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再試験の内容

 再試験当日の朝。

 学院寮の客室で目を覚ました私は、まず自分の胸に手を当てて確認した。


(……ぽわ、してない。よし)


 昨日、帰還してからの私はずっと緊張のしっぱなしで、ぽわの発生率がゼロだった。

 これはこれでありがたい。でも胃は痛い。


「ルナ、起きてるか?」


 ノックの音とともに、カイの落ち着いた声が聞こえた。

 いつもの冷静な調子だ。

 昨日のふにゃっと優しいカイより、こっちの方が安定する。


「起きてます! 大丈夫……たぶん!」


「たぶんはやめろ。入るぞ」


 扉が開くと、ぷにコーンを肩に乗せたカイが立っていた。

 ぷにコーンは眠そうに「ぷに」と伸びをする。


「教授室から呼び出しがあった。再試験の詳細説明だ」


「ついに……」


 胃がまたキュッとした。


 カイはそんな私を横目で見つつ、ほんの少しだけ声を柔らかくした。


「怖くてもいい。でも、昨日のように守るための想像ができれば、お前は強い。忘れるなよ」


「……はい」


 その一言で、胸の奥がほんのり熱を帯びる。

 でも、ぽわじゃない。

 心細さの中に、小さな芯が残る感じ。


(……大丈夫。昨日の森みたいに、ちゃんと止められる自分でいたい)


 そう思いながら部屋を出ると、廊下の角から派手な気配が現れた。


「おはよう、我が運命の再試験者よ!」


「アレクさん、声が大きい!!」


 アレクは朝日を背負って登場。いつ見ても太陽と仲良しだ。


「君の勇姿を見届けるために万全の装いで来た。ほら、見てくれ、この勝負マント」


「普段のよりキラキラしてるぞ……?」


「鏡の前で勇気が増すデザインを百通り試した結果だ。完璧だろう?」


「鏡が泣いてますよ、それ絶対」


 アレクは気にしない。

 むしろ褒められたと受け取ってさらに笑顔を増やすのがこの王子である。


「今日の試験、必ず成功する。君はもう、かつての恐れの暴走少女ではない」


「そんな名前つけないでください!!」


 カイが咳払いをしてアレクを制し、私たちは教授室へ向かった。


◇ ◇ ◇


 教授室に入ると、三人の試験官と教授が並んで座っていた。

 奥の壁には、見慣れない巨大な結界装置が配置されている。

 嫌な予感しかしない。


「おはようございます……」


 教授は眼鏡を押し上げ、静かに言った。


「ルナ・フェリシア。まずは帰還とここまでの訓練の継続を称える」


「ありがとうございます……?」


 褒められた。

 褒められた瞬間、胸がぽわりそうになり、慌ててぷにコーンを見る。

 ぷにコーンは合図のように軽く頭で私の胸をつつき、ぽわをゼロに圧縮してくれた。


 教授は続けた。


「では、再試験の内容だが——」


 試験官の一人が木槌を軽く叩いた。


「課題は、前回と同じだ。花を一輪、静かに咲かせよ」


「またこれか……」


 分かっていたはずなのに、喉が一気に乾いた。

 前回の教室を春まつり化した大爆発が脳裏に蘇る。


「心配するなとは言わん」

 

 教授が言葉を挟む。

 その声は冷静で真剣だった。


「だが、君は前とは違う。情動制御が進み、暴走の方向性を理解しつつある」


「理解してるかな」


「迷宮の鎮静報告、金塊の雨の収束、森の生命爆発の制御。どれも危険ではあるが同時に抑えて戻している」


「そこを強調しないでください。危険の文字が濃い……」


 試験官の別の一人が補足する。


「もちろん、学院としても一人で暴走を抑えろとは言わない。この試験場には、三つの補助機構を用意した」


 三つ?


「一つ、爆発予測結界。君の想像が臨界に近い場合、周囲に警告が出る」


 ——突然、室内の天井でランプが点滅する。

 赤・黄・青の三段階だ。


「二つ、安全吸収陣。万が一、花以外のものが出現した場合、半径三メートル以内なら吸収し、外部への拡散を防ぐ」


(それ便利……いや、便利って思っちゃダメだ)


「三つ。心象干渉緩和装置。これは——」


 教授が仕草で示す。


「君の胸のぽわに直接干渉し、暴走の端緒を弱める」


「ぽわが公式名称になっちゃったぁぁ!!」


「昨今の報告書に全て記録されている」


「ぷにぃ(誇らしげ)」


 ぷにコーン、ドヤ顔みたいな光を出さないで。


「試験の段取りはこうだ」

 

 教授の説明が続く。


「試験場中央の台座にある鉢に手をかざし、イメージを確立する。その後、心象状態を試験官が確認し、問題がなければ発動に移る。成功条件はただ一つ」


 三人の試験官の視線が揃う。


「静かに一輪を咲かせる」


 ……シンプルすぎて怖い。


「なお、同行者は見届けのみ許可する。余計な干渉は厳禁。特にそこの王子」


「えっ私!?」


「お前だ」


 アレクは口を開けてから、すぐに閉じた。

 珍しく素直だ。


 カイが腕を組む。


「ルナ。深呼吸しろ。昨日の森を思い出せ。お前は増える暴走も、止める想像で制御できた。今日も同じだ」


「……はい」


 私は深呼吸を三回。

 胸の中のぽわは……まだゼロ。

 よし、いける。いきたい。いけますように。


 教授が手を打つ。


「午前中は補助陣の調整と君の想像波形の最終チェックを行う。屋外に出て準備しろ」


 緊張で足がもつれそうになりながらも、私は立ち上がった。

 ぷにコーンが肩に乗り直し、アレクはマントを翻し、カイは無言で「行くぞ」と顎を指し示した。


 生徒たちは道の端に避難して、遠巻きにこちらを見ている。

 爆発予防装置が今日一番明るく光っている。


(こわい。でも、逃げたくない)


 ほんの少しだけ、胸の奥が熱くなる。


「あっ……」


「止まれ」


「はい!」


 すぐに押し下げる。

 思い出した。

 嬉しい、やってみたいは暴走の源。

 でも、それが私の力の根っこでもある。


(なら、上手く使えるようになりたい)


 小さく、誰にも聞こえないように呟いた。


「今度こそ、一輪の花だけで済ませたいんです。ほんとに」


 そう願いながら、私は試験場へ向かった。

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