自己受容の朝
気がつくと私は、学院の医療室のベッドで横になっていた。
天井は白く、窓から差し込む朝日がやわらかく揺れている。
「朝?」
ゆっくり起き上がる。
胸の奥がまだズキズキしている。昨夜の光と闇の全面衝突の余韻だ。
「起きたか」
低く落ち着いた声。
カイが窓辺に寄りかかっていた。
腕組みの姿勢のまま、ほっとしたように肩をゆるめる。
「カイさん。あれ、闇ルナは?」
「鎮静結界の中だ。暴走は止まってる。お前が倒れてからずっと、こっちをじっと見てたけどな」
「えっ、見てたんですか?」
「視線が刺さるってレベルじゃなかった。ある意味、お前と同じだが」
「私そんな怖い視線してました!?」
「たまにな」
うう……否定できないのが辛い。
布団の上で小さく震える影が目に入った。
「ぷに……」
ぷにコーンだ。
相変わらず手のひらサイズのまま、丸まって私の腹にちょこんと乗っている。
「ぷにコーン……大丈夫?」
「ぷに!」
(ぎり大丈夫! でも眠い! とても眠い!)
とでも言いたげに、ぷるぷる震えたあと、私の手に頭を押しつけてきた。
「ほんとにありがとう。あんな無茶して……小さくなっちゃって……」
「ぷに♪(誇ってほしい)」
「誇るよ!! でも心配もするよ!! 二つ同時にするよ!」
涙腺が緩みかけた瞬間、カイがそっと言った。
「泣かなくていい。あいつは自分の意思で動いた」
「わかってますけど!」
「ルナ。本質的に言えばお前が誰かに支えられるという経験は避けて通れなかったんだろう」
「支えられる」
その言葉が胸に落ちた。
ふわっと、やさしく、落ちた。
私はいつも自分で抱えなきゃと思っていた。
怖さも、最悪も、想像暴走の責任も。
全部「自分がなんとかしないと」って。
でも、昨日、ぷにコーンが体を張って守ってくれた。
カイが声をかけてくれた。
アレクが光のように肯定してくれた。
教授たちが結界を張ってくれた。
(私、本当はずっと、誰かに助けてほしかっただけなんだ)
胸がきゅっとして、同時にあたたかくなった。
そこに静かな声がした。
「気づいたみたいですね」
「——!」
振り向くと、結界窓の向こうに闇ルナが立っていた。
白い彼女と違い、影の揺れをまとった黒い姿。
でも、その顔は昨日よりも穏やかだった。
「あなた、ずっと本音を隠してた。弱さを見せたら壊れるって思ってたでしょう?」
「思ってた……。めちゃくちゃ思ってた」
「壊れないですよ。あなたは弱いけど強い。だから、弱さを誰かに預けても死なない」
「闇ルナ……」
「それに」
闇ルナは、私をまっすぐ見た。
「怖がるのは悪じゃないって言葉、教授が言ってたでしょう? あれ、あなたの本質にも当てはまるんです」
「うん」
「あなたの怖いは守りの芽。そして、昨日あなたが見せた守る想像は希望の芽」
黒い彼女は、すっと目を細めた。
「つまりあなたは弱さと強さでできてる、両方持ちのルナなんですよ」
「両方持ち……」
「片方を捨てなくていい。最悪を想像する自分も守りたい自分も全部あなた。私もあなたの一部」
胸が震えた。
恐怖じゃなく、安堵で。
「闇ルナを消すんじゃなくて否定するんじゃなくて……ちゃんと自分だって思えばいいんだ」
「そうです」
闇ルナはほんの少しだけ微笑んだ。
昨日よりずっと優しい影になっていた。
「向き合って、名前もつけてもらえると嬉しいですね」
「そこはまだ悩んでるけど!!」
隣でカイが苦笑する。
「ルナ。昨日のお前は、確かに危険すぎて見てられなかったけど、今日のお前は別物だな」
「べ、別物?」
「いや、悪い意味じゃない」
カイはまっすぐ私を見る。
「弱さを認められる奴は、強い。お前は昨日、それをやってのけた」
「……ありがとう」
アレクがゆっくりと扉を開けて入ってきた。
控えめに光っている。三割くらい。
「昨日の君は泣いて、それでも逃げなかった。そんな君を私は世界で誰より美しいと思う」
「ちょっと待って恥ずかしい!!」
「事実だ」
「やめて!!」
ぷにコーンが「ぷに〜……」とあくびしながら乗ってきて、私の胸をぽすぽす叩いた。
ぽわの暴走は起きなかった。
あたたかさだけが残った。
(これが自己受容ってやつなのかな)
弱さも、ネガティブも、全部含めて私。
それをごまかさず、ちゃんと認められた朝。
窓から差し込む光が、今までより少しやさしく見えた。
闇ルナが結界の向こうで小さく言う。
「次は再統合ですね」
「えっもう次のステップ!?」
「ずっと逃げてきたんですから、そろそろ向き合いましょうよ。あなたの中に戻る準備、私はできていますから」
「わ、私がまだ全然できてませんけど!!」
「焦らなくて大丈夫。あなたのペースで自分を受け入れればいい」
その言葉はまるで朝の光のようだった。
優しくて、刺さらなくて、あたたかい。
(ほんとに変わったな、私)
私は小さなぷにコーンを抱きしめた。
「ありがとう。みんなのおかげで、私、前より少しだけ、自分を好きになれた気がする」
ぽわ。
優しい光が胸の中で弾けて、けれど、もう何も暴走しなかった。
これが、新しい朝だった。




