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希望と爆心地

 昼下がりのモルシアはのどかで、静かで、危険だった。静けさは想像の余白。

 油断すると余白は爆心地に変わる。

 私は深呼吸して、胸の奥に柵を立て直した。


 家の裏で、ぷにコーンが日向ぼっこをしている。

 丸い身体を伸ばしたり縮めたりして、まるで呼吸しているみたいだ。

 見ているだけで少し安心する。安心しすぎると想像が緩むので困る。


「今日は、何も起こさない」


 口に出した瞬間、畑の向こうで何かがぽんと弾けた。

 私は即座に振り返った。

 子どもたちが、トウモロコシを乾かしていただけだった。

 弾けたのは本物のポップコーン。セーフ。

 胸を押さえたら、ぷにコーンが「ぷに?」と覗き込んできた。


「大丈夫。ただの誤解」


 誤解は私の人生の主成分。

 そこに村長がいまにも転びそうな走り方で手紙を掲げ走ってきた。


「ルナ! 学院から書簡じゃ!」


「えっ!? 再試験ですか」


「読め!」


 私は震える指で封を開けた。

 文字がかすむ、恐怖が先にイメージを結ぼうとするのを必死で押さえ込む。


『王立魔術学院想像術科ルナ・フェリシア殿。基礎評価再審査のため、再試験を執り行う。課題:花を一輪、静かに咲かせよ』


「また、花……」


 喉がひゅっと細くなる。あの爆心地の花畑が脳裏をよぎる。

 床も壁も黒板も、花、花、花。

 教授の失われた威厳。

 村長が肩に手を置いた。


「今のルナならいけるじゃろう」


 その言葉を聞いた瞬間、小さな希望を感じた。

 その瞬間、私は慌てて胸を抑える。


「落ち着け、落ち着け」


 ぷにコーンが、私の膝に乗って「ぷに!」と押し返してくる。

 いつもぷにコーンは冷静だ。


「よし。練習しよう。花を一輪だけ咲かせればいいんだ」


 花は一輪、量指定は大事だ。

 私は庭の片隅に鉢を置き、その前に正座した。

 村人たちがいつの間にか集まっている。

 期待の視線。プレッシャー。

 観念律に最悪の環境。


「見ないで・・・・・・いや、見ても良いけど、いやぁやっぱり見ないで」


 混乱しているうちに、村人たちは全員しゃがんだ。気遣いが余計に緊張する。

 私は両手を鉢の上にかざす。目を閉じる。

 

 白い花を一輪想像し、優しく、爆発しない、膨張しない、花粉が音速を超えない、根が地殻深部まで侵攻しない、天界に届かない、宇宙にも行かない。


 ポジティブを頭の中で復唱していく。


「大丈夫。ぷにコーン、そばにいて」


 ぷにコーンが「ぷに」と返事し、私の足元に座る。

 温かさが心の震えを押さえる。

 私はイメージを結んだ。

 一枚、二枚の花弁、柔らかな白、小さな茎、静かな——ぽん!


 音は控えめだった。私は恐る恐る目を開けた。

 鉢の中に、白い花が一輪。

 可愛らしくて、控えめで、まったく暴走していない。

 成功? 本当に? 私ついに?


「……できた」


 その瞬間、胸の奥で何かが破裂した。

 喜びだ。喜びは最悪だ。良い事があった後には必ず悪い事が起きると想像してしまう。

 私は慌てて胸を両手で押さえる。


「だめだめ! 喜んだら!」


 ―――遅かった。


 鉢の中の花が、ぱあっと光った。

 光は天へ伸び、村の上空を覆い、巨大な花弁の影が空を包み、一輪の巨大花で村の空が覆われた。村人が叫ぶ。


「うわああああああ!」


「花が咲いた!!」


「神の花じゃあああ!!」


「希望の証だあああ!」


 私は膝から崩れ落ちた。


「ごめんなさい! 一輪のはずだったのに!」


 村長が肩を抱きながら笑った。


「よい。これほど美しい災厄、ほかにあるまい」


 褒められているのか、慰められているのか、判断が難しい。

 空の大花はしばらく咲いていた。

 ゆっくり散る光の欠片は流れ星のように降り、村の畑に落ちるたび、小さな花がぽつぽつ開いた。


「きれい……」


 子どもが呟く。きれい。そう思われるのは嬉しい。

 けれど、嬉しいは危険の前兆。私はすぐにぷにコーンを抱きしめた。

 ぷにコーンは「ぷに」と鳴き、私の胸の高鳴りを吸い取るように体内で光った。

 花は空で静かに萎み、空が戻った。村人たちが感動の面持ちで私を見つめる。


「これで学院も認めるはずじゃ」


「神の花を咲かせたんだから!」


「災厄じゃなくて……福の神かも!」


 私は両手をぶんぶん振った。


「違う、違います、そんな大げさな……!」


 大げさではなく、ただの事故だ。だが誰も気にしていない。

 村長が穏やかに言った。


「ルナよ。ポジティブとは、こういう気持ちのことじゃろう」


 私は言葉に詰まった。ポジティブ。

 今の私が感じているのはほんの少しの嬉しさ、誇らしさ、あたたかさ。

 それを認めたら、また暴走する気がする。

 それでも、胸が痛い程に確かに嬉しかった。


「ポジティブって難しいね」


 呟くと、ぷにコーンが「ぷに!」と胸に頭をこすりつけた。


 その温かさに、私はそっと笑った。

 今度は爆発しなかった。

 ほんの少し、制御できた気がする。

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