突然の王子劇場
魔獣たちがアレクの周囲に丸く座り込み、王子囲み会みたいな様相を呈したところで、私はようやく息をついた。
「平和ですよね? 一応……」
「一応って言葉嫌いになりそうだ」
カイが剣を下げ、肩をぐるぐる回している。
ぷにコーンは魔獣たちの足元をころころ転がり、楽しそう。
なぜか一番人気になっていた。
そして。
一番中心に立つアレクは、当然のように胸に手を当てていた。
「森の精霊たちよ。私に惹かれる気持ちはわかる。だが、私の心はすでに——」
「続けなくていい!!!」
全力で止めた。
アレクはなぜだ? というような表情を見せているが、今は説明をしている場合ではない。
「とにかく、弁当箱も回収できたし、危険も去ったし……ピクニックを再開しませんか?」
私が言うと、アレクが「待ってました」と言わんばかりに腕を振り上げた。
「そうだ! せっかくなので——森の中で舞踏会を開こう!」
「は???」
カイと私の声が完全に重なった。
「だって、見たまえ。こんなに美しい森と、私を慕う魔獣たち。祝祭を開くには絶好の舞台だろう?」
「ちがうよ!? そういうピクニックじゃないよ!? なんで昼食が逃げた次の段階が舞踏会なの!!」
「順番が異常すぎるんだよお前は!!!」
けれどアレクは聞かない。というか、聞こえていない。
「まず照明だ。森に優しい光を……」
「やめろって!!!」
カイの悲痛な叫びは、もはや空気の一部。
しかしアレクは優雅に目を閉じ、指先を持ち上げた。
「舞踏会にふさわしい灯りよ、空に浮かべ」
観念律が反応した。
嫌な、でももう慣れてきた、あの空気の震え。
次の瞬間——
空に、光る魚が浮かんだ。
「は?」
「浮いてる?」
「ぷに?」
キラキラと輝く巨大な魚の群れが、森の上空をゆっくり泳ぎ始めた。
金魚じゃない。深海魚じゃない。なんだろう、純粋に舞踏会に出そうな魚だ。
「なんで魚?」
「舞踏会といえば魚だろう?」
「どこの文化!?」
「うちの世界では普通だ」
普通そうなんだ。
「ルナ、混乱するな。普通じゃないからなこれは」
「はい、そうですよね!」
魚たちは青白く光り、規則正しくフォーメーションを組んで泳ぎながら、地面に揺れる光を落としていく。
魔獣たちがその光を追いかけて、ゆっくりステップを踏むように動き始めた。
「踊ってる」
「アレクの自己陶酔の波長が魔獣の行動パターンと合ってるんだろう」
アレクは両手を広げ、さらに言った。
「そして音楽だ。森の息吹よ、調べとなれ」
「待っ……」
止める暇もなく、周囲の木々の葉がざわざわ振動し始めた。
不規則なはずの葉音が、なぜか完璧なリズムとメロディを形成しはじめる。
葉っぱの音楽。
光る魚の照明。
魔獣のダンス。
「これ、なんか、すごい……」
ぽわ。
胸が温かくなる。
「ルナ!!!」
「あっ!!」
慌てて胸に手を当てる。
ぷにコーンがすぐに胸に体当たりして、暴走の兆しを吸い取ってくれた。
「危なかった」
「お前のぽわで森が爆散したら元も子もないからな」
「自覚はあります……」
そんな騒動の中、アレクは私の前にすっと立った。
「ルナ。踊らないか?」
「踊りません!!」
「即答!?」
「そりゃそうだろ!!」
アレクは悲しそうに肩を落としたが、すぐに表情を戻して、
「では、いずれ踊ってもらうとして……今は宴の幕開けだ!!」
と、宣言した。
魔獣たちが「ガルル!」とか「キュオオ!」とか、意外にノリのいい声で応じる。
光の魚が空をめぐり、葉っぱがオーケストラを奏で、地面まで光りだす。
「いやいやいや! ピクニックってもっと静かでのんびりしたものでしょ!?」
「そんなピクニック、この旅でできると思っているのか?」
「甘かった!」
気づけば、森は完全に魔獣舞踏会になっていた。
アレク中心の、なぜか調和した狂騒。
でも。
なんだかんだで、魔獣同士が争っていないし……
森も燃えてないし……
地面も爆発してないし……
「これ、平和なのでは?」
「基準が狂ってきてるぞルナ」
「ですよねー」
その時、アレクがくるっとこちらを振り向き、私にだけ聞こえる声で言った。
「ルナ。君は混沌の中心にいると輝くタイプだな」
「褒めてるつもりですか!?」
「もちろんだ」
「褒め言葉の定義を勉強し直して来てください!」
カイのため息、魔獣のステップ、光る魚の影、葉音の音楽。
どこを切り取っても混乱の極みだったけど、なぜか胸はほんの少しだけ軽かった。
(なんか……楽しいかも)
ぽわ。
まただ。
だけど今回は、ぷにコーンがすぐに「ぷに!」と反応して胸に張り付き、ぽわが霧散した。
「ありがとう……」
「ぷに♪」
こうして、魔獣まみれ舞踏会という名の混沌ピクニックは、なぜか崩壊せずに続いた。
嵐の前の静けさかもしれないけど。




