男にとっての、勝負の日っす
「ゴロ、今日は事務所に顔出してくれるか?」
「す?」
起きてくるなりそう言われ、ゴロは減塩味噌汁をよそう手を止めた。
「───こ、これは…!」
「わー!お菓子ー!」
家事が一通り終わった昼過ぎ。ドルチェの西の中心事務所を訪れたゴロは、目の前の光景に目を瞠った。
会議室いっぱいに置かれたテーブル。その上に並ぶ色とりどりの箱や袋の数々。テーブルは全部で六つの固まりになっており、それぞれに名札が貼られている。
ポカンと口を開けるゴロに、ぽってぃーが笑いながら説明する。
「ファンから届いたプレゼントや。ほら、もうすぐバレンタインやろ」
「バレンタイン…!」
バレンタイン。それは男女関わらず浮足立つ幸せな日である。好意を寄せる相手に贈り物をして、想いを伝えるのだ。去年、大量のお菓子やプレゼントを持って帰ってきたぽってぃーからこのイベントの存在を教えてもらった時は自分には縁のないものだと思っていたのだが…
「チョコうんまっ」
「さー、なかなかいい感じの甘ささー。おらの好みをよくわかっているさー」
食べ物なら何でもいいどってぃーと甘いものに目がないシロは、早速包みを開けて中身を堪能している。
「や~ん、このマカロンめっちゃ映える~。あ、そうや!プレゼントの開封式で動画撮ろかな~、く♡」
「"糖質、脂質カットブラウニーです、ダイエット頑張ってください"…」
全体的に華やかなプレゼントが目立つくくは、次の動画の企画をスマホにメモしながら整理している。ぽってぃーはといえば、どこから情報が漏れたのかヘルシー志向のお菓子が多めな事に複雑そうな表情だ。
「ゴゴゴ、ゴロさん」
か細く震える声に振り返ると、顔色が真っ青になったるっぴーがプレゼントを手に立っていた。
「こここ、こんなにたくさん貰ってしまっていいんでしょうか。みい、バレンタインの贈り物なんてマミーからしか貰った事ないです」
「お、落ち着いてくださいっす。気持ちはわかるっすが、まずは深呼吸するっす」
二人して大きく息を吸い込み、そして吐くと少し冷静になれた。ゴロは改めて自分の名前がかかっているテーブルを見る。
ぽってぃーやどってぃー、それからカリスマインフルエンサーのくくには及ばないが、見た事がないほどたくさんのプレゼントが置かれている。心なしか和菓子が多い気がするのは、番組で割烹着を着る機会が多いからだろうか。
「こういう時のプレゼントの数で人気の度合いが計れるところがあるからな。ステージデビューもしたし、冠番組を始めとするバラエティー番組の出演にぬいぬい印のCM、それから故郷の観光大使。着実にファンがついてくれとるっちゅー事や。喜ぶべき事やで」
そう言うぽってぃーの言葉に、ジワジワと嬉しさが込み上げてくるのがわかる。ほとんどのプレゼントには手紙がついており、"応援しています"や"毎日フルータの曲を聞いています"などこちらが元気を貰えるようなメッセージで溢れていた。
思い出すのはステージデビューした日の事。自分の姿を見る観客の目は、自分が初めてぽってぃーの映像を見た時のようにキラキラとしていた。今の自分は、ほんの少しでもあの時のぽってぃーに近づけているだろうか。まだまだ同じ目線に立っている、など口が裂けても言えないが、こうしてプレゼントや手紙を貰う事で自分を見てくれているぬいぐるみがいるのだというのをひしひしと実感した。
貰ったお菓子は大事に食べようとニコニコ顔で片付けようとしていたその時だった。
「なぁなぁなぁなぁなぁ、あんちゃん。この中でいっちゃんプレゼント貰たの誰?」
どってぃーのこの一言が、盛大なバトルを引き起こす事になるのだった。
*
「───えーっと、これで最後かな」
全てのプレゼントの数を数え終えたマネージャーの服を引っ張りながら、どってぃーが詰め寄る。
「誰⁉いっちゃん多いの誰⁉まいやんな⁉」
「え~、くぅかて負けてへんと思うけど~?」
プレゼントの数=ファンの数。必ずしも成立しないこの方程式だが、同時に最も単純な指標である事に違いはないわけで。自分のファンが一番多いと信じて疑わないどってぃーとくくは、互いに火花を散らしている。
その姿を見たマネージャーは、うーんと苦笑した。
「残念だけど、一番はぽってぃーさんだね」
「はぁ⁉何であんちゃんなん!絶対まいの方が人気やろ!」
どってぃーは憤慨しているが、ゴロは内心妥当な結果ではないだろうかと思った。何せ、そもそもの芸歴が違う。ただ芸能界にいる期間が長いだけなら話は別だが、ぽってぃーは常に仕事に追われる日々を送りお茶の間の皆様の目に触れている。この間も好感度ランキングで二位にランクインしていたほど、彼の人気は確かなものなのだ。余談だが、この時の一位はキャシーである。
「ぽってぃー先輩がトップなんは仕方ないとして~、二位はくぅやろ?SNSのフォロワー数ならぽってぃー先輩にも負けてへんもん、く♡」
「フォロワーやったらまいもめっちゃおるし!くくなんかに負けへんで!」
「承認欲求の強さと自己肯定感の高さの戦いやな」
「不毛さー」
個性の強さがこのグループの強みだが、こういう時はひどく面倒くさい。
「えっと、どってぃー君もくくちゃんもどっちも魅力的だっていうのは確かだからね」
「そんなわかりきった事聞いてへんねん!早よどっちが勝ったか言えや!」
「どってぃー先輩に遠慮なんかせんでええんですよ~?」
二人に挟まれ、プレッシャーを与えられながらマネージャーは言いづらそうに口を開いた。
「それが、二人ともピッタリ同じ数だったよ」
「「はぁ?」」
「トップがぽってぃーさん。二番が同数でどってぃー君とくくちゃん。その次にゴロ君、シロ君、るっぴー君の順だね」
「お、おいがシロさんよりも上っすか⁉」
何と恐れ多い事だろう。思ってもみなかった結果に驚くゴロの肩をポンと叩き、シロは言った。
「数だけが全てじゃないさー。おらにプレゼントを贈ってきたファンは、みんなおらの嗜好をよく理解してるさー。おらは数より質で勝負するんさー」
「ちょっと、シロ先輩!何かそれって、くぅ達のファンが薄っぺらいみたいに聞こえるんやけど⁉」
「そこまで言ってないさー」
しれっとした顔だが、いつもならくくに絡まれてもサラリと流すところをこうして応戦しているのを見ると、彼は彼で悔しさがあるのかもしれない。
「でも、まいくま子からもチョコ貰うで。そしたら、まいの方が多いって事やんな?つまり、二位はまいや!」
「どってぃー先輩ずるい!身内票はノーカンやろ!」
勝ち誇った顔で宣言するどってぃーに、くくが猛然と抗議する。ギャーギャーと騒がしく言い合う二人を見つめながら、ゴロはぽってぃーに言った。
「ぽってぃー先輩」
「ん?何や?」
「バレンタインって怖いっす。おい、もっとワクワクして心がポカポカする日だと思っていたっす。でもどってぃー先輩達を見ていると、バレンタインって何かを試されているような気がするっす」
「まあ、昨今は恋愛や憧れ以外に友チョコやったり自分へのご褒美イベントになりつつあるけど、男にとってはいつまでも勝負の日やからな…」
「勝負の日…」
ぽってぃーの言葉を噛み砕くように反芻する。プレゼントの数=人気の数が必ずしも成立しないとはいえ男のプライドがかかった日、それがバレンタインなのだろう。この業界でやっていくなら、もっと野心を持たなければならないという事か。
順位を気にせず、壊れ物を扱うように自分の分のプレゼントを袋に入れているるっぴーを微笑ましく見ている自分がいるのを感じ、ゴロは自身がまだまだどってぃー達と同じ土俵に上がるには早い事を悟ったのだった。




