想像合戦
闇ルナが現れてから一時間ほど経った。
その間、教授陣は緊急会議を開き、私は安定結界の中で待機し、カイとアレクはその結界のすぐ外でずっと見守っていた。
ぷにコーンは結界ぎりぎりまで貼りついて「ぷに……」と不安そうに震えていた。
(この状況、完全に対話とかのレベルじゃないんだけど……)
そして、結界が解かれた。
「準備は整った。闇ルナとルナ、本体同士で想像の衝突を行ってもらう」
教授の宣言に、私は椅子から転げ落ちそうになった。
「えっ!? い、いきなり戦うんですか!?」
「戦いというより比較実験だ」
試験官Aが淡々と言う。
「君の想像が防衛的想像に傾いたとき、前向きの想像に傾いたとき、世界にどう影響が出るのか。闇ルナは負の想像の具現。君は正の想像を学びつつある。双方の反応を同時に見ることで制御の手がかりを得る」
「いやいやいや、それぶつけたら危険の相乗効果になるのでは……!?」
「危険だから、この結界がある」
教授は足元の巨大魔術陣を示す。
学院最大級・暴走干渉遮断陣と書かれていた。
「規模が不安を煽るんですが!?」
「安心しろ、この陣は学院半壊級まで耐える」
「半壊が基準になってるぅ!!」
そんな私を横目に、闇ルナは静かに頷いた。
「やりましょう。あなたの前向きと、私の最悪。どちらが世界を守るのに適しているか」
「いや守る方向性を比べる内容じゃないって聞いてますよね!? もっとこう穏やかな……!」
「穏やかなネガティブって矛盾してません?」
「ごもっとも!」
ぷにコーンが急いで私の肩に登ってきて、胸を軽くぽすぽす叩く。
冷静にという合図らしい。
ありがたい。今もう泣きそう。
カイが結界の外から声を張った。
「ルナ。大丈夫だ。お前は守りたいという意志に変わりつつある。その方向で想像すれば、暴走の規模も抑えられるはずだ」
「……はず、なんですね?」
「確信はないけどな」
「確信がほしい!!」
アレクが胸に手を置き、微笑む。
「君なら大丈夫だ、ルナ。怖さと優しさの両方を持っている君だからこそ、均衡が生まれる」
教授が手を叩き、儀式開始を告げた。
◇ ◇ ◇
結界の中央に私と闇ルナが向かい合って立つ。
床の魔術陣が淡く光り、空気が張り詰める。
「まず、あなたからやってみて」
闇ルナが言う。
「最悪を思いついた時にどんな未来を描くのか。それを、私にぶつけてみて」
「ぶつけるって言い方やめて……」
「遠慮したら見えないよ」
闇ルナが一歩前に進む。私は反射的に下がる。
(うぅ……怖い……)
「最悪の未来を想像していい。それを押し込めるんじゃなくて、どう動くかを見せて」
私の中のAとBの訓練。
最悪Aを見て、そこにBを重ねる。
私は深呼吸した。
「わかった」
目を閉じる。
最悪A:闇ルナが私を飲み込み、世界中にネガティブが溢れ、人々の不安が形になって怪物化し、王都は闇と悲鳴の迷宮に——
「ルナ!」
カイの声が聞こえた。
開いたら負けだと思ったので目は閉じたまま。
(B、B! どうやってBを重ねれば?)
揺れる恐怖の奥。
それでも確かにある小さな願い。
(壊したくない。それだけはいつも本気で思ってる)
その願いを膨らませた瞬間、光が、私の足元でぽんと弾けた。
「うわっ!?」
小さな光の花が咲いた。
白い、揺れる光。
暴走級じゃなくて、本当に小さな花。
「やった……!」
「なるほど。希望の花ですか」
闇ルナが、興味深そうに花を覗き込む。
「不安が膨らむ直前に守りたいを重ねたんですね」
「う、うん……でも、まだ怖い」
「当然です。私がいるのだから」
「自分で言わなくても!」
闇ルナはすっと姿勢を正した。
「次は私の番ですね」
「えっ」
「あなたは希望の花。じゃあ私は——」
闇ルナが手を上にあげた瞬間、空間が震えた。
『最悪の未来を形にする』
風が巻き、結界の壁が波打つ。
闇ルナの周囲に黒い霧が渦巻き、そこから次々と影が立ち上がる。
「ひぃっ!?」
私がこれまで「もしああなったら」と震えて避けてきた恐怖たち。
——迷宮の底から生まれそうだった巨大トウモロコシ怪獣。
——森が生命力暴走を起こしたときの蔦の大塔。
——金塊の雨が大気を貫いたときの金の太陽。
——音が死んだ世界で私が想像した無限の静寂。
「これ全部……私の!?」
「そう。あなたが生んだ最悪の可能性の集合体」
闇ルナは冷静にそれを従えていた。
「でも、怖がらなくていいですよ。私が扱えば、暴走はしない」
「それ怖い理由にはならないよ!!」
カイが結界の外から叫ぶ。
「ルナ! 押されるな! 落ち着け!」
「落ち着けるわけないですよね!?」
アレクも声を張る。
「ルナ! 不安に飲み込まれるな! 美しい世界を上書きできるのは君だけだ!」
「ハードル高っ!!」
しかしその言葉のおかげで、私は気づいた。
(そっか、私は上書きできる……)
Aを見て、Bを重ねる。
それを続けてきたじゃないか。
「行くよ」
「どうぞ。正面から来てください」
闇ルナが腕を広げる。
黒い霧がうねり、影たちが私の周囲を取り囲む気配を強める。
(怖い、でも……)
私は深呼吸をした。
「壊したくない。だから守る!」
その瞬間、光が走った。
闇の影たちが迫るより早く、
足元から白い線が広がり、床に円を描いた。
光の円は、空気を震わせ、影たちを一斉に押し返す。
「これは……!」
「防御の陣……? いや、ルナの想像だ!」
教授たちがざわつく。
闇ルナは目を細めて見つめていた。
「やっぱり、あなたには守る想像がある」
「あるよ! ずっとあったんだよ! ただ、怖くて使えなかっただけで!」
「怖いのは悪いことですか?」
「悪くは……ないけど!」
「じゃあ見せてくださいよ。守る怖さを」
闇ルナの声に乗るように、影たちが再び迫る。
黒が押し寄せる。
白が広がる。
影と光の境界がぶつかり合い、結界の天井がびりびり震えた。
「ルナ、踏ん張れ!」
「美しいぞルナ!」
「ぷにーー!!(がんばれーー!)」
私は両手を胸の前に合わせ、全身で願った。
「怖い未来も、希望の未来も両方、私なんだよ!!」
光が弾ける。
黒が揺らぐ。
白と黒が火花のようにぶつかり、
試験場が二重世界みたいに分割され始めた。
片方は闇。
もう片方は光。
両方が、私の想像に反応して揺れ動く。
闇ルナは静かに笑った。
「いいですね。本気、出していいですか?」
「出さないでほしい!!」
「遠慮無用です」
闇ルナの黒が、さらに濃くなる。
私の白も、自然と強くなっていく。
世界が二つの想像で裂け始めた。
これが私と闇の私による想像合戦のスタートだった。




