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取調室の中心で愛を叫ぶ

作者: 泉 羅卯
掲載日:2025/11/15

 狭くて薄暗い取調室には、特捜部の男と、容疑者の男がいた。

 黒いスーツを着た特捜部の男は、部屋の中央に置かれた小さな机の周囲を、行ったり来たりしていた。ヘッドセットのマイクに向かって、何やら言葉を発し、そうしながら、顔を紅潮させていた。容疑者を落とすことに、自信があるのだろう。それを成し遂げることを確信し、そのときの歓びを、もうすでに顔中に表していた。

 小さな机の前に座らされた容疑者の男は、白いシャツを着ていた。その顔には、苛立ちがはっきりと見てとれた。自分が何故、取り調べを受けることとなったのか。まったく身に覚えがなかった。そもそも、どんな容疑かも知らされておらず、募る不信感はどんどんと膨れ上がり、憤りへと転じるのは時間の問題であった。

 突然、黒スーツが声を上げた。

「エス・アイ・ジー」

 声高らかに言うと、ヘッドセットのマイクを頭の上の方へ押し上げた。

 言葉といい、ヘッドセットの扱いといい、白シャツはぴんときた。

 白シャツは、ふふんと鼻で笑い、

「おいおい、いい年こいて、『キャプテン・スカーレット』ごっこかよ」

 そう言って、もう一度、ふふふっと笑った。

 黒スーツは、白シャツの言葉に目を見開いた。まさか、容疑者の男が「キャプテン・スカーレット」を知っていたとは……。黒スーツはたちまち、激しい羞恥心に苛まれた。まさに、「ごっこ」をしていたのであった。

 あまりの恥ずかしさに、黒スーツは激高した。

 机をばあんと叩き、

「特捜部を、なめんなよッ!」

 白シャツの顔に己の顔をこれでもかと寄せ、思いきり睨みつけた。

 しかし、白シャツは少しも怯まなかった。

 それどころか、黒スーツの幼稚さを目の当たりにし、すっかり優位に立った。

 それで白シャツは、もう一つ、嫌味を投げつけてやった。

「ああ、あの悪名高い、特捜部の人だったのか」へえっと、言ってから、「特捜部って、自分たちで犯罪ストーリーを作り上げてから、それに合った証拠をでっち上げていくんでしょ。今回は、どんなストーリーなの?」

 白シャツは、わざと子供っぽい口調で、ねえねえ、教えてよ、とねだってみせた。

 すると、黒スーツが大人げなく気色ばんだ。「今回は、でっちあげじゃないぞッ」と言い張り、白シャツに「今回は?」と突っ込まれるや否や、「うるせえッ」と声を荒らげ、もう一度机をばあんと叩いた。そして、

「凶悪犯罪を犯しておきながら、てめえ、生意気なんだよッ」

 大声を上げながら、黒スーツは机をばんばんと幾度も叩き続けた。

 そうして何度も叩いていたら、黒スーツは叩くのを急にやめた。くるりと背を向け、小声で、

「いてて」と呟いた。

 その声を聞き、白シャツはまた、可笑しく思った。「大丈夫っすか?」と言って、黒スーツを労わってやった。「骨、折れたんじゃない?」そう言って心配してやったものの、可笑しさを堪えきれず、白シャツは、くくくっと笑った。

 しばらく背を向けていた黒スーツが、おもむろに白シャツの方へ向き直った。痛さのせいなのか、冷静さを取り戻していた。薄ら笑いさえ顔に浮かべ、

「粋がっていられるのも、今だけだぞ」と、黒スーツは言った。掌を摩りながら、「証拠はあがっているんだ」

 黒スーツの自信ありげな態度に、白シャツも少しばかり不安になった。「いったい、俺が何をしたって言うんだ」

「おまえ、まだ、しらを切るのか?」

「だから、何をしたのか、言えよ」

「ふん、強情な奴め」黒スーツが鼻で笑った。「そんじゃあ、言い逃れできないよう、証拠を見せてやるか」

 黒スーツは胸ポケットからスマホを取り出した。その画面に指を幾度か滑らせ、目当ての画面が出て来ると、

「これだッ」

 と声を張って、スマホの画面を白シャツの目の前に突き出した。

 そこには、白シャツのブログがあった。

 それを見て、今度は白シャツが激しい羞恥に苛まれた。その日のブログには、巨人の遊撃手、坂本勇人選手への溢れる想いが、切々と綴られていた。

 あまりの恥ずかしさに、白シャツは激高した。

 机をばあんと叩き、

「男が男を愛するのは、罪なのかッ」

 身を乗り出し、黒スーツの顔を思いきり睨みつけた。

 睨まれても、黒スーツは平然としていた。

 それどころか、白シャツの弱みを見つけたように思い、すっかり優位に立った。

 黒スーツは宥めるように言った。

「もちろん、男が男を愛するのは、罪じゃないよ」それでも言い足りず、「ぼくだって、岡本和真くんを心から愛しているもんね」と呟いた。が、すぐに言い過ぎたと思い直し、こほんと咳払いしてから、

「おまえ、この文章を読み上げてみろ」

 黒スーツは恥ずかしさを誤魔化したくて、いきなり白シャツに命じた。

「これを……?」

 白シャツは、躊躇った。不特定多数の人間にブログを読んでもらう分には、抵抗がなかった。けれど、目の前の男に、しかも同じ嗜好を持つ者に心の内を明かすのには、大いなる抵抗を感じた。

「読まなきゃ、だめ?」白シャツは甘えるように言った。

「だめ」黒スーツは、読みなさいよ、と促した。

 黒スーツは、それきり黙ってしまった。目を瞑って腕を組み、読み始めるまでとことん待つぞ、といった態度で仁王立ちした。

 仕方なく、白シャツは読み始めた。

 恥ずかしさに声を震わせ、

「坂本勇人くん、怪我しちゃったんですね」

 冒頭の部分を口にした。

 口にしてみて、すぐに顔が熱く火照った。

 しかし、ここで読むのをやめてしまったら、自分の想いを自分で否定することだと気づいた。

 そしてそのことはとりもなおさず、愛する坂本勇人くんをも穢すような行為だと思った。

 それで白シャツは声を張った。あえて部屋中に響くように、大声で読んだ。

「坂本くん、大丈夫かな。すぐに戻って来れるかな。……遊撃手なのに、足を痛めたなんて、心配です。中山くんが今は頑張ってるけど、復帰したら、また遊撃手として出れるのかな。すぐにでも、坂本くんの雄姿が見れるかな。そうなったら、すごい嬉しいなあ」

 白シャツは恥ずかしさを堪えながら、読み続けた。読んでいるうちに、恍惚とした。俺って、こんなにも坂本くんを愛していたんだな。自分の熱い想いにうっとりした。

 最後まで読み終えると、白シャツは黒スーツの方へ目を向けた。

「この文章が、犯罪なの?」

 白シャツは嫌味のつもりで言った。

 ところが、黒スーツは意外な言葉を返した。

「そうだ」

 黒スーツの言葉に、白シャツはまた身を乗り出した。

「冗談だろッ?」

「冗談ではない」

 黒スーツは平然と答えた。そして、顔に笑みを浮かべた。

 勝ち誇ったような表情で、黒スーツは言い放った。

「おまえは、この文章の中で、四つの罪を犯しているじゃないか」

「四つ?」

「まだ、しらを切るか?」

「どういうことだよ」

「おまえは、『日本語保護法』に違反しただろ?」

「は?」

「いや、だから、おまえは『日本語保護法』……」

 言いかけて、黒スーツは、はっとした。

 こいつ、しらを切ってるわけじゃ、ないの……?

 そうと察した黒スーツは、「なんてこったい」と嘆いた。苛立ちも感じ、髪を掻きむしった。そのせいで、ヘッドセットのマイクが垂れ下がってきたし、髪全体も大きくずれてしまったが、そんなことを気にしていられないほど、もどかしく思った。

 ふうとため息をついてから、黒スーツは、

「おまえ、国語の授業をきちんと聞いてたのか?」

 吐き捨てるように言った。そして、

「いいかい?」と口調を和らげ、黒スーツは説明し始めた。

「おまえ、『来る』というカ行変格活用の動詞に『れる』という助動詞をつけただろ。その上、『出る』という下一段活用の動詞にも『れる』をつけているぞ。それでもって、『見る』という上一段活用の動詞にまで『れる』をつけやがって」

「……」

「『れる』は五段活用の動詞とサ行変格活用の動詞にしかつけられないんだよ。他の動詞にはな、『られる』を使うんだ」

「……」

「だから、『来れる』は『来られる』にしなさい。『出れる』は『出られる』が正しいの。『見れる』なんて言っちゃだめ。『見られる』と言うんですよ」

 黒スーツは、わかったかい? と優しく言った。が、自分の言い方が気にいらなかったのか、すぐさま、「わかったかッ、こらッ」口調を一変させた。

 白シャツは言葉を失い、しばらく呆然とした。そうしてから、黒スーツに訊いた。「あの、確か、罪は四つあると……」

 みなまで言わせず、黒スーツが遮った。「そうだった」と大声を上げた。そして大きく頷いてから、

「『すごい嬉しい』って、書いたな」と指摘した。「こいつはいけないよ。『嬉しい』は形容詞、つまり用言だぞ。ならば『すごい』を連用形に変えなくちゃいかん。『すごく嬉しい』が正解だ。……もっとも、『すごい』は俗語的表現だから、ぼくなら『とても』を使うね」

「……」

「おまえさんがしたことは、『日本語保護法』第一条の『ら抜き言葉頒布等罪』、及び『すごい誤用罪』にあたるんだ。これは、重大犯罪だぞ」

 そこまで言って、黒スーツは白シャツの方へ顔を突き出した。目の前に垂れ下がったマイクを邪魔そうに払いのけ、その拍子にかつらまで吹っ飛ばし、しかしそのことに気づいていないのか、床に落ちたかつらを拾い上げもせず、

「この法律に違反した者は、死刑だッ」と、黒スーツは声高に叫んだ。

                                  〈了〉


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