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第7話 Excelで世界が書き換わる?

「ちょっと……この出張予定、何ですか!? “ジュネーブ5泊”、“多国間調整フォーラム”、って……!」


千田ちひろが、スケジュール画面を見て思わず声を上げた。


それを隣で聞いていたあかりは、まるで天気予報でも見ているかのような顔で答える。


「国際的な提言枠に“民間発代表”として呼ばれたようです。メンバー一覧には国連の元事務総長とか書いてありました」


「何そのメンツ! なんでそこに黒瀬あかりが混ざってんの!? 説明して!」


——出発の朝。


ちひろは羽田空港で荷物検査を通過しながら、ふと横を見る。


あかりは、ランニングウェア姿のまま、ターミナルの端でストレッチをしていた。


「……え、走ってきたんですか?」


「ホテルの周り、川沿いにコースがあると聞いたので。今朝も少しだけ」


「海外の国際会議に出る人のテンションじゃないですよ……」



国際会議の会場は、アルプスを望む丘の上に建てられた歴史的な石造りのホールだった。

白い柱と高い天井に反響する通訳の声。あかりは、中央の長机に座っていた。


目の前には、各国の要人、大手財閥の創業者、国際経済団体の代表、さらには宗教勢力の高官までが並ぶ。


いったい誰が呼んだのかも曖昧なまま、“あかりと話せる可能性がある”というだけで、招待状を持たない人々までロビーに集まりつつあった。


世界各国の首脳陣が、立体裁断のスーツにタイピンまで完璧に整えた装いで並ぶ中、

あかりはというと、いつものくすんだグレーのカーディガンに、シンプルすぎるAラインのスカート。

会議場に入るなり資料のExcelだけ確認し、髪のハネも気にしていない。


「本日は、ひとつの構造案を共有します」


あかりがExcelファイルを開き、プロジェクターに投影する。


中央には「資源」と書かれたブロックがあり、そこからさまざまな矢印が広がっている。


「現在、資本や供給能力は、実際のニーズと物理的に乖離した場所に集中しています。

その構造を、意図的に再接続する案です」


ディスプレイには、こうした線が表示される:


  投資未活用資産 → 教育・医療ネットワーク

  財団資本 → 食料需給インフラ

  未使用の通信帯域 → 難民支援拠点へのデジタル接続

  財政余剰 → エネルギー輸送の共同補助


「これは……富の再配分……ではなく、“構造の再設計”ですか?」


ある代表がぽつりと呟く。


「両方を兼ねる場合もあります。

資本は動機を伴って初めて“力”になります。構造を整えることで、自然な流れが生まれると考えています」


ひとりの創業者が立ち上がった。

ヨーロッパ圏の金融とエネルギーを兼ねる巨大グループの総帥だった。


「このネットワークに、うちの通信衛星網とIDインフラを乗せたい。

透明性と可視性の条件を満たすなら、個人資産の一部も構造維持に回す」


あかりは頷いた。


「条件付きで反映可能です。こちらのモデルに追記します」


その場で数行がExcelに入力され、矢印の図形が一つ加えられた。


その瞬間、ほかの参加者たちがざわめき出す。


「我が国の医療輸送にも……」

「余剰電力の国際共有は可能か?」

「うちの基金を教育ネットワークに組み込めるか?」


まるで、あかりのExcelが、人々の“欲”なのか、それとも“あかりへの献上物”なのかを可視化し、

それに新しい“理由”を与えているかのようだった。


——会議の休憩中。


ちひろとあかりは、会場テラスで紅茶を飲んでいた。


ちひろはゆっくり口を開く。


「ねえ……あの人たち、本当に“国際問題の調整”に来たんですかね? 半分くらい、“あかりさんに会いたいだけ”で来てません……?」


あかりはスマホを確認しながら、素直に頷く。


「……そうかもしれません」


「つまり、世界中のエリート男子が、黒瀬あかりに好かれたくて会議に来て、自分の資産を差し出してるんですよ。

そこまでモテるって異常じゃないですか……?」


あかりは少し考えたあと、静かに返す。


「確率分布の偏りとしては、あり得るのでは?」


ちひろがむせた。


「……いや、待って! 確率分布!? なんで自分の“モテ”をそんな統計処理しちゃうんですか!?」


「人が集まる現象として見れば、パターンが偏ること自体は自然です。

一様分布ではなく、何らかの偏りが生じているだけですから」


「……その“偏り”のせいで世界の再配分が動いてるの、やばすぎません?」


「やばいかどうかは、人類全体の最適化の観点で判断されるべきです」


「やめて……! モテと最適化を同じ文で並べないで……!」


会議は終盤に入り、各国代表たちは協力意思を示すシートを提出していた。


各国代表が提出した内容は、あかりのExcelモデルと自動で連動していた。

提供資源や見返り、連携希望分野が入力されるたび、構造図がリアルタイムに再計算されていく。


やがて、会議室の中央ディスプレイに新しい配分マップが表示された。


複雑に絡み合った線が、資源、支援、支配、協力を超えて、世界を一枚に描いていた。


——退出後。


ちひろはあかりの隣を歩きながら、肩をすくめた。


「……このスケールの会議でも、資料はExcel描いただけなんですね……」


「はい。でも、それで十分な構造は整っていたので」



「……こわっ。いやもうほんと、“こわい”しか言葉が出てこないですからね……?」


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