やっぱり故郷は、大切な場所っす(後編)
「もし、まねいじゃーさんや」
「うう、ん…」
肩を揺すられ目を開くと、知った顔によく似た笑顔が目の前にあった。
「もう朝ですよ。この後、ゴロとお仕事があるんでしょう?」
「え、あ、い、今何時ですか?」
そうだ、とガバッと体を起こす。自分はゴロに同行して彼の故郷の村へ来たのだった。寝ぼけた頭でここはどこかと考えていると、村長の家の客間だとゴロの祖母が教えてくれた。
昨夜はゴロの凱旋を祝って飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎだった。一応客である自分は酒を注がれ続け、いつの間にか潰れてしまったらしい。
そこまで思い出したマネージャーは、ふと辺りを見回す。
「そういえば、ゴロ君は…」
確か彼の方が先に眠ってしまっていた筈だ。二日酔いなどで寝込んでやしないかと心配していると、部屋の襖がそっと開けられた。
「あ、起きてたんすね」
「ゴロ君!」
そこには割烹着を着たゴロが立っていた。ゴロはマネージャーの側にいた祖母のところまで来ると、ペコリと頭を下げた。
「昨夜はすみませんでしたっす」
「へ?」
「おい、お酒にとても弱いのであのお漬物も食べないようにしてたんすが、別のものと間違えてしまったみたいっす。お見苦しいところを見せてしまったっす」
「あ、いや、大丈夫だよ。お酒は残ってないかい?」
「っす。問題ないっす。ばあちゃんの梅干しを食べれば、お酒なんて吹き飛ぶっす」
「梅干し?」
「良かったらまねいじゃーさんもお一つどうぞ」
どこから出したのか小皿に乗った梅干しを差し出され、どうもと頭を下げてパクリと口にする。
「!~~~っ…」
「どうっすか?元気が出るとっておきの梅干しっす」
晴れやかな笑顔のゴロを前に、マネージャーは想像のずっと上を行く酸っぱさに悶絶する事しかできなかった。
*
「改めて見ると、本当にここはおいの村っすか?」
しばらく帰らない間に、随分色々なところが変わったものだとゴロは呟く。元々土地自体は広かったのだが、何せ住んでいるぬいぐるみの数が少ない。限られた頭数で耕せる田畑などたかが知れているので、自給自足が基本の生活であっても…というより、売りに出せるほどの数が稼げずわずかに実った米や野菜で食べていくしかなかった。山に入れば山菜が採れたし、何か特別な日には獣を狩りに行く事もあったが、陸の孤島と言ってもいいこの村はずっと昔から貧しかった。
それが今やどうだ。何倍もに広がった田畑にビニールハウス。都会的とまでは言えないが、ちょっとした町外れくらいになった村の光景がゴロには新鮮に映った。
呆けた顔で村を見渡すゴロに、マネージャーが笑いながら頷く。
「ゴロ君の仕送りと今回の仕事の事前投資のお陰だよ。今はまだ着工できていないけど、いずれは電気と水道も通す計画らしいよ」
「電気と、水…⁉」
久しく感じていなかった衝撃の雷がゴロを襲う。祖母が手紙で言っていた"色々と"のスケールが大きすぎて、そうなのかと簡単に受け止めきれない。もっと詳しく教えてくれても良かったじゃないかと祖母に言いたいが、恐らく祖母自身も急激に発展していく村の勢いについていけていないのだろう。よくわかっていないが、とにかくすごい事になっているのだという意味の"色々と"だったのだろうと察した。
「おい、ゴロ!」
聞き覚えのある声に振り返ると、頬に絆創膏を貼ったやんちゃそうなクマのぬいぐるみが立っていた。それを見たゴロは、パッと顔を明るくして声をかける。
「クマ衛門、久しぶりっすね」
「ふん、何だよ。全然帰ってこないと思ったら、随分出世したみたいじゃねーか。あんまり調子に乗ってんじゃねーぞ!」
「相変わらず生意気っすね。イタズラで村のみんなを困らせてないっすか?町で変な雑誌とか買ってないっすか?」
「うるせー!俺の勝手だろ!」
ベーッと舌を出して反抗する姿を見ていると、どってぃーの事を思い出す。村にいた頃はそれはもうやんちゃぶりに手を焼いたものだが、その上を行くぬいぐるみと暮らしている今そう年は変わらない筈なのに弟を見ているような感覚になる。こうして突っかかれても、暗に寂しかったと言われているのだろうなとさえ思えるのだから不思議だ。
生温かい目で見られている事を察したのか、クマ衛門はおい!と声を荒げた。
「何だよその目は!ちょっと有名になったからって、いい気になってんじゃね…あだっ」
「いい加減にせんか、このイタズラ小僧!」
「村長さん」
クマ衛門の後ろからゲンコツを食らわせたのは、この村の村長だ。村長は痛そうに頭を抱えて蹲るクマ衛門を見下ろし、睨みを利かせて言った。
「クマ衛門、お前さんももう子供じゃないんじゃ。いつまでもくだらん事をしてないで、ゴロのように立派に働かんか」
「何だよ、クソジジイ!俺は自由を愛してるんだ!こいつみたいになるなんて、冗談じゃないね!みんなしてゴロをちやほやしてバッカじゃねーの?バーカバーカ、あっかんベーだ!」
「まったく、あいつはいつまで経っても子供じゃな」
「す、それがクマ衛門らしさでもあるっす」
自身の尻を叩いて立ち去る背中を見送りながらフォローの言葉を入れると、「大人になったのう」と頭を撫でられた。
「ところで、そちらの方は…」
先程から気になっていた事を尋ねる。村長の隣には、この村では見かけない何やら上等なスーツを着たぬいぐるみが立っていた。
それを見たマネージャーは、慌てたように前に出た。
「山奥の奥知事!この度はウチのゴロを観光大使に任命頂き、ありがとうございます!」
知事と聞いて、ゴロも急いで頭を下げる。
「す、す、初めましてっす。ゴロといいますっす。こんな素敵なお仕事を任せてもらえるなんて夢のようっす。精一杯務めさせて頂きますっす」
「いやあ、こちらとしても我が地方からこんなスターが生まれるなんて素晴らしいPRになるよ。恥ずかしながら、山奥の奥にある町や村は八割が山の中という土地柄、色々と便利が悪い。若い世代はどんどん都会へ出ていってしまい、ぬいぐるみ人口の減少と高齢化は進む一方だ。手は尽くしているつもりだが、どうしても全ての町や村へ支援を行き届かせる事ができないのは知事としてとても不甲斐なく思っていたんだよ」
知事が言っているのは、ゴロの村を始めとする山奥の奥の中でも一層田舎にある地方の貧しさの事だろう。山奥の奥自体の経済状況が良くないので、必然的に優先順位というものができてしまうのだ。ゴロには難しい政治や経済の話はわからないが、ぬいぐるみ人口が少ないせいで集められる税金が限られているのだというのは村長達が難しい顔でよく話していたのを知っている。
しかし、今回自分に山奥の奥の観光大使になってもらいたいという仕事の依頼が舞い込んだ事で事態は大きく変わった。たくさんの会社と力を合わせて各地の特産品をアピールしたり、噂では一部の村を丸ごと再開発してリゾート施設を作ろうという計画もあるらしい。
「既にゴロ君の名前を聞いて出資してくれた会社がいくつもあってね。そのお金を使って今までは高くて手が届かなかった設備や機械を導入し、作業効率が上がった事でそれまでの何倍もの農産物を作る事ができたというわけだ。電気や水道を通す事ができれば、更に豊かになると思うよ」
「恐れ多いお話っす。この村だけじゃなく、山奥の奥に住んでいる全てのぬいぐるみの皆さんのためにも一生懸命魅力をお伝えしていくっす」
そう言って、ゴロは辺りを見渡す。忙しそうに、けれど楽しそうに畑仕事をする村民達を見て、この笑顔を大切にしたい、そのためにも自分に任せてもらった役目をしっかりと果たそうと心に誓った。




