第4話 恋の構造と、ひとつの結論
「──黒瀬って、あいつのこと好きなの?」
「え?」「まさか」「いや、あるでしょ」「普通にない?」
昼休みの教室、男子たちの数人が教室の隅で盛り上がっていた。
視線の先には、窓際の席で静かにノートを広げるあかりの姿。
その一方で、教室の中央近くで女子グループがささやき合っていた。
「ねえ聞いた? 黒瀬さんってまさきとよく会うんだって。廊下とか帰り道とか」
「遭遇率高いの、狙ってるんじゃない?」
「でもさ、あの子ってそんな感じしないよね」
「逆に天然でやってるパターン?」
「てか、もう“好きです”って言ってるようなもんじゃん!」
「いやそれ言いすぎでしょ!」
──「遭遇=好意のサイン」?
そんなロジックが飛び交う教室の空気に、あかりはため息をひとつ落とした。
最近、妙な噂が増えている。
ただ歩いているだけで、意図があると見なされる。
ただ笑っただけで、誰かの誤解を生む。
自分を巡る周囲の反応を分析し始めた。
──放課後。
あかりは、愛用の方眼ノートを開く。
マス目の上に矢印を引き、人間関係と出来事をひとつずつ整理していく。
発言者、視線の方向、行動の前後関係、席順、登下校の経路。
マスをひとつ埋めるたび、混乱していた感情が少しずつ形を持ちはじめる。
記録を進めるうちに、浮かび上がってきたのは“個人”ではなく、“構造”だった。
・「A君(=まさき/陸上部)→あかり(同じ部活・廊下T字路で週3回遭遇)→印象が強くなる」
・「B君(図書委員)→あかり(班活動で必ず同組)→接点が多い」
・「中立的すぎる発言(「まあ、そういう意見もある」)→脈アリに聞こえる」
・「笑顔(無意識)→勘違いの温床」
・「座席位置:中央後ろ→会話や目線が集まりやすい」
矢印の先に小さく「噂発生」と書き込むと、まるで回路図のように原因と結果がつながっていく。
でも気づいた。噂はただの結果にすぎない。
──本体は、恋愛感情そのものだ。
偶然の接触、座席の位置、笑顔の一瞬。そうした構造的要因が積み重なり、
「誰かを好きになった」という物語に変換されているだけ。
そしてノートの左下に、静かに書き込んだ。
■現象の原因:恋愛感情の発生は、個人の意思ではなく構造的要因の集積。
⇒ よって、恋愛感情は「構造的誤作動」と定義。
「──つまり、私が何かしたわけじゃないってことね」
あかりは淡々と、次のページに“対策案”を箇条書きしていった。
・A君(同じ部活・廊下T字路で週3回遭遇) → 登校時間を10分早めてルートを変える
・B君(班活動で必ず同組) → 班分け希望を女子で固める
・中立的すぎる発言 → 発言を短く限定(賛否どちらかを選ぶ)
・無意識の笑顔 → 話すときは表情を中立化
・座席位置:中央後ろ → 席替えで窓際端を狙う
その週から、あかりは静かに実行を始めた。
“現象”は数日で消えた。
噂は止まり、視線は減り、空気は落ち着いた。
「黒瀬、なんか最近さらにクールになったよね」
隣の席の女子が、半分からかうように笑った。
「……まあ、試してみたいことがあって」
「試してみたいこと?……まあ、あんたのことだから変なやつじゃなさそうだけど」
女子はそれ以上は聞かなかった。
短いやりとりの後、また教室は静かになった。
その夜、あかりはもう一度ノートを開く。
──感情は誤解を生む。
──誤解は構造に起因する。
──ならば、構造を制御すれば、誤解は減る。
「恋愛って、放っておくと設計ミスで騒がしくなるんだ」
「だったら、爆発しないように設計すればいい」
──モテとは、制御可能な現象。
あかりはそれを“理解した”のだった。
異性からの好意を“解決済の問題”として片付けることにした。
そして、ふと考える。
「これ、クラスだけじゃなくて──世の中の現象は全部こうやって構造で整理できるかもしれない。
こういうのって、たぶん“数理理論”っていう分野で研究できるんだろうか。――まあ、面白そうならやってみる」
その予感だけが、かすかに彼女の心を揺らした。




