とっておきのレシピ、作るっす
「そうか、村のみんな喜んどったか」
「っす。畑も大きくなって、もう食べるのに苦労する事はなくなりそうだって言ってましたっす」
「ももー(ゴロー)!もめむっむむむむー(これめっちゃ美味いー)!」
お土産のみかん大福を頬張るどってぃーに、自然と口角が上がるのがわかる。あの大福に使われているみかんは、村で作られたものなのだ。
以前はお土産にできるものなどなく、一番近い町でやっと買えるまんじゅうを持って帰った事があった。その時はまだ彼に心を開いてもらえていなかった事もあって田舎の味だとバカにされてしまったが、今回は正真正銘村のものを使ったお土産だ。それを喜んでもらえたのは、とても嬉しかった。
「どってぃー先輩、ぬいスタに載せるんやからまだ全部食べんとってや!」
「便利になっていくんはええ事やけど、戸惑いはあったりせんか?」
くくが撮影用の土産を死守する姿をよそに、ぽってぃーが気遣わしげに尋ねる。
「す、正直村でも変化についていけていないぬいぐるみはいたっす。おいも、知らない間に村が変わってしまって寂しい気持ちがないと言えば嘘になるっす。でも、それで村が豊かになるならってみんな納得してくれているっす」
「そうか。ほんなら良かったわ」
安心したように息をついたぽってぃーは、夕飯の準備に取りかかろうとするゴロを引き止める。
「明日なんやけど、事務所から呼び出しや。わいは別の仕事があるから一緒に行かれへんけど、大丈夫か?」
「っす、わかりましたっす。問題ないっす。でも…」
事務所からお呼び出しとは、何かやらかしてしまっただろうかという不安が顔に出てしまったらしい。心配いらんと手を振り、ぽってぃーは笑った。
「ゴロは知らんと思うけど、事務所の社員さんからの評判ええんやで。いつも礼儀正しいし、頂いた仕事にも全力で向き合ってるって言うてな。もちろん、現場のスタッフさん達からもな」
「す」
それは初耳だ。確かにスタッフには顔を合わせる度に挨拶をしているし、仕事に手を抜くなどもっての外だと思って努力はしているつもりだが、そんな風に評価してもらっていたとは。ポッと頬が赤くなる感覚を隠そうと、「すぐに支度するっす!」とキッチンへ駆け込んだ。
*
翌日、ゴロは西の中心のドルチェの事務所へ来ていた。エントランスに入るとマネージャーが待ってくれていて、二人でエレベーターを上がる。
「久しぶりの帰省だったけど、ホームシックになってないかい?」
「す、ちょっぴり名残惜しかったっす。でも、村のみんなのためにも観光大使のお仕事を頑張りたいという気持ちの方が強いっす」
「そっか。それなら、今回の話はきっとおばあさん達も喜んでくれるよ」
「す?」
意味ありげな言葉に首を傾げると同時、チンという音と共にエレベーターが止まった。マネージャーの後ろをついていく形で廊下を歩くと、初めて入る部屋へ通された。いつも打ち合わせに使っている会議室とは違う、何だか上等そうなテーブルにソファが置かれているその部屋に、ゴロは謎の緊張感を覚える。
そんな空気を感じ取ったのか、マネージャーが大丈夫だよと肩を叩いた。
「今日は社外のぬいぐるみも同席されるから、いつもの部屋とは違うんだ」
「社外の、ぬいぐるみ?」
パチクリと目を瞬いた瞬間、部屋のドアがノックされる音がした。
「どうぞ」
マネージャーの返事から一拍置いて、ドアが開く。一番前に立っていたぬいぐるみは、ドルチェの社員証を首から下げている。その後ろには、男女二人のぬいぐるみが立っていた。
彼らを迎え入れるように、マネージャーが一歩前に出る。
「お待ちしておりました。この度はウチのゴロへの大変ありがたいお話を頂き、ありがとうございます。私、ゴロのマネージャーをしております…」
互いに名刺を出しながら挨拶を交わす。ゴロにも渡されたそれを見ると、男の方は山奥の奥の職員、女の方は出版社の編集者と書かれていた。
山奥の奥の職員というのはまだわかる。恐らく観光大使関連の仕事なのだろう。しかし、"出版社"という三文字が今の自分にどう関わってくるのか全くピンとこない。雑誌で活動について取り上げてもらうのだろうかと予想しながら、マネージャーに促されるままにソファへ腰かけた。
「ゴロさんのご活躍は私もテレビで目にしていますよ。ぬいぬい印の焼きおにぎり、あの歌が耳から離れなくてウチの子もよく口ずさんでいます」
「あ、ありがとうございますっす。恐縮っす」
男の言葉に顔が熱くなるのがわかる。褒めてもらえるのはありがたいが、いつまで経っても慣れそうにない。
男の隣に座っていた編集者の女も、少し前のめり気味に口を開く。
「私は"都会で頂くほっこりご飯"を毎回録画しています!ゴロさんの作るご飯、いつもとても美味しそうで我が家の献立の参考になってます!」
「す、そう言って頂けると励みになるっす。まだまだ作ってみたいお料理はたくさんあるので、ぜひ見てもらえると嬉しいっす」
「もちろんです!そこでゴロさんへぜひともお願いしたい事があるのですが…」
と、女がカバンからクリアファイルを取り出してゴロへ見えるようにテーブルに置いた。ファイルには紙が数枚入っている。断りを入れてそれを手に取り、中の紙を確認する。
中身はどうやら企画書のようで、一枚目のタイトルには"都会で頂くほっこりご飯×山奥の奥 【都会で頂く故郷の味(仮)】MCゴロが紹介するふるさとの特産品を使ったレシピ本発売"という文字が並んでいる。
(す?)
レシピ本…?ともう一度企画書をジッと見つめる。見間違いかと読み直してみるが、何度目を通しても確かに"レシピ本"という文字がそこにはあった。
「あ、あの、これは…」
「ゴロさんの冠番組"都会で頂くほっこりご飯"とのコラボ企画です!そこにある通り、ゴロさんの故郷で取れた野菜などを使ってゴロさんに新メニューを考えて頂き、それを弊社で出版させてほしいんです!」
「ウチとしましても、これから軌道に乗っていくであろう野菜作りを後押しするようなPRがしたいと思っていたので、今回のお話はまさに渡りに船といった企画なんです。既にゴロさんの村を始め、いくつかの村にお声がけさせて頂いています。ゴロさん、引き受けて頂けませんでしょうか?」
「おいの、レシピ本…」
ゴロは目頭が熱くなっていくのを感じた。祖母から料理の基礎を教わり、ぽってぃーの下でたくさんのレパートリーを増やしてきた。慣れない食材を扱った事もある。それこそ、本を買ってありとあらゆるレシピを研究した。全ては食べてくれるぬいぐるみの美味しいという笑顔のために。
この業界に入って一つ、自分の中だけに留めていた夢がある。いつか、今よりもっとたくさんのぬいぐるみに自分の作った料理を食べてほしい。自分が参考にしてきた他の料理研究家のように、美味しいご飯を紹介するような仕事がしたいという夢だ。
それが今叶おうとしている。それも、故郷の食材をアピールするという形で。笑顔で畑仕事をする村のみんなの姿が頭に蘇る。みんなの頑張りを自分の夢を叶えながら広められる。こんなに嬉しい仕事があるだろうか。
「ぜひ…」
声が震えているのがわかる。
「ぜひやらせてくださいっす。誠心誠意、食材を作るぬいぐるみの方々への敬意を忘れずに美味しいご飯を作らせて頂きますっす」
ペコリと大きく頭を下げる。ポツ、と絨毯に染みができた事に気づいたのは、隣に座っていたマネージャーだけだった。




