新たな旅立ち
翌朝。村はずれの丘に立つと、昨日の全員睡眠事件の名残が、まだそこかしこに漂っていた。
洗濯物は干したまま固まり、犬は芝生の上で丸く寝たまま、村長は椅子に座ったまま「すぅ……」と寝息を立てている。私のせいだ。
いや、昨日、全員を眠らせたということは、皆よく眠れたということで。
いや、やっぱり私のせいだ。
「はぁぁぁ」
私がため息をついた瞬間、丘の端でひとかけらの花がふわっと咲いた。
ため息が肥料になる人生、ほんとやめたい。
「よく眠れたか、災厄少女」
声がして振り返ると、カイが「ふわぁ」とあくびをしながら歩いてきた。
昨日の睡眠攻撃のあと、目覚めたカイは頭を抱え、そして、なぜか妙にスッキリしていた。
「災厄少女やめてください」
「じゃあ睡眠爆弾の方がいいか?」
「もっと嫌です!」
「ならルナでいい」
その普通の名乗りだけで胸が少しあったかくなる。
だが、あったかいは膨張の予兆。
慌てて胸を押さえると、ぷにコーンが「ぷに!」と飛びついて鎮めてくれた。
「で、今日は何を?」
カイは空を見上げ、ひとつ息を吐いて言った。
「実は、学院から使者が来るらしい」
「へ?」
「お前の再試験の前に、都市での追加修行を命じる可能性が高いそうだ」
「と、都市!? もしかして外出!? 人混み!? 文明!? 建物が密集!!?」
「想像の方向が不穏だ!!」
カイの怒号により、私の脳内で爆発寸前だった都市イメージが霧散する。
ほんと、この人のツッコミなしじゃ生きられない。
「で、ど、どこに行くんですか?」
「王都。想像術の研究所がある。お前の力を専門的に見るらしい」
「失敗を解析されて、最悪、研究材料になって分解されて、教科書に負の見本として掲載される!」
「なる前に止めろ!!!」
ぷにコーンが私の顔にぼふっと飛びつき、落ち着けとばかりに震える。
呼吸が戻る。心拍が整う。
そのとき、村の中央から、鐘が鳴り響いた。
「来たぞ」
土煙とともに、学院の紋章を掲げた馬車が到着した。
昨日の村爆睡&ダンジョン花畑化を知っているはずなのに、使者たちの顔は妙に爽やかだ。覚悟を感じる。
「ルナ・フェリシア殿、学院長より通達!」
巻物が読み上げられる。
『追加修行のため、都市レヴァリアへ一時移動せよ。護衛として、ギルド所属冒険者カイ・リドルを同行させること。補佐として、指定生物ぷにコーンの帯同を許可する』
「ぷにコーン、正式に指定生物扱い?」
「ぷに(誇り)」
なぜ誇っているのか。かわいいけど。
使者は続ける。
「出発は本日夕刻とする。準備を整えよ!」
村人たちがざわざわと集まり、口々に言う。
「ルナねえちゃん、旅に出るの?」
「気ぃ付けてな!」
「都会は怖いとこじゃ生きて帰れよ」
「いや脅しすぎでは!?」
「お土産は花火がいい!」
「違う、それは私の爆発!」
そして、村全員が一斉に頭を下げた。
「災厄、いや、ルナ! 世話んなった!」
「ダンジョン、ええ稼ぎになっとるぞ!」
「また帰ってきてなー!!」
温かい。
温かすぎて胸がまた膨れ——
「落ち着け!!」
「は、はい!!」
カイのツッコミでどうにか持ちこたえ、私は深呼吸した。
「じゃ、準備するか。荷物は少なめにしろよ、また馬車を召喚されると困る」
「大丈夫、普通の荷物だけを想像します」
私は慌てて自前のカバンを使うことにした。
ぷにコーンはその横で荷物チェックをするかのように跳ねている。
「ぷに(これは軽すぎ)」
「少ない方が安全なの。増えると、ほら、いろいろとね」
カイが肩をすくめた。
「まあ、いい。じゃあ行くぞ」
馬車に乗り、村の出口に向かう。
村人たちは道の両脇に並び、紙吹雪やら果物やら色々投げてくる。
投げるのはやめてほしい。反応して花になるから。
「いってらっしゃーい!」
「帰ってくるんだよー!」
「災厄様ー! 今度はどんな奇跡を起こすんじゃー!!」
奇跡? いや、それは——ぽん!
馬車の後方で小さな音がした。
嫌な予感がして振り返ると、馬車の後輪あたりが光っている。
「え?」
「おいルナ、何かしたか!?」
「な、何もしてません!!」
「じゃあなんで光って——」
ドッ。
馬車の荷台が、空に向かって一瞬だけ虹色の煙を吹き上げ、盛大に爆発した。
荷物は全方向に飛び散り、紙吹雪は本物の雪のように舞い、ぷにコーンだけがキレイに着地した。
「おいルナ!!」
「ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃ!!」
「出発0秒で馬車が爆発ってどういう旅の始まりだ!!」
村人たちは大笑い。
私は地面に正座。
カイは頭を抱え、使者は遠い目をしている。
それでも、笑いながら、村長が言った。
「ルナ、気をつけて行っといで。……お主なら大丈夫じゃ」
胸が、少し痛いくらいに温かくなった。
私は涙をこらえて言った。
「はい! 絶対、帰ってきます!」
そして再び、旅は始まる。
笑われながら、爆発しながら、それでも確かに前へ。
私の修行は、まだ本当に始まったばかりなのだ。




