初めての友達
私は神コーンダンジョンの入口に立った。
見回りをするだけ。何もせず、想像しない。
そう決めて深呼吸したら、金色の粒がふわりと舞った。
昨夜、私の足元でぷにぷに震えていたとうもろこし色のスライム。
村の子がぷにコーンと呼び始めたそれは私の後をついてくる。
丸い体の中に小さな粒が二つ、目のように光っている。
「ついてくるの?」
ぷに、と返事。弾力のある音は、心臓の鼓動に少し似ている。
「危ないから、ダンジョンの中では私の後ろね」
ぷに、ともう一度。了承らしい。
私は梯子を降り、浅い層だけを見て回る。
昨夜の喧噪が嘘のように静かだが、壁の根は呼吸し、実は灯りのように点滅し、ときどき遠くでポンと弾ける。
まるでポップコーンだ。私は壁を指でなぞり、心の中の柵を高くする。
背で小さな音がし、振り返ると、ぷにコーンが靴に頰を押しつけていた。
温かい。じわっと胸に灯りが灯る。その瞬間、上層から言葉が降ってきた。
「ルナねえちゃん!」
子どもたちがぞろぞろ下りてくる。
昨日の祭りでなつかれたらしい。
「災厄様」がいつのまにか「ねえちゃん」になっているのは進歩だと思いたい。
「危ないから、今日は入口近くで――」
「見て見て、この子、ぷにぷにでかわいい!」
ぷにコーンは誇らしげに胸を張れないので、代わりに体を波打たせた。
子どもたちが笑う。
笑い声に合わせて、天井にぶら下がる実が二、三、ぽとりと落ちる。
私は慌てて手を振った。
「危ないから、離れてい―――」
言い終える前に、ぷにコーンが落下粒を全部受け止め、モグモグと飲み込んだ。
咀嚼音がやけに幸せそうで、私の肩から力が抜ける。
抜けた途端、足元の地面が少し沈んだ。
私は姿勢を立て直し、子どもたちに手を叩いて合図する。
「今日はここまで! 地上で遊ぼう!」
うなずきの波。地上に戻ると、村長が入口に簡単な柵を作っていた。
私は礼を言い、広場に輪を作って座る。子どもたちの視線が刺さる。
「ルナねえちゃん、魔法見せて」
「今日は見せない日」
「じゃあ『想像』をちょっとだけ」
「ちょっとだけが、一番むずかしいの」
私は両手を膝の上に置き、ぷにコーンを真ん中に座らせた。
丸い背に小さな手がのびる。
撫でられて、ぷにコーンの色がほんのり明るくなる。
嬉しいと発光するのか。
本当なんなんだろう、この生き物。
「ねえちゃん、こわいこと考えない日、できる」
「練習中」
「じゃあ、楽しいこと考えて」
楽しい事か、それが難題なんだよなぁ。
空を見上げると、雲はゆっくりと泳ぎ、風はやさしく頬を伝う。
今日の私は、失敗していない。今のところ。
そう思った瞬間、胸に小さな熱が灯った。
これが、もしかして、前向きってやつ?
私は、その熱を壊さないように言葉を選ぶ。
「楽しいのは……みんなが笑ってる時」
子どもが無邪気な拍手を打つ。
拍手のリズムに合わせて、村のあちこちで風鈴が鳴った。
私の熱が膨らみ始めるのを感じる。危険。
けれど、逃げたくない。私はそっと、ぷにコーンの背に触れた。
ぷにコーンが小さく光る。光は私の手を伝って胸に戻り、胸に留まった。
まるで、心臓に薄い布を掛けられたみたいに呼吸が深くなる。
その瞬間、空に虹がかかった。
村人が歓声をあげる。
続けて、遠くの丘で小さな花火が上がり、音が鳴り、笑顔の花が咲いた。
私は慌てて口元を隠したがもう遅い。
虹は二重になり、麦藁帽が勝手に冠に変わる。
「今日もお祭りだ!」
即日採用が村のルールとのこと。
屋台の板が運ばれ、樽が転がり、どこともなく音楽が奏でられる。
私は村長に駆け寄り、必死に訴えた。
「わざとじゃない、笑ったら――」
「笑ったから、ええのじゃ」
村長は肩をすくめにこりとした。
私は連鎖を止めようと深呼吸し、ぷにコーンに目で助けを求めた。
ぷにコーンはうんうんと頷き、私の膝に乗る。
その体温が、私の不安に蓋をする。
祭囃子が遠ざかり、不思議と音が優しくなる。
子供達が輪になって踊り、私の手を引いた。
私は断ろうとして、やめた。
逃げ続けると、いつか世界が追い詰められる。
なら、一歩だけ出す。
足を出すと地面が花道に変わりかけ、ぷにコーンがぴょんと跳ねて鎮めた。
頼もしい、言葉がなくても、ぷにコーンは私のブレーキだ。
「ルナねえちゃん、笑って」
「小さくね。小さく」
私は口角を上げ、すぐ下ろす。
虹は薄く維持され、花火は沈黙。
私は胸を撫で下ろし、子どもと一緒に遊んだ。
手が触れるたび、ぷにコーンが拍子を取る。
ぷに、ぷに。
その単純な音が、驚くほど効く。
私のもしは、その音で足並みを乱され、走り出すのをやめる。
祭りはゆるやかに解散した。私は家の前の階段に座り、空を見上げる。
星が多い。多い星は線でつなぎたくなる。
つなぐと、図形ができ、意味が生まれ、物語が紡がれる。想像の本能。
私はそっと、ぷにコーンを抱えた。
「あなたがいると少しだけ怖くない」
返事はない。代わりに、体温が一度上がった気がした。
心臓の鼓動が、それに合わせて落ち着く。私は小さく笑い、すぐ真顔に戻す。
空は静かなままだ。
その時、村の外れから「今日もお祭りだー」という声が、最後の余熱のように上がった。遠くで、ぱちん、と小さな火の音。
私は眉を寄せ、ぷにコーンをぎゅっと抱きしめる。
「……明日は、もっと小さく笑う練習」
ぷに、と賛成の音。私は家の戸を閉め、眠りの準備をした。




