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トレジャー誤想像と希望の種

 ダンジョン浅層の調査は翌日も続いた。

 私は入口の前で正座し、手を膝に置き、深呼吸していた。


「落ち着けルナ。今日こそ想像しない練習だ」


 隣でカイが腕を組んでいる。


「喋りながら不安を増やすな。逆効果だ」


「黙っていると逆に何か浮かんできて……」


「黙れと言ってるだろ!」


 言い合いをしていると、ぷにコーンが「ぷに……」と深いため息をついた。

 ため息に対応してダンジョンがふるっと震える。危ない。


「ほら、ぷにコーンまで呆れてるじゃないか」

「す、すみません」

「謝るな」


 カイのツッコミはもはやの安定剤になっている。怒鳴られるたびに、私の思考が強制的にゼロに戻る。ありがたい気がするけど、ありがたさの感情が膨張して暴発しそうだから、そうとも言えない。


 そんな私をよそに、カイはダンジョン入口を見上げ、淡々と言った。


「今日は宝箱層を確認する。昨日の観察では、浅層の三叉路に怪しいスペースがあった」


「た、宝箱? 本当にありますか?」


「天然ダンジョンなら珍しいが、想像ダンジョンならありえるかもしれん」


 カイはニヤリと笑みを浮かべ、私の脳内で危険な連想が始まりかける。

 宝箱 → ミミック → 全滅 → 村の大騒動 → 経済崩壊 → 村長の胃痛 → 歴史書に災厄ルナ事件として残る。


「ああああああ〜〜〜」

「うるさい! 思考を戻せ!!」

「も、戻します!!」


 ぷにコーンが私の足元に飛びついてきた。

 冷やしたタオルみたいに心が落ち着く。不思議すぎる。


 ダンジョンに入ると浅層の根や光の粒は昨日より静かだった。

 ぷにコーンが前を歩いているからだろうか。カイがぽつりと言う。


「この迷宮、本当にお前の感情に反応してるな。昨日の暴走が嘘みたいに静かだ」


「ぷにコーンが抑えてくれてるみたいです」


「なら、こいつがいないときは絶対に想像するな」


「はい!」


 ◇ ◇ ◇


 進むこと数分。三叉路に出た。

 昨日はただの広い空間だったが、今日は中央の土にこんもりした箱型の盛り上がりがある。


「宝箱?」


「いや、形が曖昧だ。近づけばわかる」


 カイが警戒しながら歩み寄る。私はその後ろで固唾を飲む。


 盛り上がりに触れた瞬間、土がぱかりと割れた。


 箱だ。

 木箱。鉄の縁取り。宝箱そのもの。


「うわ、本当に出た!」


「予想はしてたが想像ダンジョンは奥が深いな」


 カイが蓋を開けようと手をかける。

 私は慌てて叫ぶ。


「あっ、あのっ! もし、これがミミックだったら——」


「言うな!!!」


 カイが即座に手を離した。

 同時に、箱のフチがぐにゃりと歪みかけ、ぷにコーンが飛びついて押さえた。


「ぷに!!!」


 歪みはしゅるりと消え、箱はただの箱に戻った。


「危なかった」

「ご、ごめんなさい!」

「謝——ああもう!」


 カイは頭を抱え、深く息を吐く。私は跪いてぷにコーンの頭をなでた。


「ありがとう、助かったよ」

「ぷに♪」


 カイが箱の中を覗く。

 中には、淡い光を放つ種が一つだけ置かれていた。白くて丸くて、いやに神々しい。


「なんだこれ?」


「もしかして、希望の種とか?」


 言った瞬間、バッとカイが振り向く。


「やめろ!! 名前を付けるな!!」


「す、すみません!!」


 が、遅かった。


 種がぶるぶる震え、光がぼふっと膨れた。


「えっ?」


「伏せろ!!」


 カイが私を引き寄せた瞬間、種がはじけた。

 箱から溢れ出した光が、迷宮の天井に撃ち上がる。


 そして——


 ダンジョン全体に金塊の雨が降った。


「ええええええええええ!!?」

「だから言っただろ!!!」


 天井からドサドサ落ちてくる金塊。丸いの、棒状の、板のやつまで。種類が多い。なんで種類が多いの!?


 ぷにコーンが金塊を受け止めようと跳ね回っているが、とても追いつかない。


「ど、どうしよう!! 村が大金持ちに……いや、経済が崩壊して、貨幣価値が変動して、王国の金融が不安定に!!!!」


「考える方向が悪すぎる!!!」


 カイが怒鳴った瞬間、金塊の降り方がさらに増えた。

 怒鳴り声の衝撃で、私の不安が跳ね上がったせいだ。


「やばいやばいやばい!」


 私は両手を合わせ、心に柵を立て、想像の暴走を抑えようとする。

 不安 → 想像増幅 → 金塊増量 のコンボが止まらない。


「ルナ! 落ち着け!!」


「落ち着こうとしてるんですけど落ち着かなくて、落ち着けない!!」


「語彙が死んでる!」


「ぴぎゃああああ!!」


 その時、ぷにコーンが天井の下に移動し、大きく膨らんだ。


「ぷにっ!!!」


 跳ねた瞬間、周囲の金の気配が一気に吸い込まれていく。

 光も金塊も、粒になって、ぷにコーンの体内へ。


 ゴールドラッシュは止まった。


 ダンジョンは静かになり、私はその場にへたり込んだ。


「ぷにコーン、すごい!」


 ぷにコーンは、ぼふっと軽い音を立てて光った。

 淡い金色が滲んで、とてもきれい。

 カイは額を押さえてこちらを見る。


「……ルナ」


「はい?」


「褒められたいと思ってやったわけじゃないだろうが……」


「褒められると暴走するので、違います!」


「いや、暴走も困るが、今のは助かった」


 珍しく、カイの声が柔らかい。

 その優しさが胸に響いて、私は思わず。


「ありがとうございます!」


 と言いそうになって口を押さえた。

 もし感謝の気持ちで何かが膨張したら、また金塊が雨になってしまう。

 カイは肩で笑い、ぽつりと言った。


「まあ、悪くない。だがもう一度言う―――」


「『想像するな』ですよね!」


「そうだ!」


 私は立ち上がり、冷静に言葉を紡いだ。


「もっと気を付けます。ダンジョンが誰かを傷つける前に」


 カイは頷いた。

 ぷにコーンが肩に乗り、ぽふっと温かな光を灯す。


 その瞬間、ダンジョンの根全体がふわりと優しく血が通うように動き出す。

 まるで『大丈夫』と言ってくれているかのようだ。


 私はそっと微笑んだ。

 微笑んだだけなのに、天井から金色の粉がふわっと降り——


「やめろ!!」


「ごめんなさい!!!!」


 ダンジョンにカイの怒声と私の悲鳴が響いた。

 希望の種は、どうやらまだ私の中で暴れ足りないらしい。

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