ぷにコーンの犠牲(?)
白と黒で分かれた世界の中心で、私はへたり込みそうな膝を必死に支えていた。
光がゆらぎ、闇が波打つ。
空は真っ二つ、床も真っ二つ、空気の重さすら二重構造になっている。
「ルナ。まだ立てますか」
闇ルナが静かに言う。
声はやさしいのに、景色がえぐれるような重圧が乗っている。
「た、立ちます! まだ!」
「強がり。でも嫌いじゃないですよ」
「誉め言葉の使い方が怖いよ!!」
防御の光円陣はまだ健在だけれど、黒の影たちの圧は増している。
闇ルナの後ろでは、私の最悪イメージが実体化した影が、次々と立ち上がり、揺れ、囁き、世界を蝕もうとしていた。
——金塊の太陽
——森を呑み込む蔦の塔
——巨大ポップコーン獣
——音を失った真っ白の空間
もう見てるだけで胃がキリキリするレベルのメンバーだ。
(こんなもの、私が生んだの?)
「そうですよ。あなたのもしが、こんなに豊富なんです」
闇ルナが指先を向けた瞬間、黒い影たちが一斉にこちらへ迫ってくる。
「うわあああああ!!?」
「ルナ、下がれ!」
「恐れるな、君は美しい光を持っている!」
「ぷにーー!!」
光の円陣が押されて軋み、ぱきぱきひびが入る音がした。
(押し負ける……! 光を強く! もっと!)
そう思った瞬間——
胸がぽわっと強く膨らみ、光の円陣が一気に輝いた。
「いけるかも」
だがすぐに気づいた。
光が出力過多で、逆に円陣が歪んでいる。
「やば……ぽわ強すぎ……崩れる……!」
「ルナ! 止めろ!」
「制御を忘れるな!」
「ルナーー!!」
頭の中が真っ白になりかけた、そのとき。
ぽすん。
「ぷにっ!」
肩にいたぷにコーンが、私の胸めがけて全力ダイブしてきた。
「わあああ!?」
その体当たりでぽわが一気に圧縮され、光の暴走が止まったが、その瞬間、黒の影たちの攻撃が光の円陣を破り、直進してきた。
「危な——」
黒い影の波が私を呑み込む寸前、ぷにコーンが私と影のあいだに滑り込んだ。
「ぷにぃぃぃぃ!!」
まるで、光の膜みたいにその小さな体が広がり、黒の影を受け止める。
「ぷにコーン!? 無理だよ! そんなの!!」
「ぷにーーーーーー!!」
光と闇の衝突が爆ぜ、轟音が結界の中に響く。
衝撃で私の髪が舞い、衣服が風に煽られる。
ぷにコーンは影の圧を正面から吸い込み始めた。
食べるように。
抱え込むように。
何もかも、丸ごと。
「待って!! そんなに吸ったらぷにコーンが……!」
「大丈夫、あれは——」
カイが言いかけたが、結局言葉を飲む。
闇ルナが静かに呟いた。
「あなたの大切なものが、あなたの最悪を代わりに抱えていますよ」
「大切って……! そりゃ大切だけど!! だからこそ危ないの!!」
闇ルナは微笑んだ。
その微笑みは皮肉でも悪意でもなく、ただ事実を告げるだけ。
「本体のあなたが抱えきれない恐れを、ぷにコーンさんが今、肩代わりしているんですよ」
「いやいやいや、それなら私が」
「あなた一人では、いつも抱えきれなかったじゃないですか」
「う……!」
図星すぎて言葉を失う。
光を吸い込み続けているぷにコーンの身体が徐々に膨らみ、表面に金色のひずみみたいな模様が走りはじめた。
「だ、大丈夫なの!? 破裂したりしない……よね……!?」
心臓がきゅっと縮む。
「ぷに……!」
ぷにコーンが震える。
でも、その震えは恐怖じゃなかった。
むしろ、行くよって言っている気がした。
「ぷにぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
光が爆ぜた。
白と黒の世界に金色の波が放射状に広がる。
「なっ——!?」「眩しい!!」「ぷにーー!!(絶叫)」
黒の影が光に焼かれ、霧のように散っていく。
闇ルナが初めて驚いた顔をした。
「そんな……本体以外の想像生物が、この領域に干渉するなんて……」
「ぷにコーン……あなた……!」
光が収束した後、床に小さな影が転がっていた。
ぷにコーンだ。
いつものふわふわもちもちサイズではない。
手のひらサイズに縮んでいる。
「ぷ、ぷに……っ!?」
転がって、ぴくぴく震えている。
小さくて、弱々しくて、さっきの金色の輝きが嘘みたい。
「ぷに……(がんばった……)」
声もいつもの半分の音量。
「うわぁぁぁぁん!!」
私はぷにコーンを抱き上げた。
軽い。あまりにも軽い。
「ごめんねごめんねごめんね!! 無茶させちゃった!! なんでこんなに……!」
カイが低い声で言った。
「ルナ。落ち着け。死んでない。縮んだだけだ」
「縮みすぎですよ!!」
「ぷに(しばらく寝るだけ……)」
ぷにコーンの声がか細い。目がとろんとしてる。
アレクがのぞき込み、目を潤ませながら言う。
「これは英雄の姿だ」
「違う! もっと保護しないと!!」
「ぷに……(むしろ誇ってほしい……)」
「誇れないよ! でも誇るよ!! どうしたらいいのこれ!!」
感情がぐちゃぐちゃで、泣きながら笑ってる状態になった。
闇ルナがゆっくり近づいてくる。
「あなたは、支えられているんですよ」
「わかってるよ!! でも! こんなに無茶してほしくなかった……!」
闇ルナは小さく首を振った。
「違います。あなたは支えられていることをちゃんと認めないといけないんです」
「え?」
「守るは一人で全部抱えることじゃない。あなたはいつも、全部自分で抱えようとしすぎて、その抱えきれない分が暴走していた」
その言葉は、黒い霧よりも深く刺さった。
(そう、かもしれない)
「あなたを怖がらせないように手伝ってくれたんです。それを犠牲だなんて言わせない」
闇ルナは優しい顔をした。
「仲間なんだから」
胸の奥が震えた。
痛いような、あたたかいような、よくわからない感情で、涙が溢れてくる。
「ぷにコーン……」
「ぷに……(泣かないで……)」
小さな手(?)が、私の頬をぽす、と叩いた。
弱々しいのにちゃんと届く。
「ありがとう」
闇ルナが静かに言う。
「さて。あなたの味方が一人減りましたし、そろそろ続けましょうか」
「減ってない!! めっちゃ残ってる!! むしろ強化されてる!!」
「ぷに(がんばれ……ルナ……)」
手のひらサイズのぷにコーンが、最後に小さく光った。
黒と白の 二重世界の境界が、再び揺れる。
闇の私が、影をまとって立ちはだかる。
私は、胸に小さな守護者を抱いたまま、光の円陣を構え直す。
「行くよ、闇ルナ」
「ええ。あなたと私の、本当の対話を」
こうして、ぷにコーンの尊い活躍によって、戦局は新たな局面へ進んだ。




