第3話 恋も魔法も、使わない
中学に入っても、あかりのスタンスは変わらなかった。
新しい制服。
新しいクラス。
でも本人は、体育館シューズの履き心地と、教科書のページ数の方がずっと気になっていた。
部活は、体力が有り余っていたからとりあえず陸上部。
スパイクを履くのが楽しい、それくらいの理由だった。
——特に、目指してるものがあるわけでもない。
髪は肩につかないくらいの長さで、軽くはねている。
結ぶのが面倒だから、乾かして終わり。
学校指定のくしを持ち歩いている子を見て、「まめだなあ」と感心するくらい。
「黒瀬さんってさ、彼氏とかいんの?」
「なんでそうなるの?」
「なんか……誰にもなびかなそうっていうか」
「正解かも」
本人にはまったく悪気がない。
ただ本当に興味がないだけだった。
中学生活は、まあまあ忙しくて、まあまあ楽しい。
成績は上位。運動は学年トップクラス。
地味に生徒会にも入っていた。
魔法? 一度も使ってない。
あの夜のほうれい線魔法は、今となっては夢だったんじゃないかという扱いになっている。
“恋に効く魔法”という概念自体が、遠い国の話のようだった。
けれど、3年生の秋頃から、微妙に空気が変わり始めた。
遠回しに名前を呼ばれることが増えた。
男子が近くを通るたびに、ちょっと挙動不審になる。
「黒瀬さん、これ落としたよ」と言って、明らかに拾ってないものを差し出してくる。
(……うーん。わざとだよね、これ)
高校に進むころには、あかりの見た目は知らないうちに“美人枠”に分類され始めていた。
顔つきが整ってきた、と言われる。
肌がきれいだ、と言われる。
髪がさらっとしてるね、と言われる。
でも、本人のヘアケアは毎朝の“手で払って終わり”だけだった。
着飾っていないのに、なぜか目立つ。
その違和感に気づきながらも、あかりはあまり深く考えなかった。
「最近、なんか見られてる気がするんだけど」
「それ、黒瀬が綺麗になったってことだよ」
「そういうもんなの?」
恋愛雑誌も、香水も、流行のアプリも、全部スルー。
でも彼女は、無自覚のまま“モテる人”になっていた。
魔法を使った覚えは、ない。
それどころか、そんなものはずっと前に忘れていた。
でも、クラスの空気が少しずつ変わっている。
視線。距離感。話しかけられる頻度。
(なんでだろう……)
思い当たる節は、ない。
論理的な説明も、まだ見つからない。
——誰かの言葉が、背後でかすかに重なる気がした。
(勝手に傾く)
あかりは、今日も恋をしていない。
それでも、この静かな“傾き”だけは、否定できなかった。




