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キャラ変は、突然にっす

 それは自分でもよくわからない、突然訪れた感情だった。

「どってぃー先輩!くぅが買ったケーキ勝手に食べたやろ!」

 怒り狂ったくくの声がリビングから聞こえ、上の部屋を掃除していたゴロはビクリと肩を揺らした。慌てて階段を下りると、くくが空っぽになったケーキの箱を掲げてどってぃーに迫っていた。

「これは今日の撮影で使うから手ぇ出さんといてって言ってたやん!これ買うのにどんだけ並んだと思てんの⁉」

「うっさいな。いつまでも残しとくんが悪いんやろ。ケーキは鮮度が命やぞ」

「これは冷凍のケーキ!ちょっとだけ解凍して食感を楽しむのがウリやから、別のを先に撮ってたの!どうしてくれんの⁉"今話題のケーキ集めてみた"で企画練ってたのに!」

「もっかい買いにいったらええやんけ」

「それができたら苦労せんから言うてんの!」

「く、くくさん、落ち着いてくださいっす」

 二人の間に入ったゴロは、わたわたとくくを(なだ)める。しかし、怒り心頭のくくはせっかくのバッチリメイクが台無しの形相(ぎょうそう)でキッとゴロを睨みつけた。

「大体、ゴロ先輩がちゃんとキッチンを管理してへんからこんな事になったんやで!」

「す、お、おいっすか?」

「そうや!ゴロ先輩にもどってぃー先輩が食べへんように見張っといてなって言ってたやん!何で阻止してくれへんかったん⁉」

「す、すみませんっす。お掃除するのに上にいたので、どってぃー先輩が何をしてるかわからなかったっす」

「せや、ゴロが悪い」

「ど、どってぃー先輩?」

 怒りの矛先が自分から外れたのをいい事に、いけしゃあしゃあとくくに加勢するどってぃー。

「ゴロがキッチンからおらんようになったから、まい冷蔵庫覗いてん。そしたら冷凍庫にケーキあったから食ったんや。まい悪くない」

「そ、そんな、おい、食べちゃダメっすよって言ったっす」

「覚えてへーん」

「もう何でもいいから、代わりのケーキ買ってきて!」

 完全に悪者が自分になってしまった。言い返そうにも何を言っていいかわからず、ゴロはしょぼんと肩を落として話題のケーキ屋をスマホで検索するのだった。



 ついていない事というのは、往々にして重なるものである。

「ゴロ、頼んでたコピー用紙やけどまだ届かんか?」

「コピー用紙?」

 ぽってぃーから言われた言葉を頭の中で咀嚼(そしゃく)し、サーッと顔を青ざめさせる。

「す、すみませんっす。注文するのを忘れてしまっていたっす」

「マジか。どないしよ。資料を印刷したいんやけど、紙が足らんのや。明日の昼までに必要やから、今から注文してたら間に合わんしなぁ」

「明日事務所に行って印刷機をお借りする事はできないっすか?」

 焦る頭で提案するが、ぽってぃーはうーんと腕を組んで考え込んでしまう。

「明日は仕事が立て込んでるしなぁ。誰かに頼める時間が作れるかどうか。ゴロ、すまんけどデータ渡すから今からコンビニに行って印刷してきてくれるか?」

「コンビニ、っすか?」

「せや。コピー機でデータを印刷できるサービスがあるねん。画面の指示に従って進んだらええだけやから、そんなに難しくないわ」

「す、で、でも、夕飯の支度がまだっす。お昼にどってぃー先輩を怒らせてしまったので、遅れるわけにはいかないっす」

「それやったら、今日は出前でも取ろか。ゴロもたまにはゆっくりしたいやろ」

「出前…」

 何だろう、とゴロは胸の辺りに前足を当てる。ぽってぃーは自分の負担を減らすために出前を取ろうと提案してくれているというのに、何か自分の作る食事じゃなくてもいいと言われたような気がしてモヤッとした。

 結局データを貰ってコンビニへ行く事になったのだが、やり方がわからず悪戦苦闘し、最終的に店員さんにお願いしてレクチャーしてもらう羽目になった。



 数日後、今日は最近にしては珍しく六人全員が家で昼食を食べる日だった。つまり、ゴロにとっては食事の支度と時間との闘いとなっているわけで、それまでに一刻も早く午前の分の掃除を終わらせなければならないのだが…

「どってぃー先輩、おもちゃを片付けてくださいっす」

「えー、面倒くさい。これぐらいええやんけ」

「お掃除ができないっす。一瞬でいいのでおもちゃ箱にしまってほしいっす」

「"一瞬"やな?」

 キランと緑色の目がイタズラっぽく光る。そして先程までのだらけぶりは何だったんだと思うほど俊敏な動きでリビング中に散らばったおもちゃをおもちゃ箱にしまうと、すぐにまた中身をひっくり返した。

 突然の謎の行動に戸惑うゴロに、どってぃーはむふーんとドヤ顔で言い放った。

「これでええやろ」

「あ、あの、どってぃー先輩?」

「"一瞬"片付けたで」

 言われた言葉を理解するのに数秒かかった。初めて食べる食材を噛み締めるようにどってぃーが言った事を頭の中で整理し、ようやく揚げ足を取られたのだと気づいた。

「ど、どってぃー先輩、違うっす」

「何がやねん。言われた通りにしたやんけ」

「一瞬というのは例えの話っす。もう一度片付けてほしいっす」

「嫌やー!」

 ああ、ダメだ。どってぃーは完全に勝ったつもりでいる。どうしたものかと時計を見る。そろそろ昼食の準備に取りかからなければならない時間だ。

「ゴロさん。上の階の廊下の拭き掃除、終わりました」

「るっぴーさん、ありがとうございますっす。大変申し訳ないんすが、時間がかかってもいいのでリビングの方もお願いしてもいいっすか?」

 困り顔のゴロと鼻歌交じりでゲームをしているどってぃー、そしてリビングの惨状を見たるっぴーは事の次第を察し「は、はい!」と元気よく返事をする。家事は本来彼の仕事ではないというのに、手伝わせてしまうのが実に忍びない。

 それからゴロは、急いで六人分の食事を作りにかかった。ハウスキーパーとしての自分のこだわりでそれぞれ違うメニューを用意するのだが、こういう時はさすがに焦る。しかし、慣れた手つきで(彼の場合は足つきと言うべきか)どんどん作っていく。

 しかし、もう少しで全ての料理が完成するというところで思わぬハプニングが彼を襲った。

「ゴロ先ぱ~い♡今日のお昼やけど、くぅもパンケーキがええな~、く♡」

「ぱ、パンケーキっすか?」

 くくの突然のリクエストに、ゴロはパニックになった。まずい。パンケーキミックスは今日のシロの分しか残っていない。新しいものをスーパーに買いに行って…いやダメだ、まだ手が離せない料理が残っている。だが、それではくくだけお昼を待たせてしまう事になる。今日は諦めてもらって…いや、この家の管理を任されている以上妥協するわけには…

 グルグルと考え込んでいたゴロに、トドメとなる一言がかけられた。

「何や、珍しいな。昼飯まだか?腹減ったわ」

 プツン、と何かが切れる音がした。

「…何なんすかね、一体」

 聞いた事のない静かで低い声がキッチンに響く。

「おいなりに必死にお仕事してるつもりなんすけど、こうも色々と言われて舐められるのはまだまだ力不足っていう事なんすかね。やってらんないっすね」

「ご、ゴロ?」

「こういう時にはクマ肉でも食べて精をつけるといいってばあちゃんが言ってたんすよね。最初は暴れて手がつけられなくても、包丁で頭をかち割ると一発っす。血抜きなんかの下処理をして、部位ごとに解体できたらもうこちらのものっす。子グマもいいっすが、脂の乗ったやつも最高っす。味噌を使った鍋が定番っすが、ミンチにして肉団子にするのもいいっすね。フフフフフ…手はかかるっすが、美味しいんすよ。久しぶりに食べたいっすね」

「ゴロ、一応聞くけど…それは、クマの話、やんな…?」

 包丁を握り締めて狂気的な笑みを浮かべるゴロに頬を引き()らせながら話しかけるぽってぃーの肩を、いつの間にか近くに来ていたシロがポンと叩き首を振る。

「今はそっとしておくべきさー」

 涙目で震えるるっぴーはもちろん、くくやどってぃーまでもが息を殺して様子を(うかが)っている。

 常に温厚で怒る事などなかったゴロのこの変貌ぶりは、後に"ブラックゴロ"と呼ばれ折に触れて登場する事になるのである。

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