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自己陶酔王子

 荒野の真ん中に豪華な食卓が並び、喋る料理たちが歌い踊り、私とカイとぷにコーンは完全に状況に置いていかれていた。

 その中心で、アレク王子はというと。


「うむ、今日も私の魔術は完璧だ」


 パンが「こんにちは」と挨拶してくる横で、胸を張っていた。

 いや、完璧じゃないどころか危険極まりない。


「アレク、その……」


「遠慮しなくていい」


「いや、だから……」


「このスープなど実に見事だろう? 自我があるから、味も毎秒変化するのだ」


 こんな感じで意味不明な事を自信満々でずっと言ってる。スープが、しゃらん、とスプーンを持って言う。


「今の私は少し酸味寄りです」


「味に感情乗せないで!!」


 私の悲鳴と同時に、カイがスープを睨む。


「……こいつら全部どうするんだ」


「食べればいいのでは?」


「喋って動く料理を食べさせる気か!!」


 ぷにコーンが「ぷにぃ……」と震えて隠れた。

 たぶん、動く料理を見るのが怖いのだ。私は料理もアレクも怖い。


 アレクはそんな私たちの混乱など一切気にせず、風を受けて髪を揺らした。わざとらしく。


「そもそも、私は召喚されたのだ。ルナ、だったか。君の切なる願いに応じて現れたのだから、感謝してくれていいぞ」


「えっと、すみません、本当に呼ぶつもりは……」


「運命につもりなど関係ない!」


 アレクの瞳がキラリと輝く。悪い意味で。

 その瞬間、背後の空に薔薇の形をした光がぱっと咲いた。


「光エフェクト出すな!!」


「無意識だが?」


「余計たちが悪い!!」


 カイの怒号も虚しく、アレクは自分の髪を軽くかき上げる。


「まあ、焦る気持ちはわかる。突然、こんなにも美しい王子が現れたのだからな」


「いろいろ間違ってるっ!!」


「どこが? 全部正しいだろう?」


 カイは額を押さえた。私はぷにコーンにしがみついた。

 王子の自己肯定感が強すぎて、世界が勝手に肯定し始めそうで怖い。


「とにかく、私には使命がある。私を求める声に応えるという使命がな」


「いや、求めてないんですけど……」


「君の心は求めていた!」


「求めてないです!!」


「ぷに!!(全力否定)」


 アレクは、私たち全員から否定されても、びくともしない。

 このポジティブメンタル、少しだけ羨ましいけど、こうはなりたくない。


「まあ落ち着け。とりあえず食卓を片付けようか」


「置き土産にする気!?」


「だが君たち、今は空腹だろう?」


 確かに空腹だったが、喋るパンを食べる勇気はない。


「じゃあ食べる前に黙らせる想像はできるか? お前、得意だろう、そういう現実改変」


「黙らせる?」


 私が不安に反応しないように深呼吸して想像しようとした、その時だった。


 アレクが手を出した。


「いや、私がやろう。私の力なら、料理を静かに美味しい存在に」


「やめ——」


 止めるより早く、彼は目を閉じた。


「沈黙と調和を与えよ」


 光がまた咲いた。


 次の瞬間——


 食卓の料理たちが、全員いっせいに口をつぐんだ。


「え?」


「静かになった?」


 カイも驚いている。

 パンもスープも肉もケーキも、整列した姿勢で、微動だにしない。


「すごい。完璧に、止まった?」


「完璧すぎるのが気味悪いな」


 カイの声は低い。


「全員、なぜか軍隊みたいな並びしているぞ?」


 見ると、料理たちは確かに軍隊式の姿勢だった。

 パンは兵士のように左腕を上げ、ケーキは右腕を直角に曲げ、肉は胸を張り、スープは器ごと斜め45度を向いていた。たぶん、敬礼をしている。


「なぜ?」


「静かに調和をと願ったからな。調和の取れた形と言えば整列だろう?」


「違うわ!!!」


 カイの怒声に合わせて、料理たちが全員「ハッ!」と敬礼した。

 怖い。

 本当に怖い。


「アレクさん、あなた……」


「素晴らしいだろう?」


「素晴らしくないです!!」


 私は叫んだ。

 それと同時に、胸にたまっていた不安が弾けるように溢れた。


「うあああああああああああああ!!」


 叫んだ瞬間、観念律が反応した。


 パンたちが揺れ、スープが震え、ロウソクに火が付き、肉が踊り出し——


「全員、暴走し始めたぁぁぁ!!」


「ルナ! 落ち着け!!」


 カイが叫び、ぷにコーンが「ぷにぃ!!」と飛びついてくる。


「す、すみません! すみません! 落ち着きますから落ち着いて!!」


 私はぷにコーンを抱きしめた。

 ぷに……という小さな音とともに、胸の荒れが治まっていく。


 料理たちも、暴走をやめ、ゆっくり元の整列に戻った。


「助かった……」


「ルナ、やっぱりお前の方が圧倒的に危険だな」


「ひどい! でも否定できない」


 アレクはというと、私たちのやり取りを見て、目を細めていた。


「君は面白いな、ルナ。自分の感情に振り回されながら、それでも前に進もうとしている。その健気さが、また私の心を打つのだ」


「勝手に打たないでください!」


「運命だからな」


「そんな便利な言葉で全部片づけないで!!」


 荒野に風が吹き、料理たちが再び静かに整列したまま揺れた。


 カイは深いため息をついた。


「面倒が増えた。王子、お前は当面ついてくるんだろう?」


「もちろんだ。ルナの旅は、私の旅だ」


「旅の所有権持たないで!!」


 私の叫びは、今日いちばん大きかった。

 それでも、不思議と嫌な感じだけではなかった。


 混沌の匂いが強いけど、どこか賑やかで、奇妙に温かい。


 旅の途中はとんでもない方向に曲がり始めている。

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