自分の事は、大切にしてくださいっす
「す?」
雑誌の取材を受けた後、マンションまで送ってもらいながら次の仕事の資料に目を通していたゴロは、運転していたマネージャーの言葉に顔を上げた。
「すみませんっす。もう一度聞いてもいいっすか?」
「えーっと、だからね。次のゲストなんだけど、ちょっと注意してほしいんだ」
「注意、っすか?」
「そう。まあゴロ君の事だから大丈夫だとは思うけどね」
そう言われて、改めて手元の資料を見る。そこに書かれていた名前を見たゴロは、パチパチと目を瞬いた。
*
「初めまして、リッスン・ナッツです!今話題のゴロ君の番組に呼んでもらえるなんて嬉しい!今日はよろしくお願いします!」
右足を両手でギュッと握られながら受けた挨拶は、大変可愛らしい。くりくりとした大きな目も、ニッコリと笑った時にできるえくぼも、とても魅力的だと思う。きっとこの笑顔の虜になったぬいぐるみは数多くいるに違いない。
「ゴロっす。今日は色んなお話を聞かせてくださいっす」
「もちろんです!ここだけの話、私ゴロ君のファンなの。収録が終わったら少しお話しましょ?」
前半は元気よく、後半は耳元でそっと囁かれた。ファンだと言われて嫌な気はしないが、改めてマネージャーから言われていた忠告を思い出す。
─ナッツさん、例のスキャンダル以降完全に開き直ったみたいで、共演者に手当たり次第にアプローチしてるらしいんだよ。わかってると思うけど、彼女と二人きりになっちゃダメだからね?
元々"正統派ヒロイン"や"清楚"といったイメージで通っていた彼女だが、少し前に遊び人で有名なモデルとの熱愛報道が出され、一時期テレビ出演を控えていた。それがなぜ今回ゴロの番組にゲストとして呼ばれたのかというと、端的に言って素朴で家庭的な印象のゴロと共演させる事でスキャンダルでダウンしたイメージを回復させたいという事務所の意向がゴリゴリに出ているのだ。
ナッツの事務所もドルチェと肩を並べるほどの大きな会社で、芸歴で言えば彼女の方が断然先輩。これ以上詳しくは言及しないが、要するに大人の事情が絡んでの共演と相なったわけである。
(でも、お仕事はお仕事っす。ちゃんとやらないとダメっす)
自分はただ、任せてもらった仕事を全うするだけだ。ナッツには曖昧な笑顔だけを返し、スタッフの「本番入ります!」という合図で気を引き締めた。
*
「すご~い!包丁捌きがプロみたいですね!お料理ができる男性ってキュンとしちゃう!」
「す、慣れればどうという事はないっす。ナッツさんは、普段のお食事はどうしてるんすか?」
「私お料理苦手で、前に卵焼きに挑戦したら黒コゲになっちゃいました。どうしたら上手くなるかしら?」
「そうっすね。おいはとにかく毎日練習したっす。ばあちゃんに教えてもらいながら、ちょっとずつできるようになっていったっす」
「素敵なお話!私にも教えてくれる誰かがいたらなぁ」
「今はNuiTubeでもお料理を教えてくれるチャンネルがたくさんあるっすから、そこから好きな動画を見るといいと思うっす」
「え~、ゴロ君は教えてくれないの?」
「おいはちょっと、難しいっす。普段はぽってぃー先輩のおうちを管理するのがお仕事っすから」
「さすが歌って踊れるハウスキーパー!尊敬しちゃう!」
「す、恐縮っす」
「最初はどうなる事かと思ったけど…」
「全然心配なかったな」
収録を見守っていたスタッフ達は、自身の不安が取り越し苦労だった事に安堵した。ゲストのリクエストに応えた料理を作りながら、ゲストの話を聞くというのがこの番組の趣旨なのだが、ナッツは質問に対しゴロへのアプローチをグイグイ混ぜ込んだ答えを返していた。ゴロの事をもっと知りたいという思いからか、逆に質問したりもしている。
対するゴロはというと、いつも通りに料理を作りながらナッツの話を聞いて番組を進行している。男なら有頂天になりそうな褒め言葉や上目遣いを浴びているにもかかわらず、ゴロはそれになびく様子が一切なかった。スタッフ達はさすがゴロ君だと彼を高く評価したが、当の本人はアプローチされているという自覚がなかっただけというのはここだけの話である。
*
「フゥ、何とか上手くやれたっすかね」
楽屋に戻ったゴロは、マネージャーが迎えに来るまでお茶を飲んで休憩していた。収録が始まるまではどうなる事かと思ったが、ナッツがたくさん喋ってくれたお陰でそれなりに盛り上がったのではないかと手応えを感じている自分がいた。
ほくほく顔で迎えを待っていると、コンコンとドアをノックする音がした。
「?どうぞっす」
マネージャーだろうか。思ったより早かったなと思いながら返事をすると、カチャリと静かにドアが開いた。
「ナッツさん?」
「ふふ、遊びに来ちゃった。お話しましょって言ったでしょ?」
私服に着替えたナッツが、イタズラっぽく笑みを浮かべて入ってくる。
─わかってると思うけど、彼女と二人きりになっちゃダメだからね?
(これは…どうするべきっすかね)
マネージャーから言われた言葉が蘇り、誰か呼んだ方がいいだろうかと焦るゴロ。その間にもナッツは靴を脱いで座敷に上がり、ゴロの隣にちょこんと座る。
「あ、あの、ナッツさん。おい、もうすぐ帰るのであんまりお話しする時間が取れないんす」
「そうなの?じゃあ、NINE交換しない?私、もっとゴロ君と仲良くなりたいな」
「す、で、でも、フォクシーさんとお付き合いしてると報道されてたっす。フォクシーさんがお気を悪くしないっすか?」
「ああ、大丈夫よ。あいつだって同じように他の女にちょっかいかけてるんだもの。お互い様よ」
「…」
「ね?だから、ゴロ君が気にする事なんて何もな…」
「ナッツさん」
ゴロはもたれかかろうとしてきたナッツの両肩を掴み、真っすぐに視線を合わせる。ナッツは嬉しそうにしながら目を瞑ったが、想定していたような事は起きなかった。
「ナッツさん、失礼ながら言わせて頂きますっす。ナッツさんはもっと自分を大切にするべきっす」
「え?」
「噂では色んなぬいぐるみに声をかけていると聞いたっす。それを信じていたわけではないっすが、こうしていると噂は本当だったんだと思ってしまうっす。ナッツさんはとても魅力的なぬいぐるみっす。だからもっと自分を大切にして、ちゃんとナッツさんの事を考えてくれる方とお付き合いするべきっす。誰でもいいから、なんて思うのは良くないっす」
「ゴロ君…」
ポカンとするナッツを見て、ゴロはハッと我に返りわたわたと彼女の肩から前足を離す。
「す、すみませんっす。生意気を言ったっす。でも、今のはおいの本心っす。ちょびっとだけでも心に留めてくれると嬉しいっす」
ペコリと頭を下げた瞬間、タイミングよくドアがノックされマネージャーの声が聞こえる。
「ゴロ君、お待たせ。行こうか」
「す、ではおいはこれで失礼するっす」
部屋を出てドアが閉まる瞬間まで視線を感じながら、ゴロは楽屋を後にした。
*
《今日は初登場のゲストにお越し頂いています!女優のリッスン・ナッツさんです!》
「最近またよく出るようになったな、ナッツの奴」
数週間後、問題の収録も無事に放送を終えた頃。事務所の力もあってか、ナッツは何事もなかったかのように仕事を取り戻していた。番宣でバラエティー番組に出演している姿をぽってぃーはジッと見つめる。
《ナッツさんといえば、復帰して可愛さに磨きがかかったとSNSでも評判ですが、例のスキャンダルとは何か関係があるんですか?》
《やだ、それはもう過去の話です。あるぬいぐるみに言われて、私気づいたんです。自分を大切にしなきゃって。あんな風に言ってもらえたの初めてで、感動しちゃいました》
《え、まさか新しい恋ですか⁉》
《ふふ、秘密です》
「何や、懲りたんか懲りてへんのかわからんな」
頬を染めて司会者の追及をかわすナッツに呆れながらも、身内に害がなければ何でもいいかと楽観視するぽってぃーが真相に気づくのはまだ先の話なのであった。




