表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

第4話 恋の構造と、ひとつの結論

「──黒瀬って、あいつのこと好きなの?」

「え?」「まさか」「いや、あるでしょ」「普通にない?」


昼休みの教室、男子たちの数人が教室の隅で盛り上がっていた。

視線の先には、窓際の席で静かにノートを広げるあかりの姿。


その一方で、教室の中央近くで女子グループがささやき合っていた。


「ねえ聞いた? 黒瀬さんってまさきとよく会うんだって。廊下とか帰り道とか」

「遭遇率高いの、狙ってるんじゃない?」

「でもさ、あの子ってそんな感じしないよね」

「逆に天然でやってるパターン?」

「てか、もう“好きです”って言ってるようなもんじゃん!」

「いやそれ言いすぎでしょ!」


──「遭遇=好意のサイン」?

そんなロジックが飛び交う教室の空気に、あかりはため息をひとつ落とした。


最近、妙な噂が増えている。

ただ歩いているだけで、意図があると見なされる。

ただ笑っただけで、誰かの誤解を生む。


自分を巡る周囲の反応を分析し始めた。


──放課後。


あかりは、愛用の方眼ノートを開く。

マス目の上に矢印を引き、人間関係と出来事をひとつずつ整理していく。

発言者、視線の方向、行動の前後関係、席順、登下校の経路。


マスをひとつ埋めるたび、混乱していた感情が少しずつ形を持ちはじめる。

記録を進めるうちに、浮かび上がってきたのは“個人”ではなく、“構造”だった。


・「A君(=まさき/陸上部)→あかり(同じ部活・廊下T字路で週3回遭遇)→印象が強くなる」

・「B君(図書委員)→あかり(班活動で必ず同組)→接点が多い」

・「中立的すぎる発言(「まあ、そういう意見もある」)→脈アリに聞こえる」

・「笑顔(無意識)→勘違いの温床」

・「座席位置:中央後ろ→会話や目線が集まりやすい」

矢印の先に小さく「噂発生」と書き込むと、まるで回路図のように原因と結果がつながっていく。


でも気づいた。噂はただの結果にすぎない。


──本体は、恋愛感情そのものだ。

偶然の接触、座席の位置、笑顔の一瞬。そうした構造的要因が積み重なり、

「誰かを好きになった」という物語に変換されているだけ。


そしてノートの左下に、静かに書き込んだ。


■現象の原因:恋愛感情の発生は、個人の意思ではなく構造的要因の集積。

⇒ よって、恋愛感情は「構造的誤作動」と定義。


「──つまり、私が何かしたわけじゃないってことね」


あかりは淡々と、次のページに“対策案”を箇条書きしていった。


・A君(同じ部活・廊下T字路で週3回遭遇) → 登校時間を10分早めてルートを変える

・B君(班活動で必ず同組) → 班分け希望を女子で固める

・中立的すぎる発言 → 発言を短く限定(賛否どちらかを選ぶ)

・無意識の笑顔 → 話すときは表情を中立化

・座席位置:中央後ろ → 席替えで窓際端を狙う


その週から、あかりは静かに実行を始めた。


“現象”は数日で消えた。

噂は止まり、視線は減り、空気は落ち着いた。


「黒瀬、なんか最近さらにクールになったよね」

隣の席の女子が、半分からかうように笑った。


「……まあ、試してみたいことがあって」

「試してみたいこと?……まあ、あんたのことだから変なやつじゃなさそうだけど」

女子はそれ以上は聞かなかった。


短いやりとりの後、また教室は静かになった。


その夜、あかりはもう一度ノートを開く。


──感情は誤解を生む。

──誤解は構造に起因する。

──ならば、構造を制御すれば、誤解は減る。


「恋愛って、放っておくと設計ミスで騒がしくなるんだ」

「だったら、爆発しないように設計すればいい」


──モテとは、制御可能な現象。


あかりはそれを“理解した”のだった。


異性からの好意を“解決済の問題”として片付けることにした。


そして、ふと考える。


「これ、クラスだけじゃなくて──世の中の現象は全部こうやって構造で整理できるかもしれない。

こういうのって、たぶん“数理理論”っていう分野で研究できるんだろうか。――まあ、面白そうならやってみる」


その予感だけが、かすかに彼女の心を揺らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ