教授たちの決断
心象安定室。
白い壁と柔らかな光、音が吸われるように静かな空間。
そこに私は毛布にくるまって座っていた。
(やらかした……)
無音化→爆音化→学院レベル3警戒。
世界が耳を塞いだり、生徒が避難したり、試験官が魔術陣を連打したり。
あの騒ぎの中心が自分だったと思うと、胃がきゅーっと縮んだ。
肩にはぷにコーンが乗っている。
その温度が、どうにか私を正気に留めている。
「ルナ、大丈夫か」
カイが水を置きながら、無理に明るく言った。
口調は落ち着いていて、いつもの現実的な声に戻っている。
「だ、大丈夫じゃないですけど、死んではないです」
「学院も壊れてない。寸前だっただけだ」
「寸前って一番怖いです……」
隣ではアレクが、相変わらず黄金色のオーラを軽くまとって座っていた。
「むしろ君の力は進歩している。無音化からの美しい音の復活、あれは見事だった」
「美しくなかったです!! みんなの耳が死んでましたよ!!」
「だが世界は生きていた」
「そういう哲学的フォローはいらないです!!」
ぷにコーンが私のほほを、ポスと軽く押す。
それだけで、胸の中のざわめきが少し引いてくれる。
そこへ、教授たちが入室してきた。
教授、試験官三名、そして補佐の魔術師。
その目が全員、真剣そのものだった。
(これは絶対怒られるやつだ……! 処分? 退学? 王都追放!?)
私が勝手に震えだしたところで、教授が手を上げた。
「まず、落ち着きたまえ」
「む、無理です……」
「落ち着け」
「は、はい」
教授が咳払いをし、静かに言った。
「ルナ・フェリシア。今回の騒動について、教授陣はすでに結論を出した」
ごくり、と喉が鳴る。
教授は続けた。
「結論から言う」
処分か。
また辺境行きか。
いや、辺境ですら被害が出たし、もっと遠く、無人島?
(無人島……水……食べ物……火……全部危険……島が爆発して海が割れて地図から……)
「ルナ、暴走するな」
カイがすぐ制止してくれた。
ネガティブ暴走の制動が完全に任務化している。
教授は、深く息を吸い、はっきりと言った。
「——再試験は合格とする」
「……………………はい?」
あまりに予想外の単語で、脳が真っ白になる。
「ご、ご、ごう、かく!?」
「そうだ。合格だ」
「な、なんで!? 学院、崩壊しかけたんですよ!? レベル3警戒で音が死んで、生徒の耳も死んで!!」
「だが、壊れてはいない」
教授が指を一本立てる。
「壊れかけたが、壊れなかった。これは重要だ」
「基準が甘過ぎません!?」
試験官Aが補足する。
「学院の想像術科の基本理念は危険と隣り合わせの創造を、どう扱うかだ。今回の暴走は確かに危険だったが」
試験官Bが続ける。
「君は音を戻したいという意志で、混乱の中でも方向性を保った。失敗でなく、成長と判断する」
試験官Cも頷く。
「そして何より、暴走の規模の割には人的被害ゼロ。これは非常に珍しい」
「そ、それは結界が……皆さんの防御が……」
「それも評価のうちだ」
教授が微笑む。
「魔術師は一人で世界と戦うのではない。周囲の助力を理解し、使い、支えられながら想像するのも重要な技量だ」
(私、支えられまくりでしたけど……)
教授の視線が、カイとアレクにも向く。
「同行者の存在が、ルナを前より守りの方向へ導いていたことも明白だ」
カイは軽く頷き、アレクは「当然だ」と胸を張っている。
「ただし——」
教授の声が少しだけ厳しくなる。
「合格はするが、再修行を命ずる」
「再修行?」
「そうだ。今のままでは、感情と想像の揺れ幅が大きすぎる。学院としては、君を正式な魔術師として認めるために、心の揺れを映す想像の強弱をより精密に扱えるよう鍛えたい」
「はい。必要だと思います」
本当にその通りだ。
森も、迷宮も、爆音も、全部揺れ幅の暴発が原因だった。
教授が、ほんのわずかに優しい声を出した。
「ルナ。君は危険だ。しかし、同時に、誰よりも可能性を秘めている」
「可能性……」
「この学院に、君のような生徒は前例がない。だから落とすべきか、神と認定すべきか、教授陣で議論した」
「神!? そんな議論しないでください!!」
「最終的に普通の生徒として合格に落ち着いた」
「普通が一番嬉しいです!」
胸の中が温かくなる。
爆発の予兆じゃなくて、本当に嬉しいだけの温かさ。
ぷにコーンがそのぽわを押し下げて、ちょうどいい温度にしてくれた。
教授が式次第の紙を差し出す。
「再修行の地は都市レヴァリア。魔術研究院が君の想像波形を解析し、適切な制御法を教えてくれる」
「レヴァリア……」
(旅の途中で行く予定だった場所。今度は本当に学びで行けるのか)
カイが小さく笑う。
「良かったな、ルナ」
「うん! 壊さず、落とされず、生きてるって、すごい!」
「基準が低い」
「現実的な基準です!!」
アレクは胸に手を当て、キラリと笑う。
「合格おめでとう、ルナ。今日という日は、私にとっても記念日になる」
「あなたの記念日じゃないです!」
「いいだろう? 運命の同調日ということで」
「定義がどんどん勝手に増えてる!」
教授が肩をすくめた。
「ではルナ。正式に再試験、合格だ」
もう一度言われた瞬間、涙がぶわっと溢れそうになる。
(合格したんだ……壊しそうになったのに、壊さずに……ちゃんと、越えられたんだ……)
私は震える声で言った。
「ありがとうございます……本当に!」
「礼は不要だ。ここからが始まりだぞ」
「はいっ!」
胸の奥でぽわが小さく灯る。
ぷにコーンがすぐ押し下げる。
でも、その奥に残った温度は、確かに前向きだった。




