表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/29

村の仕事始め

 翌朝。私の家の前に村長と村人が気味悪い笑顔でずらりと並んでいた。

 眩しくて、何か良からぬ予感がする。


「ルナよ、今日から正式に村の仕事を頼みたい」


「……あの、昨日の巨大花で、村が燃えたりしてませんよね?」


「燃えとらん。むしろ観光客が増えた」


 増えた? いや、それはおかしい。

 昨日の空の花は高さが山一つ分もあったのに、どうして怖がらずに人が来るの?

 村長は満面の笑みで続ける。


「でな、まずは畑の――」


 その瞬間、背後から「ぷに!」という声。

 振り返ると、ぷにコーンが畑の方向を指すように体を縦に伸ばしていた。

 指差しサインらしい。丸いのに器用だなぁ。


「畑ですね?」


「そうじゃ。ダンジョン化した畑を、普通に戻してほしい」


 最も私が苦手な言葉で胸がざわつく。

 普通とは何か? 定義を間違えると、世界が誤作動する。

 村長は続けた。


「昨日、旅商人がダンジョンにウッカリ入ってしまってな。戻って来たら魂が抜けたようになっていてな、あれは危険じゃ」


「すみません……」


「いや、ありがたかったが危険じゃ。だから安全に、普通の畑にしてほしい」


 私は深呼吸した。


 普通の畑か。

 ただの土と、ただの作物。

 地下に広がらず、勝手に光らず、歩いたり歌ったりしない畑。


「……できるかも」


「できるとも!」


 村人たちが一斉に拍手。

 ぷにコーンが彼らの足元に走り、吸い取るように全身をぶるぶる震わせた。

 

 拍手は少しだけ静かになった。助かる。

 私はダンジョン化した畑の入口に立った。

 昨日よりも、入り口の穴が深く感じる。

 地鳴りのような低い脈動が下から響く。


「畑を普通に戻す。普通、安全、静か」


 言葉を一つずつ丁寧に積み上げる。イメージの輪郭を小さく、細く。

 思考の暴走を食い止めるため、胸に手を当て、ゆっくり息を吐いた。


(もし、勢い余って地表ごと裏返ったら……考えない! そこを考えない!)


 心の声にツッコミを入れた。

 ぷにコーンが「ぷにっ!」と気合いを入れるように鳴く。

 私は手をかざし、言った。


「畑は地面の上で、普通に広がるものだ!」


 すると、迷宮の入口が、ずずず、と縮むように震えた。


 成功?

 いや、嫌な予感がする。


「ルナ! 地面が揺れておる!」


 村長が叫ぶ。


「大丈夫です! たぶん……!」


 ドンッ!!


 地面が一気に沈み、同時に遠くで山鳴りのような轟音。

 私は反射的に目を閉じた。

 目を開けると、畑は確かに普通になっていた。

 地表は平らで、作物も控えめに並んでいる。


「できた?」


 そう思った瞬間、村人の一人が叫んだ。


「おわーー!! 地面の下が階層増えてる!!」


 見ると畑の端に新しい入口がぽっかり開き、内部にらせん階段が続いていた。


「階層が増えた?」


「お主、想像を上でなく下に押し込んだんじゃな」


 村長は頭をポリポリとかいた。


 つまり、地上部分は普通になったが、地下ダンジョンは以前より深く、広く、アリの巣のように複雑になってしまったということ。


「あぁ! ごめんなさい!!! 普通に戻すつもりが、増殖したみたいで……」


「謝らんでええ。これで村はもっと儲かるわい!」


 村人たちは大歓声。迷宮が深まる=冒険者が来る=お金が落ちる。


「冒険者ギルドに連絡だ!」

「新しい地図を描けるぞ!」

「宿屋を増築じゃ!」


 なんでこうも前向きなの。私の不安の方が常に世界の想定を超えているのか。


 ぷにコーンが肩に乗って「ぷに!」と鳴いた。

 慰められた気がして、少しだけ救われた。


 ◇ ◇ ◇


 村の入口で、見慣れない黒い外套の青年が腕を組んでいた。

 鋭い目、腰の剣。

 どこからどう見ても冒険者だ。


「ここが噂の神コーンダンジョンか」


 村人たちが色めき立つ。


「おお、冒険者様!」

「ようこそ!」

「ダンジョンは毎日伸びます!」


「伸びます?」


 青年の眉がひくりと動いた。


 私は慌てて前に出る。


「あ、あの、それは誤解で……いや誤解じゃないんですが、安全ではある、かもしれない」


「言い切れないのか」


「はい……」


 青年は深いため息をついた。


「俺はカイ。ギルドから派遣された調査員だ。ダンジョンの危険度を見に来た」


 調査員。つまり、このダンジョンが危険すぎたら閉鎖される可能性がある。


 私はぷるぷる震えながら答えた。


「ご、ごめんなさい! 危険ですよね?」


「まだ何も見ていないが、今の君の態度だけで危険な気がする」


「すみません……」


「謝るな!」


 びしっと言われて、私は固まった。

 こんなに強く否定されたの、初めてかもしれない。


 カイはダンジョンを見て、苦い顔をした。


「とりあえず、中を見せてもらう。案内しろ」


「わ、私が?」


「他に誰がいる」


「ぷに……?」


「スライムでは無理だろ!」


 ぷにコーンがしゅんと縮んだ。私は慌てて抱き上げる。


「だ、大丈夫。私が、案内します!」


 胸がざわつく。

 想像が暴走しそうで、膝が震える。

 けれど逃げられない。

 私のせいで村が困るなら、私が何とかしないと


 カイが一歩前へ進む。


「行くぞ、災厄少女」


「その呼び方、やめてください!」


「じゃあ、ルナだ」


 名前を呼ばれるだけで心臓が跳ねる。

 跳ねるたびに、地面が揺れそうで不安になる。


 それでも少しだけ嬉しかった。

 嬉しいは危険なのに。

 それでも、胸にほんの小さな灯がともった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ