夜のキャンプ騒動
盗賊団が全員号泣しながら自首しに去っていったその日の夜。
私たちは荒野の端にある小さな林でキャンプを張ることにした。
空には星が瞬き、風は静かで、木々は優しく揺れている。
「今日は何も起きませんように」
私がそっと呟くと、カイが即反応した。
「そのセリフが一番危ないと言ってるだろ!」
「す、すみません!」
「謝るな!!」
ぷにコーンが「ぷに」と夜露の上にぺたんと座り、アレクは焚き火の前に立っていた。
焚き火。
そう、問題の発火源。
「アレクさん、ほんとに焚き火できます?」
「私は王子だぞ? 火くらい扱える。というか、扱えるに決まっている」
「それが怖いんです!!」
カイが頭を抱えた。
「どうせお前の想像の火で、鹿が焼けるか森が燃えるかの二択なんだろ」
「違う。三つ目の選択肢、華麗に炎を灯すがある」
「嫌な予感しかしない」
私はぷにコーンを抱き上げ、万が一の爆発に備える。
アレクは自信満々の表情で目を閉じた。
「暖かな灯火よ、舞い降りろ」
光が、ぱっと咲いた。
観念律の嫌な予兆を感じる。やばい。
次の瞬間、焚き火の中心に小さな火が灯ったと思ったら、火が羽を生やし、周囲を舞う。
「ひ、火が飛んだ!!?」
火の塊に、鳥のような光の羽が生えて宙に舞い上がる。
火の鳥(おそらくアレク産)が夜空をひらひら飛んだ。
「おい王子!! なんだこれは!!」
「火の精霊だ。美しいだろう?」
「美しいじゃねぇよ! 火事のもとだ!!」
カイが剣を抜いて火の鳥を追い回し、ぷにコーンが「ぷにぃぃ!!」と光を吸おうと跳ねている。
私はただただ慌てて叫ぶ。
「ど、どうすれば!?」
「落ち着けルナ! 火が怖くなくなるとか絶対想像するな!!」
「します!? しません!!」
すると火の鳥はくるりと回転し、なぜか私の頭の上にふわっと着地した。
「えっ!? ちょっ!」
火は熱くなかった。不思議な温度。
でも、危険なのは変わらない。
「ふ、ふわふわしてる」
「感想はいらない!! 早く処理しろ!!」
「ど、どうやって!? 消火とか、遮断とか、鎮静とか?!」
私が焦りすぎて脳内で『火を消す→雨→豪雨→洪水→湖→海→大津波』
の恐怖ルートをたどりかけた瞬間——
「ぷに!!」
ぷにコーンがジャンプし、火の鳥をまるっと飲み込んだ。
光がしゅわっと散って、鳥は霧のように消滅。
ぷにコーンはほわぁと赤い光を発し、満足そうにしていた。
「おい、スライムに何でも吸わせて大丈夫なのか?」
「い、一応ぷにコーンは大丈夫なはずです、たぶん……」
「『たぶん』やめろって言ってるだろ!!」
カイの怒声が森に響く。
でも、これでなんとか火の事故は回避できた。
ホッとすると同時に、胸の中が温かくなった。
(カイさん、ぷにコーン、アレクさん、頼りになる仲間がいてよかった)
この温かいという感情が危険なのだ。
「あ、やば、胸がぽわって……」
「ルナ止まれ!! 感情で爆発すんだろ!!」
「し、仕方ないじゃないですか! 仲間が助けてくれたら嬉しいですよ!」
「言うな!!」
しかし、遅かった。
胸の温かさが観念律に触れ、空気がぱちぱちと帯電する。
「あ、あああ〜〜〜〜〜〜!!」
私の叫びと同時に、木々の間から、
光の粒がぶわぁっと舞い上がる。
「なんだ?」
カイが顔を上げると、
林全体の木の枝に、小さな光の花がぽつぽつ咲き始めた。
「……きれい」
「いや、『きれい』と言ってる場合か! また森ごと爆発するパターンだろ!!」
「えっでも今回は火じゃなくて光ですし……」
「光でも森が光合成しすぎて自爆とかあるだろ!!」
「そんな物理的にありそうな説やめて!!」
アレクは光の木を見てうっとりしていた。
「素晴らしい。これぞ、ルナの感情の芸術だ」
「芸術扱いしないで!!」
ぷにコーンは光の花をぽすぽす吸い取ってる。
しかし、吸いきれなかった光が林の上に漂い、星と混ざってやたら幻想的な空になっている。
「まあ、爆発してないだけマシか」
カイは深いため息をついたが、その声色には少しだけ安堵が混ざっていた。
しかし、安心した瞬間が一番危険だ。
「今日、無事に眠れたらいいんだけど」
「それを言うなーーー!!」
そのとき。
火の鳥騒ぎと光の花の残り香に誘われたのか、
林の奥からガサッと音がした。
「まさか?! 魔物?」
「来るなら来い! 俺が斬る!!」
「アレクさん、危険です!」
「我に任せろ!」
二人が前に出る。
私はぷにコーンを抱きしめ、心の柵を必死に立てなおす。
茂みをかき分けて出てきたのは——
ただの鹿だった。
角に光の花をいっぱい咲かせながら、とぼけた顔で草を食べていた。
「鹿?」
「鹿だな」
「普通の?」
「普通に近い?」
アレクが鹿を見て優雅に言う。
「君、実に美しい髪飾りだな」
鹿は「ファッ?」みたいな顔で固まった。
角の花がぽすっと落ちた。
「ごめんね、私のせいで変な飾りつけしちゃって……」
私が謝ると、鹿はなぜか満足げに鳴き、林の奥へ帰っていった。
◇ ◇ ◇
風が落ち着き、光の花もだんだん消えていく。
私たちは焚き火(正確には残った炭)を囲み、ようやく腰を下ろした。
「今日は本当に疲れた」
「毎日だろ!」
「そうなんですけど!」
「ぷに(同意)」
アレクは私たちのやり取りを見て優雅に微笑んだ。
「だが、こうして夜を越えていくたびに、絆は深まっていくものだ。運命共同体だからな」
「勝手に運命決めないで!!」
でも、正直、ほんの少しだけ、仲間という言葉が心にしみた。
ぽわ。
「やば、胸が……!」
「ルナ止まれ!!」
カイの絶叫が夜空に響いた。
私は慌ててぷにコーンを抱きしめ、どうにか光の暴発を抑え込んだ。
こうして、混沌まみれの夜は最悪の一歩手前で無事に終わった。




