推しとの出会い、感激っす(中編)
「───というわけで、お陰様で当社が配信しております|きゅん☆love'sプラッシュ《きゅんらぶすぷらっしゅ》がこの度3000万ダウンロードを突破致しました。そこでユーザーへの感謝企画として、メイングループであるN-Wishとトルタ、フルータの皆様とのコラボキャンペーンを行いたいと思っております」
ゲーム会社の担当者の説明に全員が注目して耳を傾ける。
「具体的にはゲーム内の特別ストーリー及び新規書き下ろしの楽曲の配信、トルタとフルータの皆様をラインナップに加えた記念ガチャの追加、それから三グループ合同でのミニライブ公演を予定しております。新規楽曲では各グループのメンバーをシャッフルして今回だけの特別ユニットを組ませて頂ければと思っております」
ここまででご質問などはございますでしょうか、という担当者の問いかけにトルタのマネージャーが手を挙げる。
「各ユニットのメンバー編成について、少々よろしいでしょうか?頂いた資料と事前にお聞きした話の内容を考えると、その…バランスが悪いと言いますか、もう少し調整の余地はありませんでしょうか?」
「それはつまり、メンバー間で格差があるという事でしょうか」
言いづらそうに言葉を濁された最後の言葉は、凛とした声で断ち切られた。
「確かにぽってぃーさんとキャシーさん、そして私が一つのユニットになれば話題性は抜群でしょう。ですが、私は他のメンバーがそれに劣るとは微塵も思っていません。それはそちらの方々も同じだと思っています」
冷静に、けれどハッキリとそう言い切る彼女の名はナンシー。ぽってぃーが推しているキャラクター、エリスを演じているぬいぐるみだ。
演技はもちろん、歌唱力、ダンス共にずば抜けており、N-Wishで一番人気の彼女が同じくカリスマ的人気を誇るぽってぃーとキャシーと組めば、ある意味最強のユニットが誕生するだろう。ゴロも、最初に資料を見た時はあまりに贅沢なメンバー編成に鳥肌が立ったのを覚えている。
N-Wishは今ゲームのキャラクターという枠を飛び越え、一つのエンターテインメントとして確固たる地位を築いている。キャラクターの声優が実際に楽曲を歌って踊り、まるでゲームの世界が現実になったような気になるのだ。彼女達はもはや普通のアイドルと何ら変わらないのである。
そしてトルタは、そのN-Wish以上に人気を集めているスーパースター達だ。マネージャーが言わんとする"バランスが悪い"というのは、十中八九自分達の事なのだろうなと眉を下げた。
「ナンシーさんの言う通りです」
そこに、今度はキャシーが手を挙げて発言する。
「私は今回のお話を頂いた時、メンバーそれぞれの良さを引き出せるいい編成だと思いました。憧れの存在と作品を作る事ができる。それは時として、実力以上のものを発揮できる事もあります。きっと素敵なものが出来上がると、私は確信しています」
「俺もそう思うぜ」
ガオがキャシーの言葉に同意を示す。
「俺はむしろ格差上等、その方がやりがいがあるってもんだ。ハナから人気の高い奴らを集めるより、それを追いかけて飛び越えてこそ本当の実力が示される。それが俺のスタンスだ。今回の編成には何の文句もねーよ。逆にどんな事になるのか楽しみで仕方ねーな」
ゴロは嬉しかった。あのガオがここまで言ってくれるとは思っていなかった。足手まといにならないかと心配していた気持ちが、彼の言葉できれいに吹き飛んだのを感じた。
各々の意見を聞いたマネージャーは、わかりましたと頷く。
「私の失言でした。先程の発言は撤回させて頂きます」
「いえ、ご心配はもっともです。ウチのメンバーはまだまだ未熟ですが、安心して見守って頂けるよう精一杯食らいついていくつもりです」
ぽってぃーの言葉に、ゴロはコクコクと首を縦に振る。人気の差が何だ。今更そんな事でへこたれるものか。ぽってぃーの言う通り、何が何でも食らいついてやると息巻いた。
その後、打ち合わせは滞りなく進んでいき、来るキャンペーン開催に向けて準備に取りかかるのだった。
*
「よし、少し休憩するぞ」
「ええ」
「す、す」
ガオの一言で、場の緊張感がわずかに緩む。
「ゴロ、サビのロングトーンだがもっと響かせろ。直前までの振りでバテて十分な声が出てねーぞ」
「す、精進しますっす」
「あと、全体的に視線の置き方が不安定よ。見ている人からすれば、自信がないように見えてしまうわ」
「す、申し訳ないっす」
水分を補給しながら頂いたダメ出しをメモに書いていく。ガオからのアドバイスは覚悟していたが、もう一人からもこんなに色々言ってもらえるとは思っていなかった。
楽譜を見ながら音程を確かめている彼女は、ゴロの推しキャラマーガレットの声優パトリシアだ。兄貴分のように慕っているガオと大好きな推しとの三人組ユニット。最初に資料を見た時は、これはもしやドッキリなのではないかとキョロキョロ周りを見渡した。
パトリシアは、演じているマーガレットと同じように自分にも他人にも厳しかった。けれど、それはより良いパフォーマンスをするために必要な事でけして無茶を言っているわけではない。役のイメージ通りの立ち居振る舞いに、ゴロはますます好感を覚えていた。
アドバイスを貰った部分を見直そうと楽譜とメモを交互に見ていると、スッと自分の頭の上に影が差した。
「す?」
顔を上げると、パトリシアが自分の目の前に立っている。まだ何かあるのだろうかと身を固くしていると、どこか視線を泳がせながら何かを手渡してきた。
「これは…」
「私が愛用しているのど飴よ。今回の曲、ガオさんと私がいるからか結構声を張るパートが多いでしょ。喉のケアのために、舐めるといいわ」
「す、あ、ありがとうございますっす」
「別に…本番で喉を潰されちゃ困るもの」
フイッと顔を背けられるが、チラリと見えた頬は赤い。
(生ツンデレっす)
まるでマーガレットが目の前にいるようだ。もっと話してみたいのだが、生憎コミュニケーション能力には自信がない。これが収録ならばもっと色々と質問したりできただろうが、カメラが回っていない今の状態であまりプライベートな事を聞くのも憚られる。
せめて世間話くらいはしてみたいなと思いながら貰ったのど飴を舐めていると、パトリシアが隣に腰かけた。ドキッとする自分をよそに、彼女は手にしていたペットボトルを傾けながら言った。
「ゴロ君って、元々はハウスキーパーなんでしょ?」
「す、はいっす。今もぽってぃー先輩のおうちで住み込みで働かせてもらってるっす」
「ステージに立つ事に不安はなかったの?」
「不安しかなかったっす。でも一生懸命レッスンして、客席にいるぬいぐるみのキラキラした目を見たらもっと頑張りたいって思ったっす」
「客席の…そうね、確かにそうだわ」
(あ…)
何か共感できるものがあったのか、パトリシアの口元には小さく笑みが浮かぶ。
「そろそろ再開するぞ」
キュンと胸が高鳴るのを感じたゴロだったが、ガオの言葉でパチンと頬を叩く。
(しっかりするっす。今のおいは、ファンではなく対等なパフォーマーっす)
浮かれている場合ではない。ガオ達に比べれば、自分の実力などまだまだなのだ。何の不安もないと言ってくれたガオに報いるためにも、しっかりレッスンしなくては。
流れてくる曲に合わせて体を動かしながら、ふと今頃他のチームはどうしているだろうかという思いが頭を過った。




