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新たな課題「心の鏡

 合格を告げられたあとの私は、ほぼ魂が抜けていた。

 安堵しすぎて逆に浮遊しているというか、足元がふわふわしているというか。


「終わった……? 本当に終わった?」


「終わったな」

 

 カイが肩を軽く叩く。力は強すぎず、でも確かにそこにある感じがした。


「ありがとう。カイ」


「礼を言う相手は教授たちだ。俺はただの安全管理員だ」


「でも、すごく、支えてもらいました」


 胸がぽわりと温かくなるが、危険値は低い。

 しんみりぽわは暴走しにくいと最近わかってきた。


「むしろ祝わせてくれ。ルナ、合格おめでとう!」

 

 アレクが太陽の角度みたいな笑顔で言ってくる。


「ありがとうございます。でもアレクさんの世界基準のお祝いは爆発しそうで怖いです」


「安心してくれ。今日は自重する。祝福の光は三割に抑えた」


「三割でこの眩しさなんですか!?」


「ぷに(まぶしい)」


 そんな会話をしながら、教授に案内され、学院地下の資料庫へ向かった。


 なぜ地下なのかはわからない。

 でも、階段を降りるごとに空気が冷え、湿り気が増え、何か古い物の気配が強くなる。


「ここ何があるんですか?」


「再修行の前にどうしても見せておくべきものがある」


 教授が鍵束を取り出し、重い鉄扉を開く。

 ぎい、と軋む音。中は薄暗い部屋だった。


 中央にある台座の上……そこに、それはあった。


 大きな黒い鏡。


 枠は古い石で表面は水面みたいに光を吸い込んでいる。

 鏡なのに周囲の光が映っていない。


「これは……?」


「黒の鏡。古代想像術師が残した心象具だ」


「しんしょうぐ?」


 教授がうなずく。


「心を映す鏡だと言われている。ただし、映すのは表面の心ではない。奥底の心だ」


「奥底……」


 嫌な予感しかしない。

 自分の奥底なんて、絶対ろくでもない。


「ルナ。君は合格したが、依然として感情の揺れ幅が大きい。その揺れの原因を、まず自分で見つめてもらう必要がある」


(原因……)


 確かに、私はずっと暴走ばかり気にしていたけど、その暴走を起こしている源が何なのか、ちゃんと向き合ったことはなかった。


「大丈夫だ」

 

 カイが横で囁く。


「鏡を見るだけだ。鏡はお前を傷つけない」


「本当ですか?」


「物理的にはな」


「物理以外の可能性は否定できないんですね!?」


 アレクは前へ進み、鏡に手をかざしながら言う。


「心の本質を映し出す道具か……興味深いな。ルナ、君の内なる輝きも映るかもしれない」


「輝きじゃなくて、闇が出てくる気しかしません!」


「闇は悪ではない。そこから希望が生まれることもある」


「アレクさん、今日ちょっと名言多くないです?」


「記念日だからな」


「記念日じゃありません!!」


 ぷにコーンは鏡に近づき、ぺた、と触れて「ぷに」と鳴いた。

 鏡は一度だけ、波紋のように揺れた。


「反応したな」


 教授が頷く。


「ルナ。手を鏡に触れさせてみろ。危険ならこちらで結界を張る。恐れる必要はない」


「いや、恐れますよ!?」


「恐れていい。ただ、逃げるな」


 その言葉は、過去のどんな忠告より響いた。


(逃げずに向き合って壊さない力を身につける。これが再修行の第一歩なんだ)


 私は唇を噛み、小さくうなずく。


「やってみます」


 鏡の前に立つ。

 黒い表面は、まるで夜の湖の底みたいに静かだ。


「手を触れればいいんですね」


「ゆっくりだ。深呼吸を忘れるな」


 私は鏡に手を伸ばす。

 指先が冷たい表面に触れる瞬間——


 鏡が光った。


 いや、光ではない。

 黒い鏡面が内側から吸い込むような暗さでうねった。


「……っ!?」


 手の平に、誰かの指が触れる感触。


 ぞくり、と背中が泡立つ。


 鏡の中から何かがこちらを覗いている。


(だれ?)


 黒い鏡の奥で、影が形を取り始める。


 ぼんやりとした輪郭。

 揺らぐ髪。

 沈んだ瞳。


 そして——私がいた。


「え?」


 鏡の中の私は笑っていなかった。

 怒ってもいなかった。

 ただ、深い深い絶望を抱えたような静かな目で、まっすぐこちらを見ていた。


 教授たちが一斉に身構える。


「……出るぞ」

「心象が具現化を始めている!」

「結界準備!」


 カイが私の腕を掴む。


「ルナ、離れろ!」


 しかし鏡の中の私が口を動かした。


『——私は、本当のあなた』


 その声は空気を震わせなくても伝わる感覚だった。


 私の心臓が大きく跳ねる。


「な、なに……」


『あなたが隠してきた、不安と恐れと、全部の最悪。私はそれを全部、抱えて生まれた影』


 影の私が鏡面に手を押し付ける。

 鏡が波紋のように穴を開け、腕が現れた。


「教授!! 出てきてます!!」


「結界を張れ!!」


 教授陣が防護術を展開しようとするが、影の私はひどく静かに言った。


『逃げないで。向き合いなさい。私は、あなたの想像の闇』


 ぷにコーンが叫ぶように「ぷにぃ!!」と鳴いたが、

 影の私はぷにコーンを見て、小さく笑った。


『ぷにコーンすら、あなたの守りたいの延長。でもね、守るためにはまず、自分の恐れを見なきゃいけない。』


 手が完全に鏡から出た。

 影の私は、私と同じ声で囁いた。


『会いに来たよ。ルナ』


「ひっ……!」


 鏡が砕け散り、影の私が床に降り立つ。


 試験官が叫ぶ。


「名付ける! これは——闇ルナだ!」


 闇ルナが、静かに微笑む。


 その微笑みは、私がずっと避けてきた不安の濃縮体みたいで、私は足がすくんだ。


「な、なんで……私が……?」


 闇ルナは答える。


『だって、あなたの心が呼んだんだもの。怖い自分に向き合う覚悟を』


 その言葉に、胸の奥がざわざわ震えた。


(これが、私の……)


 アレクが前に出ようとする。

 しかし教授が手で制止する。


「止まれ! これはルナ本人の課題だ!」


「だが危険だぞ!」


「危険だ。だが、避けては通れん」


 カイが私の隣に立ち、小さく言った。


「ルナ。怖いか?」


「……はい」


「いい。怖がっていい。でも、あいつは、お前自身だ。壊す力じゃなく、理解する力で向き合え」


「……カイさん」


 闇ルナは手を差し伸べてきた。

 私の手に似た形で、でも、ずっと冷たい気配。


『行こう。あなたの一番深いところへ』


 私は震える膝で立ち上がる。


(逃げたら、また暴走する。でも、向き合えば何か変わるかもしれない)


 私は小さく息を吸って言った。


「わかった。逃げません」


 闇ルナが微笑む。

 その微笑は、恐ろしくて、でもほんの少しだけ悲しそうだった。


『そう来なくちゃ。だって私はあなたのネガティブの核なんだから』


 こうして、私は影の自分との対面を迎えた。


 次に何が起こるのかは、まだわからない。


 ここからが本当の再修行の始まりだった。

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