表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/29

旅の途中で

 モルシアを出て三日目。

 レヴァリア行きの旅路は、想像していたよりも乾いていた。というか、最初の馬車が出発0秒で爆散したせいで、徒歩が多い。


「お腹すいた」


 ついに口に出してしまった。

 言葉にすると危険だとわかっていても、限界だった。


「言うな。余計に腹が減る」


 前を歩くカイが、ぐいっと荷袋を持ち直す。中身は、旅の途中で買い足した硬いパンと干し肉。だが、それもそろそろ底をつきかけていた。


「でも本当に、もうパンが……」


「あと一個だ」


 数字が具体的になると、急に状況が現実味を帯びる。

 私の頭の中に食糧不足→餓死→骨→砂漠に朽ちる→後世に飢餓の災厄として語られるという最悪ルートが一瞬で組み上がった。


「待て、今何か嫌な想像しただろ」


「べ、別にその……ちょっとだけ飢餓スケールの終末を……」


「するな!」


 カイのツッコミで、終末世界が粉々に砕け散る。

 それでもお腹は減ったままだ。


 私の足元で、ぷにコーンが「ぷに……」と鳴いた。

 丸い体の中にとうもろこしの粒が透けて見える。ぷにぷになのに、栄養価がありそうで、絶対に見てはいけないラインに片足を突っ込んでいる。


「ぷにコーンを非常食にする、という選択肢は——」


 口が勝手にひどいことを言いかけた瞬間、ぷにコーンがびくっと震えた。


「ぷにぃ!!?」


「ご、ごめん! 今のは冗談! 絶対食べない! むしろ私が食べられる側!」


「順番の問題じゃない」


 カイが呆れ顔でため息をつく。

 ため息の風が、乾いた草を揺らした。


 辺り一面、草原というより半分荒野だ。

 雑草がまばらに生えているだけで、食べられそうなものは見当たらない。空は高く、雲は薄く、太陽だけが容赦ない。


「都会に着く前に、飢えて倒れたりしたらどうしよう」


「その前に俺がなんとかする」


「でも、もし盗賊が出て食糧を奪われて、さらに迷子になって、砂嵐に巻き込まれて——」


「一回黙ろうか」


「はい」


 口を閉じたら閉じたで、今度は頭の中だけで最悪ルートが進行する。

 ネガティブ制御訓練、まだまだ未熟。Aまでは得意でも、Bの上書きが追いつかない。


 ぷにコーンが、ぺちぺちと私の頰を叩いた。

 柔らかい。ちょっと冷たい。少し落ち着く。


「誰か、助けてくれないかなぁ」


 そう、ついぼやいてしまった。


「おい、軽々しく助けてとか言うな。観念律が拾う」


「わかってますけど……。もし、偶然ここを通りかかる優しい人がいて、食べ物を分けてくれて、『大丈夫、君たちは必ずレヴァリアに辿り着ける』とか言ってくれたら」


「やめろ、その『もし』は危険だ」


「せめて心の中で言えば——」


 と言いかけて、私は慌てて口を閉じた。

 が、時すでに遅し。


 胸の中で、「誰か助けて」というイメージがくっきりと形を取り始める。

 荒野に差し込む逆光、さっそうと現れる人物像、差し伸べられる手。


「ルナ、その顔やめろ。今まさに何か呼びそうな——」


 大気が、震えた。


 ぱん、と軽い破裂音。

 乾いた空の真ん中に、一瞬だけ金色の線が走ったかと思うと、目の前の空間がバラの花びらみたいにひらひら割れて、一人の青年が降ってきた。


「な——!?」


「っぶな!!」


 カイがとっさに私を引き寄せる。

 青年は、地面に華麗に着地するかと思いきや、盛大につまずいて転んだ。

 砂埃が上がる。バラの花びらが台無しだ。


「いてて。着地の角度が一度ずれた」


 落ちてきた本人は、何事もなかったようにさらっと立ち上がった。

 金色の髪が陽光を跳ね返し、目の色も琥珀色で、服装はどこからどう見ても貴族。胸には見たことのない紋章。背筋だけはやたらとまっすぐ。


「誰?」


 私がぽつりと言うと、彼はキラッと笑った。

 歯まで光った気がする。観念律のせいか、本当に光っている。


「助けを求められたので来た!」


「え、誰!?」


 反射で聞き返す。

 いや、本当に誰。


 彼は胸に手を当て、芝居がかった所作で名乗った。


「私はアレク。アレク・ルクス・エルヴァン。ある世界の、とある王国の、とてもとても素敵な王子だ」


「自己紹介の形容詞がうるさい」


 カイが即座に切り捨てた。

 アレク王子(仮)は、まったく気にしていない。


「そこの君。さっき『誰か助けて』と言っていただろう?」


「えっ? え、言いましたけど、心の中でのつもりだったような……」


「心の声まで聞こえてしまうのが、運命の導きというものだよ」


 さらっと危ないことを言う。

 運命ってそんな盗聴みたいな流れあったっけ。


「つまり君は、私を『助けてくれる誰か』として想像した。だから私はここに召喚された。違うかい?」


「違わないのが悔しい!」


 私は頭を抱えた。

 どうやら「誰か助けて」のイメージが、観念律の網に引っかかり、遠いどこか、別の世界から本物の王子を引っ張ってきてしまったらしい。


「あの、帰れますか?」


「え?」


「いや、だって、異世界の王子なら、王様とか国とか仕事とか婚約者とか、いっぱいあるんじゃ……」


「全部ある。が、今はいい」


「よくない!!」


 カイが全力で突っ込んだ。


「お前本当に王子か? 勝手に来て大丈夫なのか?」


「困っている人を助けることこそ王子の務めだろう?」


 ものすごくいいことを言っている。

 言っているのだが、言い方がいちいちキラキラしていて眩しい。


「それに——」


 アレク王子は、わざとらしく一歩近づき、私の手を取った。

 近い。

 顔が近い。

 観念律が反応しそうで危ない。


「君の瞳の色、いいね。絶望を知っていて、それでも希望を見ている色だ」


「いや今ほぼ空腹の色ですけど」


「詩的に言ったほうが雰囲気が出るだろう?」


「雰囲気より現実優先でお願いします!!」


 カイが私とアレクの手を力ずくで引き離す。

 その横で、ぷにコーンがむくれて「ぷに」と鳴いた。

 ヤキモチだろうか。かわいい。だが今はそれどころではない。


「で、王子様とやら。何ができる」


 カイが腕を組むと、アレクは自信満々に胸を張った。


「まずは、君たちの困りごとを解決しよう。食糧がないのだろう?」


「正直、お腹が、空いて、死にそうです」


「よろしい。ならば、このアレクが——」


 王子はくるりと回って空を指さした。

 さっきからポーズがいちいち芝居じみている。


「豊かな食卓を想像するだけでいい。君たちの世界の方法とは違うが、私も少しばかり、想像の力を持っているのだ」


「えっ?」


 嫌な予感がした。

 世界は違っても想像魔術持ち。

 つまり、私と似たタイプの厄介な存在の可能性が高い。


「待った。確認させろ。お前、その力、どれくらい制御できる」


「だいたい、素敵な感じにはなる」


「不安しかねえ!!」


 カイの叫びもむなしく、アレクはもう目を閉じていた。


「さあ、豪華な食卓よ、この大地に——」



 言い終える前に、荒野のあちこちからドンッと音がした。


 土の中から、まるで芽が出るみたいにテーブルが突き出てくる。

 白いクロス、銀の食器、山盛りの料理。


「……すごい」


 思わず見とれてしまった。

 ふわふわのパン、こんがり焼けた肉、スープ、サラダ、デザートまで。

 匂いも完璧。腹の虫が盛大に鳴った。


「どうだい。完璧だろう?」


「完璧に見えるんですけど……」


 私はフォークを伸ばしかけて、手を止めた。


「これ、食べても爆発しません?」


「なぜすぐ爆発と結びつける」


「私の人生上の経験がそう言ってるので……」


 アレクは首を傾げた。


「大丈夫だ。私の想像は、割と安全な——」


 その瞬間、テーブルの上のパンが、ふるっと震えた。

 パンから、顔が出た。


「え」


「こんにちは」


 パンが喋った。


「出たぁぁぁぁぁ!!」


 私とカイとぷにコーンの叫びがハモった。


 パンだけじゃない。

 スープの中からフォークを持った何かが手を振り、肉は勝手にナイフを持って踊り出し、デザートのケーキは自分でロウソクに火をつけようとして燃え広がりかける。


「なんで全部自我持ってるんですかぁぁぁ!!」


「えっ、この世界では違うのかい?」


「違うよ!! 食べ物は喋らないでおとなしくされてて!!」


 カイが頭を抱えた。


「おい王子。つまりお前の想像も——」


「ちょっと盛りがちなんだ」


 アレクが胸を張る。誇るところじゃない。


 私は頭を抱えた。

 空腹は解決しそうだが、新たな問題が増えた気しかしない。


 荒野の真ん中で、喋る昼食と、ツッコミ冒険者と、謎の王子と、とうもろこしスライム。

 レヴァリア行きの旅は、想像以上に混沌としてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ