮ではフリアデル王国の特使をもてなす晩餐会が行われました。
私の両親は公爵夫妻ですので招待されていました。
「晩餐会はいかがでしたかぁ? ご聡明な王妃様とルシアン殿下のご様子はいかがでしたかぁ?」
帰宅した両親に私がそう尋ねると。
「……」
「……」
両親は暗い顔で、黙りこくってしまいました。
「お父様とお母様が、ご聡明だと称えていた王妃様はいかがでしたぁ? ぜひぜひ王妃様の今夜のご様子をお聞かせくださいませぇ。王妃様がどんなご聡明な口上を述べられたのか気になりますわぁー」
「……」
「……」
外国の要人をもてなすのは政治ですので。
晩餐会の主催者側として出席はするけれど、政治の素人である王妃や王太子には、通常、外務の仕事を専門としている外務卿からご進講があります。
ご進講とは、講義、すなわちお勉強です。
フリアデル王国の特使をもてなす晩餐会ですから、王妃様と王太子ルシアン殿下は外務卿からフリアデル王国についてのご進講を受けたはずです。
外務卿から教えられた要点を押さえて応対すればいいだけですので、無難にこなすことはさほど難しくありません。
私が書いた台本がなければ。
あの王妃様と、学院の成績は下から数えたほうが早いルシアン殿下ですから、ろくにしゃべれもせず、行事を無難にこなすことしか出来なかったのだろう、と、そう思ったのですが。
やらかしたようです。
王妃様とルシアン殿下は、私の予想の斜め下を行きました。
まず王妃様が、うちの母、モンフォール公爵夫人と同じ色の似たような形のドレスを着て出席したようです。
ドレスかぶりは無礼にあたります。
かぶせてきたのが、どちらかということはどうでもよく、問答無用で地位の低い者が無礼を働いたことになります。
つまり、うちの母モンフォール公爵夫人が王妃様に無礼を働いたことになりました。
そういえば王妃教育の課題にありました。
どんな装いで出るべきかって。
私の提出する回答がなくなってしまったから、王妃様はうちの母のドレスを調べて真似したのでしょうか。
それとも、私が王妃教育を投げ出したから、我が家に対する意趣返しとして私の母に恥をかかせたのでしょうか?
(いいえ、王妃様にそこまでの頭はないわ。何を着れば良いか解らなくて、真似しただけの天然よね)
「ねぇねぇ、お母様、王妃様はご聡明なんですよねぇ? ドレスの色をかぶせてくる王妃様が、お母様のご聡明な王妃様なのよねぇ? お母様、良かったですねぇ、大好きな王妃様とおそろいのドレスを着れてぇ」
「……」
ドレスかぶりは、大恥です。
知っていて私は、お母様に言いました。
「お父様も良かったですねぇ。ご聡明だとお父様が称賛していた王妃様と、おそろいのドレスのお母様をつれていらして、さぞや鼻が高かったことでしょう。良かったですねぇ、お父様ぁ」
「……」
もう一度言いますが、ドレスかぶりは大恥です。
周囲に奇異の目をむけられる、とても無礼な行為です。
王妃とドレスがかぶっている妻を連れていたら、お父様も大恥です。
それだけでも派手なやらかしですが。
王妃様とルシアン殿下は失言もあったようです。
通常、もてなしの席は親善の場ですから、生臭い政治経済の話は出さないことが作法なのですが、二人はそれに触れてしまったようです。
地方の産業に詳しいと評判の王妃様は、我が国の農産物の自慢をして「貴国にもぜひお買い上げいただきたく」と、押し売りと受け取られかねない発言をしてしまったようです。
外国に買ってもらうって、それ貿易問題ですからね。
政治の才能があると評判のルシアン殿下は、有能ぶりを見せようとして話題選びに失敗したようです。
有能ぶらずに無難にこなせば良かったものを、政治の才があると称えられているルシアン殿下は政治の話題を選んでしまったのです。
そして口を滑らせて「我が国と貴国が組めば、帝国など恐るるに足らず」と、一緒に帝国を攻めようと誘っているように受け取られかねない発言をしてしまいました。
外務卿が真っ青になったそうです。
私が王妃教育を受け始めたのは十三歳のときで、私と同い年のルシアン殿下が晩餐会デビューをしたのは十五歳のときです。
ルシアン殿下にとって今回の晩餐会は、私が課題で提出した回答無しでの、初めての晩餐会となります。
ルシアン殿下はようやく私の手を離れて一人立ちできたのです。
一人前になられたことをお祝いいたします!
「私はぁ、ルシアン殿下が即位なさるのは問題だと思うのですけれどぉ。お父様はルシアン殿下の政治に期待していらっしゃるんですよねぇー」
「……」
「お父様はルシアン殿下と一緒に帝国と戦争なさるおつもりでしたのねぇー。怖いわぁー。我が国とフリアデル王国が同盟してもぉ、帝国にも同盟国はありますからぁ、帝国のほうが圧倒的有利に見えるのですけれどぉ。どういう算数で勝算がおありなのぉ? ぜひお聞かせいただきたいわぁー。愚昧な私にぜひぜひご教授くださいませぇー」
「……」
私が王妃教育をさぼるまで。
お父様とお母様は、ご聡明な王妃様や、成長なさったルシアン殿下を褒めて、私を叱りつけていました。
私はそれに反論しましたが、聞いてもらえませんでした。
でもこれからは違います!
私も今後は、王妃様とルシアン殿下を大いに褒め称えることにしました。
お父様とお母様が、自分の娘よりも信頼して推していらっしゃる、王妃様とルシアン殿下を、私も大いに褒め称えますとも。
お父様とお母様が大好きな、王妃様とルシアン殿下を、私も一緒に褒め称えてあげるのですから。
これからは家族みんなで和やかに楽しくお話ができますね。
私って親孝行だわぁ。
◆
その日、私がいつも通りに王立貴族学院に登校すると。
「フェリシア!」
廊下で、ルシアン殿下が私を呼び止めました。
ルシアン殿下の顔を見るのは、半年ぶりくらいでしょうか。
「あら殿下、ごきげんよう」
私はそうご挨拶をしましたが。
ルシアン殿下は、敵を見るような目で私を睨みつけました。
「モンフォール公爵令嬢フェリシア、貴様との婚約を破棄する!」
ルシアン王子殿下は、きりっとした表情で高らかに宣言しました。
「王妃教育を投げ出すような女は、王太子妃にふさわしくない!」
「はい、殿下。おっしゃる通りでございます」
私は優雅に微笑んで、ルシアン殿下のお気持ちを有難く頂戴いたしました。
「婚約破棄、承りました」
そして心の中で快哉を叫んでいました。
(やりましたわああぁぁぁ! 婚約破棄ですわあぁぁ!)
人生たまには良いこともあるものですね!
ああ、神様はいらっしゃったのだわ!
「では、御前を失礼いたします」
私は天にも昇る心地で、その場を立ち去ろうとしましたが……。
「待て、フェリシア! 他に言うことはないのか!」
「ございません」
私は清々しい気持ちでそう答えました。
周囲に集まっていたご令嬢たちに、険のある視線を向けられてしまいましたけれど。
ええ、廊下で言い合いをしている私とルシアン殿下の周囲には、ちょっとした人だかりができておりました。
ルシアン殿下が大声を出していらっしゃいますからね。
通りがかった生徒たちは、足を止めて、私たちのやりとりを見物しているのです。
「フェリシア、貴様には人の心がないのか! 貴様の我儘のせいで母上は臥せってしまわれたのだぞ! 謝罪の一つくらいしたらどうだ!」
「王妃様がですか?」
「そうだ!」
「私は関係ありません」
「なんだと!」
「私はここ一か月ほど王妃様にお会いしていません。私に会っていないのに、私の我儘のせいでご病気になられたとは、あまりにもおかしな話です」
「貴様が王妃教育に来ないせいで、母上はご心労で倒れたのだ!」
私はルシアン殿下ににっこりと微笑みを返しました。
「体を壊したのは私のほうです。三年におよぶ過酷な王妃教育のせいで私は体を壊したのです。王宮には理由をご連絡いたしましたが、体調不良を我儘だとおっしゃいますの?」
「貴様は学校には来ているではないか!」
「学校は気楽ですもの。ラルベル公爵領の復興案を一日で作成しろ、できなければ休日返上で明日も来い、だなんて、学校はそんな無茶な予定を組みませんもの。王妃教育と違って」
「は? 何を言っている?」
「私はもう、王妃様やルシアン殿下のお手柄になるような台本を書かされるだけの王妃教育には二度とまいりません、と、申し上げているのです」
「ラルベル公爵領の復興案を貴様が考えたと言うのか?! あれは母上が……」
ルシアン殿下はそこまで言うと、はっと気付いたような顔で言葉を切りました。
なるほど。
王妃様が自分が考えたような素振りで、ルシアン殿下に入れ知恵していたのですね。
「ともあれ、私は体を壊してしまいましたので。王妃様とルシアン殿下のお手柄にするための台本を書かされるだけの王妃教育には二度と行くことができません」
王妃教育の内容は大事な部分ですので、もう一度言いました。
「私はこのように病弱ですので王太子妃にふさわしくありません。婚約破棄、承りました」
私は淑女の笑みを浮かべました。
「それでは、ごきげんよう」
「ま、待て! フェリシア!」
ルシアン殿下がまだ何か言っていましたが、私は踵を返してその場を離れました。
「ルシアン殿下……!」
歩き出した私の背後で、ラルベル公爵令嬢セリーヌ様がルシアン殿下を気遣っている声が聞こえました。
「殿下、大丈夫でございますか。フェリシア様はなんて傲慢で虚栄心の強いお方なのでしょう」
「ああ、セリーヌ、ありがとう。君はいつも優しいな」
あら、まあ。
もしやルシアン殿下を略奪してくださる篤志家のご令嬢とは、セリーヌ様のことだったのかしら。
篤志家のセリーヌ様、お頑張りあそばせぇ!
あら、でも……。
セリーヌ様がユベール様と婚約解消する以前から、篤志家のご令嬢がルシアン殿下と親密な関係だという噂はありましたよね。
(……)
細かいことを考えるのはやめましょう。
結果良ければ、全て良しですわ!
◆
「フェリシア、お前とルシアン殿下の婚約は解消となった」
その夜、父が私に良い知らせを持ってきました。
「ルシアン殿下が学院で婚約破棄を公言してくれたのが良かった。ラルベル公爵令嬢やガイヤール辺境伯令嬢も目撃していたらしく、ラルベル公爵とガイヤール辺境伯が後押ししてくれた」
ラルベル公爵令嬢とガイヤール辺境伯令嬢というのは、セリーヌ様とブランシュ様ですわね。
私の婚約破棄を後押ししてくださるなんて。
お二人とも、なんてお優しいのでしょう。
天使のような方々だわ。
もうラルベル公爵領とガイヤール辺境伯領には足を向けて眠れませんわね!
「ラルベル公爵は娘を王太子妃にする目的ありきだったがな。ラルベル公爵令嬢が新たな王太子妃に内定した」
「まあ! おめでたいこと!」
嬉しい知らせに、私の顔は自然とほころびました。
フリアデル王国の特使をもてなす晩餐会で、ルシアン殿下はやらかして、金メッキが剥がれていると思うのですが。
不出来でお先真っ暗なルシアン殿下と婚約なさるなんて。
セリーヌ様はやはり大変な篤志家でいらっしゃいますわね。
他人が嫌がる仕事を率先して引き受けてくださる、その尊い志、尊敬してしまいますわぁ。
「では、私は晴れて、修道院へ行って悠々自適に暮らせるのでしょうか!」
私がわくわく顔でそう尋ねると、父は冷厳とした表情で言いました。
「馬鹿を言うな。お前には次の縁談を用意している。ヴェルニエ公爵のご令息だ」
ヴェルニエ公爵令息……。
そういえば、ヴェルニエ公爵家には、ラルベル公爵令嬢セリーヌ様と婚約解消してフリーになったご令息がいらっしゃいました。
「ユベール様ですか?」
「そうだ。知っているのか?」
「学院で面識があります」
「王太子ルシアン殿下の評判が落ちている今、国王陛下の従弟であるヴェルニエ公爵に王統が移る可能性が非常に高い」
そうなのです。
ルシアン殿下は評判が落ちているのです。
王妃様とともに。
フリアデル王国の特使様をおもてなしする席で、失言をしてから。
坂道を転がるように失態が続いているそうです。
ご聡明なはずのルシアン殿下が、急にどうなさったのでしょうねぇ。
不思議ですわねぇ。
「フェリシア、今度はふざけたことをするんじゃないぞ。真面目にやるのだ」
「ふざけたお相手でなければぁ、私だってぇ、大丈夫ですぅ」
「いい加減、そのふざけた口調をやめないか……」
◆
「フェリシア嬢、何だか妙な縁ですが……。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
私はヴェルニエ公爵令息ユベール様と婚約しました。
婚約者同士で親睦を深めるために、今日はユベール様を家にお招きしてお茶を召し上がっていただいています。
「学院で噂を止められなくて、本当に申し訳なかったと思っています」
「ご心配にはおよびませんわ。私は気にしておりませんので。それにセリーヌ様は天使のようにお優しいお方です。ブランシュ様も」
「フェリシア嬢は、何と言うか……いつも寛大ですね。恐れ入ります」
それから私は、ユベール様と色々なお話をしました。
王妃教育のことや、王妃教育のことや、王妃教育のことを。
「私の母はフェリシア嬢のことを実はずっと気に掛けていたんです。王妃教育を三年もやっているなんておかしいと不思議がっていました」
「ヴェルニエ公爵夫人が?!」
「はい。公爵家の娘なら、王妃教育は今まで習った事の復習ばかりだから、すぐ終わるはずだと。王妃様が直々に教えるのもおかしいと言っていました。専門の講師が教えるはずだと」
「もしかして、本物の王妃教育って……宮廷作法と、公用語と、歴史かしら?」
「私には解りませんが、母なら解ると思います。今度うちに遊びにいらっしゃいませんか? フェリシア嬢は多分、私の母と話が合うと思います。王妃様の件で」
「ぜひ、ぜひ!」
「母も昔、フェリシア嬢のように、王妃様に発言を流用されたことがあるそうです」
「ヴェルニエ公爵夫人も?!」
私はユベール様と意気投合しました。
「実は私もフェリシア嬢のことはずっと気になっていたんです」
「まあ! お上手ですわね!」
「本当のことです。一学年の最初の試験でフェリシア嬢は首席でしたよね」
「ご存知でしたの?!」
「はい。実はそのときの二位は私だったんです。ご存知ないですよね」
「あ、そうだったのですね……」
「次の試験では絶対に抜かしてやろうと思っていたのに。フェリシア嬢は急に成績を落とされてしまって、どうにも不自然で気になっていました」
「王妃教育でしたのよ……」
「おいたわしい……」
政略による婚約で結ばれた私たちですが。
古い友人同士のようにまったりしてしまいました。
「次の試験では勝負できますか?」
「ええ、次は全力ですわ!」
「楽しみです」
でも結局、私たちどちらも首席にはなれませんでしたの。
二人でおしゃべりしたり、お出掛けしたりするのが楽しくなってしまって、学業がおろそかになったからです。
「中央劇場のチケットが取れました。ご一緒にいかがですか」
「まあ、素敵!」
私たちまるで恋人同士のようになってしまいましたが。
婚約者同士ですから何も問題ありませんよね。
――完――
2026/1/5
両親ざまぁがない、と感想でご指摘があったので加筆しました(特使をもてなす晩餐会の顛末の部分)。
もともとあった小ネタで、長くなりすぎたのでカットしたシーンの一つでした。
両親には小言を言われていただけなので、ざまぁ対象というほどではなく、日常で言い返すくらいで足りると思っていましたが。
両親に言い返すシーンが作中に書かれていなかったら、たしかにやられっぱなしのように見えてしまいますね。
2026/1/7
その後のセリーヌの動向を少しだけ加筆しました。
2026/1/10
ヴェルニエ公爵夫人も被害者だった件をちょこっと書き足しました。




