村の仕事始め
翌朝。私の家の前に村長と村人が気味悪い笑顔でずらりと並んでいた。
眩しくて、何か良からぬ予感がする。
「ルナよ、今日から正式に村の仕事を頼みたい」
「……あの、昨日の巨大花で、村が燃えたりしてませんよね?」
「燃えとらん。むしろ観光客が増えた」
増えた? いや、それはおかしい。
昨日の空の花は高さが山一つ分もあったのに、どうして怖がらずに人が来るの?
村長は満面の笑みで続ける。
「でな、まずは畑の――」
その瞬間、背後から「ぷに!」という声。
振り返ると、ぷにコーンが畑の方向を指すように体を縦に伸ばしていた。
指差しサインらしい。丸いのに器用だなぁ。
「畑ですね?」
「そうじゃ。ダンジョン化した畑を、普通に戻してほしい」
最も私が苦手な言葉で胸がざわつく。
普通とは何か? 定義を間違えると、世界が誤作動する。
村長は続けた。
「昨日、旅商人がダンジョンにウッカリ入ってしまってな。戻って来たら魂が抜けたようになっていてな、あれは危険じゃ」
「すみません……」
「いや、ありがたかったが危険じゃ。だから安全に、普通の畑にしてほしい」
私は深呼吸した。
普通の畑か。
ただの土と、ただの作物。
地下に広がらず、勝手に光らず、歩いたり歌ったりしない畑。
「……できるかも」
「できるとも!」
村人たちが一斉に拍手。
ぷにコーンが彼らの足元に走り、吸い取るように全身をぶるぶる震わせた。
拍手は少しだけ静かになった。助かる。
私はダンジョン化した畑の入口に立った。
昨日よりも、入り口の穴が深く感じる。
地鳴りのような低い脈動が下から響く。
「畑を普通に戻す。普通、安全、静か」
言葉を一つずつ丁寧に積み上げる。イメージの輪郭を小さく、細く。
思考の暴走を食い止めるため、胸に手を当て、ゆっくり息を吐いた。
(もし、勢い余って地表ごと裏返ったら……考えない! そこを考えない!)
心の声にツッコミを入れた。
ぷにコーンが「ぷにっ!」と気合いを入れるように鳴く。
私は手をかざし、言った。
「畑は地面の上で、普通に広がるものだ!」
すると、迷宮の入口が、ずずず、と縮むように震えた。
成功?
いや、嫌な予感がする。
「ルナ! 地面が揺れておる!」
村長が叫ぶ。
「大丈夫です! たぶん……!」
ドンッ!!
地面が一気に沈み、同時に遠くで山鳴りのような轟音。
私は反射的に目を閉じた。
目を開けると、畑は確かに普通になっていた。
地表は平らで、作物も控えめに並んでいる。
「できた?」
そう思った瞬間、村人の一人が叫んだ。
「おわーー!! 地面の下が階層増えてる!!」
見ると畑の端に新しい入口がぽっかり開き、内部にらせん階段が続いていた。
「階層が増えた?」
「お主、想像を上でなく下に押し込んだんじゃな」
村長は頭をポリポリとかいた。
つまり、地上部分は普通になったが、地下ダンジョンは以前より深く、広く、アリの巣のように複雑になってしまったということ。
「あぁ! ごめんなさい!!! 普通に戻すつもりが、増殖したみたいで……」
「謝らんでええ。これで村はもっと儲かるわい!」
村人たちは大歓声。迷宮が深まる=冒険者が来る=お金が落ちる。
「冒険者ギルドに連絡だ!」
「新しい地図を描けるぞ!」
「宿屋を増築じゃ!」
なんでこうも前向きなの。私の不安の方が常に世界の想定を超えているのか。
ぷにコーンが肩に乗って「ぷに!」と鳴いた。
慰められた気がして、少しだけ救われた。
◇ ◇ ◇
村の入口で、見慣れない黒い外套の青年が腕を組んでいた。
鋭い目、腰の剣。
どこからどう見ても冒険者だ。
「ここが噂の神コーンダンジョンか」
村人たちが色めき立つ。
「おお、冒険者様!」
「ようこそ!」
「ダンジョンは毎日伸びます!」
「伸びます?」
青年の眉がひくりと動いた。
私は慌てて前に出る。
「あ、あの、それは誤解で……いや誤解じゃないんですが、安全ではある、かもしれない」
「言い切れないのか」
「はい……」
青年は深いため息をついた。
「俺はカイ。ギルドから派遣された調査員だ。ダンジョンの危険度を見に来た」
調査員。つまり、このダンジョンが危険すぎたら閉鎖される可能性がある。
私はぷるぷる震えながら答えた。
「ご、ごめんなさい! 危険ですよね?」
「まだ何も見ていないが、今の君の態度だけで危険な気がする」
「すみません……」
「謝るな!」
びしっと言われて、私は固まった。
こんなに強く否定されたの、初めてかもしれない。
カイはダンジョンを見て、苦い顔をした。
「とりあえず、中を見せてもらう。案内しろ」
「わ、私が?」
「他に誰がいる」
「ぷに……?」
「スライムでは無理だろ!」
ぷにコーンがしゅんと縮んだ。私は慌てて抱き上げる。
「だ、大丈夫。私が、案内します!」
胸がざわつく。
想像が暴走しそうで、膝が震える。
けれど逃げられない。
私のせいで村が困るなら、私が何とかしないと
カイが一歩前へ進む。
「行くぞ、災厄少女」
「その呼び方、やめてください!」
「じゃあ、ルナだ」
名前を呼ばれるだけで心臓が跳ねる。
跳ねるたびに、地面が揺れそうで不安になる。
それでも少しだけ嬉しかった。
嬉しいは危険なのに。
それでも、胸にほんの小さな灯がともった。




