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冒険者とルナ

 ダンジョンの入口に立つと、いつもより風が冷たい気がした。

 緊張で体温が下がっているだけかもしれない。

 後ろにはカイ、横にはぷにコーン。三人(?)の隊列。

 私は深呼吸を三回し、気持ちを整えた。


「……行きます」


「震えてるぞ」


「そりゃ震えますよ!」


 カイは呆れたようにため息をついた。ため息は危険だ。

 ほら、風が少し揺れた。

 地面が鳴りそうで私は慌てて心臓を落ち着かせた。


「まずは浅層だけ見る。深層は後だ」


「……私、極力、何もしません」


「それが一番助かる」


 カイの言葉が鋭くて、私はしゅんと縮んだ。

 ぷにコーンが心配そうに肩をつつく。


 迷宮の入口を降りると、ひんやりとした空気が頬を刺した。

 壁一面に走る根の灯りは昨日より増えている。成長が速い。

 いや、成長というより膨張かもしれない。


 膨張といえば爆発——


「考えるな」


「はいっ!」


 カイが後ろから軽く私の頭を叩いた。

 痛くはないが意識が戻って助かった。


 浅層は、まるで畑を縦にしたような風景だった。

 左右にとうもろこしの茎が伸び、実がほのかに発光している。

 足元には細い根が網のように張っているが歩く分には問題ない。


「思ってたより安全だな」


「安全ですか?」


「今のところはな」


 カイが慎重に壁に触れ、根がわずかに脈打つ。

 その脈速度がぷにコーンの鳴き方と一致しているのに気づいて私は首を傾げた。


「ぷにコーン……あなた、このダンジョンと同期してる?」


 ぷにコーンは誇らしげに身体を膨らませた。


「ぷにっ!」


「同期してるのか」

 

 カイは額を押さえた。


「つまりこいつの機嫌が悪いと迷宮も暴走するわけか」


「そ、そんな……! ぷにコーンは良い子です! たぶん!」


「たぶんがいらん!」


 そのとき、奥の茎がガサッと揺れた。私は悲鳴をこらえ、後ずさる。


 茎の陰から丸い影が跳ね出てきた。


 ――巨大なトウモロコシのモンスター。


 身体は樽のように太く、皮に包まれた胴体をぎゅうぎゅう震わせている。

 目も口もないが、明らかにこちらを認識している気配。


「出たな……コーンゴーレムか」


「そんな名前なんですか!?」


「いま決めた!」


 ゴーレムが跳ね、地面が揺れた。私は思わず叫ぶ。


「ご、ごめんなさい!」


 その瞬間、ゴーレムが一段階大きくなった。皮がはじけ、中から湯気が立つ。


「おいルナ! 今の謝罪は何の想像を呼んだ!?」


「し、失敗したらどうしようって思って!」


「思うな!!」


 カイが剣を抜き、前へ。私はぷにコーンを抱えて後退する。

 ゴーレムが悲鳴のようなを声を上げて突進した。


「いきますよ!」

 

 カイが地を蹴る。


 剣が根を払うように滑り、ゴーレムの皮を斬った。

 黄色い粒が飛び散り、ポンッとはじける。

 ポップコーン状の粒が空中に舞う。香りがいい。

 いや、香りの分析をしている場合じゃない。


「カイさん、すごい!」


「感心するな! 下がれ!」


 ゴーレムは傷を負ってもすぐに膨らみ直す。再生が早い。

 私はぷにコーンをぎゅっと抱きしめた。


「私も何かしないと……いや、何かしたら危ないどうしよう!」


「何もするなって言ってるだろ!!」


「ですよね! すみません!!」


「謝るな!!!」


 怒鳴られた瞬間、ゴーレムの体表にひびが入り、内部が膨張し、爆ぜようと——


「ぷにぃ!」


 ぷにコーンが飛び出した。

 カイの横をすり抜け、ゴーレムの胴体に飛びつく。

 ぷに、と柔らかい音がして、そのままゴーレムの膨張が静かに収束した。


「えっ?」


「ぷにコーン……お前、吸ったのか?」


 ぷにコーンはゴーレムの膨張しようとする気配だけを吸って鎮めたらしい。

 ぷにコーンの体がほんのり黄色く光る。


「ぷに!」


 カイが呆気に取られたように言う。


「お前のスライム、優秀すぎないか?」


「ぷにコーンはすごい子なんです!」


「自慢するな!」


「ご、ごめ——」


「謝るな!!!」


 その時、ゴーレムの体が崩れた。

 粒が地面に散り、根に吸い込まれていく。

 ダンジョンが再び静かになる。

 カイは剣を収め、大きく息を吐いた。


「やれやれ。浅層でこれとはな」


「ごめ——」


「謝るなって言ってるだろ!!」


 私は口を手で塞いだ。

 ぷにコーンが慰めるように頬を押し付けてくる。

 カイは壁を調べながら言った。


「それにしてもこの迷宮は普通じゃない。成長の仕方が生物的すぎる」


「わ、私の想像のせいで?」


「だろうな。だが、それだけじゃない。お前自身の感情が構造に反映されてる」


「えっ?!」


 私は自分の胸を押さえた。

 怖さ、焦り、後悔が壁の根に流れ込み、ダンジョンを脈動させている気がした。


「仕組みは後で調べる。安全には程遠いが即時崩壊の心配はなさそうだ」


「安心していいんですか?」


「していい。ただし」


 カイが私を指差した。


「お前が余計な想像をしなければ、な」


「が、がんばります」


「『がんばります』じゃなくて、やれ」


「や、やります!」


「声が小さい!」


「やります!!」


 叫んだ瞬間、天井から光の粒が降った。カイが振り返る。


「なんだこの光!?」


「たぶんやる気です!」


「やる気の粒ってなんだ!!」


 ぷにコーンが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。

 跳ねるたびに天井が少し揺れて、私は慌てて手を合わせた。


「ぷにコーン、揺らさないで!」


「ぷに……(しゅん)」


 ダンジョンは再び静かになった。


 カイがため息をつき、呆れ半分、感心半分の顔で言った。


「想像禁止の訓練からだな。まずはそこから教える」


「わ、私、習えるんですか?」


「習え。でないと死ぬ」


「し、しぬ!?」


「迷宮がな」


「ダンジョン!」


 私の体が震えた。

 でも、震えてばかりはいられない。


 このダンジョンは、私の責任だ。

 カイは手伝ってくれると言っている。


 私は胸に祈りを捧げるように手を当て、言った。


「お願いします。私、がんばってみます」


「がんばるな。想像しない練習をしろ」


「はい!!」


 その瞬間、また天井が光った。


「さっきから天井の花火みたいなやつ何!?」


「わからないです!」


「わからないのが一番怖い!!」


 ダンジョンにカイの怒声が響く。

 私は思った。


 めちゃくちゃ怖いけど、この人がそばにいれば、暴走しない。

 なんとかなるかもしれない。


 ぷにコーンが「ぷに♪」と鳴いた。

 ダンジョンの灯りが、ほんの少しだけ優しく明滅した。

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