王立学院へ帰還
王立魔術学院の尖塔が見えたとき、私は思わず足を止めた。
石造りの塔は前と同じ場所に立っているのに、胸の奥がざわざわする。
前回ここを出たとき、私は危険度A・辺境送りだった。
今回は再試験・帰還として、言葉は違うけれども、胃にくる重さはだいたい同じだ。
「震えてるな」
横を歩くカイが、何気ない調子で言った。
「震えますよ! 前回、花壇どころか教室まるごと咲かせたんですよ、私……」
「安心しろ。今日は護衛が二人もいる。俺と——」
「そして何より、この私がいる」
後ろからアレクが割り込んできた。
太陽を背負って、今日も無駄にキラキラしている。
「ルナ、君は一人じゃない。運命の仲間たちがついている」
「運命の乱数調整にしかなってない気がします……」
「失礼な」
肩の上で、ぷにコーンが「ぷに」と鳴いた。
ふと気づけば、学院の外壁には前になかったものが増えている。
光る魔術紋、警告札、そして門の上には——
「爆発予防結界・起動中……ですか」
思わず読み上げてしまった。
入口アーチの縁に、やたらと物々しい金属製の輪が埋め込まれている。
内側には想像暴走感知・衝撃波緩衝・花粉拡散防止の刻印。
「対ルナ仕様に見えるな」
「やめてください。それを言葉にすると確定しちゃう!」
門の前には、学院の門番兼雑務担当の老魔術師グレンが立っていた。
私たちを見るなり、彼は背筋を伸ばし、妙に丁寧な笑みを浮かべた。
「ルナ・フェリシア。帰還か」
「お、お久しぶりです」
「君の帰還に合わせて、門の補強と周囲の避難経路を三倍にした。安心して入るといい」
「ちょっと! 私が成長して帰ってくる期待がされてない!」
「合理的だろう」
グレンは、私の後ろにいるカイとアレクにも視線を向ける。
「そちらがギルド派遣の護衛と……予期せぬ同行者だな」
「カイ・リドル。ルナの監視役だ」
「監視って言いました!? 護衛じゃなくて!?」
「役割のうちの一つだ」
アレクは胸に手を当て、例のポーズを決める。
「私はアレク・ルクス・エルヴァン。別世界からの王子、そしてルナの——」
私は咳払いを「ごほん」とする。
「説明、短めに」
「……旅の友だ」
ギリギリ許容ラインに収まった。
さすが王子、空気を読むときだけ多少は読む。
というか、今までが読めなさすぎた。
グレンは大きく頷き、門の脇にある水晶板に手をかざした。
爆発予防結界がゴゴゴゴゴゴと地鳴りのような音を発する。
「では、順に通れ。まずは護衛殿から。想像負荷の低い順にしたい」
「想像負荷って単語初めて聞きましたけど完全に私のための指標ですよね?」
カイが先に門をくぐる。
結界はかすかに青く光くだけで、特に反応しない。
次にアレク。
「よし、我も行くとしよう」
「一応言っておくが変なエフェクト出すなよ」
「出さないとも」
有言実行。
アレクが結界をくぐると、光は一瞬だけ金色になったが、音も爆発もなかった。
門の上の銘板に想像負荷:中と表示される。
「中?」
「概ね安定だな」
グレンが満足げに頷く。
そして、全員の視線が私に集まる。
「最後は……君だ」
「……はい」
足がすくみそうになるのをぷにコーンが頭突きしてくれて止める。
スライムだから痛くはない、むしろ可愛い。
私は深呼吸をして、一歩、門の影に踏み込んだ。
——結界が、鳴いた。
青、黄、赤、ありとあらゆる色が一瞬で走り、門の上の銘板に文字が高速で点滅する。
想像負荷:測定中
想像負荷:高
想像負荷:規格外
想像負荷:要手動判定
「手動って何するんですか!? 押しボタンですか!?」
グレンが慌てて追加の符を叩きつけ、結界はどうにか安定した。
銘板の表示が想像負荷:高(許可)に落ち着く。
「……合格」
「えっ!? 今ので合格なんですか?」
「門が壊れていない。充分だろう」
いや、これ、壊れてなくても合格だったでしょ。
けれど、ここで文句を言うと再測定とか言われそうなので黙っておいた。
学院の中庭は、以前より少しだけ物々しい雰囲気になっていた。
避難経路を示す矢印付きの看板、消火用の水槽。
そして、爆発時集合場所→の札。
「私のためですよね?」
「お前以外に誰がいる」
カイが即答する。
遠巻きに、生徒たちがこちらを見てひそひそ話しているのがわかった。
「あれが……」
「花火教室の人だ……」
「空に花咲かせた人でしょ」
「危険度Aルナ……」
「うう……。恥ずかしい……」
うなだれかけたところで、聞き慣れた声がした。
「——静粛に。彼女は本日、正式に再試験を受ける予定だ」
振り向くと、そこには想像術科の教授が立っていた。
以前と同じローブ、同じ眼鏡、同じため息顔。
ただ一つ違うのは肩に乗っている小さな防炎用の魔術具だろうか。
「お久しぶりです、教授……」
「久しいな、ルナ・フェリシア。辺境での訓練生活の報告は受け取っている」
「報告書はちゃんと届いてたんですね……あの、迷宮のこととか、金塊の雨とか、火の鳥とかはその……」
「そこだけ赤字で強調されていた」
「ですよね……」
教授は私の後ろの二人とぷにコーンにも視線を向ける。
「そちらが、君の新たな危険因子……もとい同行者か」
「危険因子って言いました!? 今さらですけど!!」
「……否定はしない」
カイはひとつ頷いて名乗った。
「ギルド所属、カイ・リドル。再試験中の安全管理と、彼女の想像制御の補助を依頼されています」
「ふむ。学院としても助かる」
アレクも胸に手を当てる。
「私はアレク・ルクス・エルヴァン。別世界より召喚された王子にして——」
余計な事を言うなよと視線を送る。
「———ルナの自己肯定係かな?」
教授が途中でまとめた。
「意外と理解が早いですね」
「報告書にそう書いてあった」
「書かれてたんですか!? あの村長さん!!」
ぷにコーンは「ぷに」と鳴くだけで、誰も説明してくれない。
「ともあれ」
教授は軽く咳払いをした。
「ルナ。君の再試験は明日だ。本日は学院内の規則説明と、結界安全講習、それから——」
視線が私の肩のぷにコーンと、足元の弁当箱に移る。
「その二体(?)の登録だな」
「ぷにコーンは指定生物ですけど、弁当は……」
「弁当はまず保管しろ。勝手に歩かないように封印をかける」
「お願いします」
一生聞く事がないセリフを吐かれてしまった。
教授は少しだけ表情を緩めた。
「怖がるのは悪くない。だが、以前の君と違って、今の君は守ろうとしている」
「……できれば、壊さないで済ませたいです」
「では、その意志を試験で見せてみせなさい」
教授は周囲の生徒達に言葉をかける。
「皆、初動準備に戻れ。避難経路確認は三度目だから間違えるなよ」
「三度目!?」
周囲の生徒たちが「はーい」と返事して散っていく。
避難訓練三回目。
全部私のため。
ありがたいような、申し訳ないような、複雑な胸の痛み。
カイが肩をすくめた。
「人気者だな」
「皮肉ですね。これはネガティブ関係なしに分かります」
アレクは、学院の建物を見上げて目を輝かせていた。
「壮麗だ。ここが君の戦場か、ルナ」
「戦場って言わないでください、試験会場です……!」
門をくぐった瞬間に感じたあのきゅっとした恐怖は少しだけ薄れていた。
隣にはカイがいて、後ろにはうるさい王子がいて、肩にはぷにコーンがいて、足元には反省中の弁当がいる。
以前とは、少しだけ違う状態で私はここに立っている。
(今度こそ、一輪の花をキチンと咲かせたい)
胸の奥でそう祈りながら、私は学院の中庭をもう一度見渡した。
今日はまだ一度も爆発していない。
それだけで、今日は合格にしてもいい気がした。




