森の中のピクニック
弁当箱の逃走を追って森へ入ったものの、数分で後悔した。
なぜなら、森が静かすぎた。
木漏れ日が揺れ、鳥の声もしているのに、さっき聞こえた唸り声がずっと耳の奥に残っている。
肺がきゅっと縮む感じ。完全に不安の気配だ。
「……ルナ、顔が青いぞ」
「気のせい……じゃないと思います……」
「ぷに(緊張)」
肩の上でぷにコーンが丸まり、周囲を警戒している。
その仕草はかわいいが、状況はかわいくない。
「とりあえず、弁当箱を探すぞ。足跡がある」
カイが指差す方向を見ると、小さな弁当足跡が地面に続いていた。
自分で生み出しておいてあれだけど、弁当箱に足がついて逃げるって想像するのすごいな……。
「これ絶対、わざと残してるよね……」
「自我が強いんだよ、お前の弁当は」
私はネガティブで自我もないのに、弁当箱には自我があるって……
悲しい事実を突きつけられた。
森は深くないはずなのに、進むほどに光が薄くなっていく。
まるで空気が危険予兆モードに切り替わったみたい。
「……この感じ、なんか……魔獣の気配っぽい」
カイが剣に手をかけた。
私の心臓が「ドゥッ」と跳ねる。
(魔獣に襲われて、森ごと燃えて、逃げ場がなくて、全員バラバラになって、新聞の一面に『旅人4名、森で消息不明』って……!)
「ルナ、今なんかやばい想像してるだろ」
「い、いつも通りです……!」
「いつも通りが一番やばい!!」
その時だった。
がさり。
草むらが揺れた。
「来るぞ!」
「ひっ……!」
しかし、草むらから出てきたのは弁当箱だった。
「戻ってきた!」
「自力で帰還すんな!!」
何があったのか、弁当箱は小刻みに震えながら私の足元にぴたりと隠れる。
その動き……完全に恐怖で逃げてきた者だ。
「な、なにがあったの……?」
弁当箱は蓋を揺らし、言葉がない代わりの必死の訴えをしているっぽい。
その瞬間——
森の奥から、低い唸り声がした。
グルゥゥゥゥ……。
「やっぱりいた!!」
ぷにコーンが私の肩で「ぷにっ!」と怒る。
しかし唸り声は近づいてくる。
影がひとつ。
大きい。
太い。
角みたいな形。
「魔獣だ! でかいぞ!」
「熊!? 熊は無理!!」
「ぷにぃぃぃ!!(同意)」
枝をばきばき折りながら、木の間から巨大な熊が現れた。
熊じゃなくて、額に光る紋章があり、背中に蔦が巻かれている森の守護型。
目だけがぎらついている。
カイが剣を構え、アレクはなぜかポーズを決めた。
「ふっ、森の獣よ。私という光に会いたくて出てきたんだな?」
「違う!! ぜんっぜん違う! むしろ嫌ってる顔してる!!」
熊はアレクの方向を睨んで、牙をむいた。
「……これは、嫌ってるな」
「今気づいたんですか!?」
熊が一歩前へ。
地面が震えた。
私は震えた。
そして、やってはいけないことが頭に浮かんだ。
(もし熊が、もっともっと怖い存在だったら……)
「ルナ! そのもしは絶対続けるな!!」
「も、もう浮かんで……!」
「やめろ!!」
間に合わなかった。
観念律がまた、私の最悪を拾った。
熊の背後から、次々と影が現れた。
角の長い鹿型の魔獣。
体毛が光る狼型の魔獣。
鳥なのに四足歩行みたいな奇妙なやつまで。
「なにこれ!? 怖いイメージが交雑してない!!?」
「ルナの『熊がもっと怖い』が『とりあえず強そうな仲間を呼ぶ』方向に暴走したんだろ!」
「そんなコロシアム方式やめて!!」
魔獣たちは唸りながら囲んでくるわけでもなく。
アレクのほうへ行った。
「なぜだ!!?」
「いや知らないけど!?」
「運命か?」
「違う!!!!」
数十秒の静寂。
魔獣たちがアレクの周囲に集まり、なぜか座った。
「……え?」
「……は?」
「ぷに?」
魔獣たちは、アレクを囲んで綺麗に輪になり、なぜか彼の動きに合わせて首を傾げ始めた。
「まさか」
「アレクの自己陶酔オーラが魔獣に効いてる?」
アレクは胸に手を当て、輝く笑顔で言った。
「ふっ、野生の者たちよ。私の魅力に気づいてしまったか」
「気づいてない! ただの強そうな光るものに群がってるだけ!!」
「だが気に入られているのは事実だ!」
カイが剣を下ろして呆れた。
「敵意はなさそうだ。こいつら、アレクをでっかい光る仲間と思ってるだけだ」
「どうゆうこと!?」
私は胸に手を押し当てて深呼吸した。
(よかった……誰も怪我してない)
胸の中に温かいものが広がる。
それは前向きで、安心で、たぶん友情みたいなもの。
「やばっ……胸がぽわ!」
「止まれええええ!!」
しかし、今回はぷにコーンがすぐに肩から飛び降り、私の胸元に体当たりしてきた。
「ぷにっ!!(制圧)」
「止まった!」
感情暴走の芽が、ふっと霧散した。
ぷにコーン、本当に有能すぎる。
アレクの周囲では、魔獣たちがお座りしたまま、穏やかに見上げていた。
「意外と平和?」
カイがうなった。
「お前のネガティブから発生した魔獣たちが、アレクのポジティブの前で中和される。なんだこの相性最悪の相性の良さ」
「矛盾してる!」
「だが助かった」
アレクが私に微笑む。
「安心したか、ルナ?」
「はい。ちょっとだけ」
胸がまたぽわ。
今度はすぐに抑え込めた。
「よし、弁当を取り戻して、ピクニックを続けよう」
「続けるの!? この状況で!?」
「魔獣たちが落ち着いてるうちに行くぞ」
「落ち着いてるのはアレクの周囲だけですよね!? 私は!?」
「ぷにっ(大丈夫)」
ぷにコーンの謎の保証を受けながら、私は小さく頷いた。
森の魔獣たちは巨大で、怖くて、でも妙に穏やかで……
そして、その中心にアレクがいる。
混沌だけど、なんとか平和。
たぶん、これもピクニックの一部なのかもしれない。




