第2話 傾国って何がしたいの?
「だから、来たくなかったんだけどな……」
あかりは小声でつぶやいた。
紫の草原。
星空の下の焚き火。
見覚えのある“魔女たち”の顔ぶれ。
前回の集会でカルチャーショックを食らったばかりなのに、また強制招集されてしまった。
「さあ、今日こそ“魔法の基本”を学びましょうね〜!」
妖精が張り切った声を上げると、フリルだらけの講義机が目の前に出現する。
その上に置かれた教科書の表紙には、キラキラの文字。
『第1章:第一印象は顔から』
「いや、知らんがな」
あかりは即ツッコミを入れた。
横では先輩魔女たちがうきうきと魔法の準備を始めている。
「はい、初級魔法その1〜。いきますよー!」
「ちょっ、待って待って、話は——」
反論が終わるより早く、もわっとした光があかりの体を包んだ。
頬のあたりが、じんわり温かい。
でも、何も変わった様子はない。
「……うわ、なんか、きもちわる……」
魔女たちは大喜びだった。
「はい! 成功〜♡」
「ほうれい線が15秒消える魔法よ〜」
「……小学生にかける意味ある?」
あかりが冷静に返すと、なぜかみんな一瞬黙った。
その後すぐ、あきれたような、というか見下すような笑い声が広がった。
「そういうこと言ってる子が、一番あとで焦るんだから〜」
「恋ってね、準備が命なのよ?」
(……あー、こういうノリ、ほんと無理)
そもそもあかりは、鏡を見るのも寝ぐせチェックのときくらいだし、
男子の視線とか、今まで一度も気にしたことがない。
それでも今ここにいるのは、妖精が強制的に連れてくるからであって——
学びたいと思って来たわけじゃない。
「モテを軽く見ないほうがいいわよ」
静かな声が、焚き火の向こうから聞こえた。
あかりがそちらを向くと、ひとりの魔女が歩いてきた。
年齢はわからないけど、他の人たちより落ち着いて見える。
長いローブの裾が、草をなでるように揺れていた。
「えっと……?」
「月舘って名乗ってる。ま、あんまり出てこないから覚えなくていいわよ」
彼女は焚き火の前に立ち、あかりをまっすぐ見た。
「あなた、“傾国の魔女”って知ってる?」
「……なにそれ、ゲームのラスボス?」
「ちがう。実在した人物よ。昔ね。」
「彼女たちは歴史では“美女”と呼ばれている。
でも、私たち魔女の間では“傾国の魔女”と呼ぶの」
「楊貴妃、クレオパトラ、ヘレネー……
彼女たちはただモテただけで、権力者たちを虜にし、戦争を引き起こし、国を崩壊させた。」
あかりは眉をひそめた。
「……こわ。てか、なんで美女はそんなことしたの?」
「本人はたぶん何もしてない。
でも、その存在が人の心を動かしすぎたの」
焚き火がぱちりと弾け、闇に赤い火花が散った。
「……で?」
「で、あなたにはそれを超える“素質”があるって話」
あかりは思わず苦笑した。
「なにそれ。元々ないほうれい線を消されただけの小学生に言う?」
「小学生だからこそ言ってるの。
もうすぐ周りは少しずつ傾き始める」
月舘の目は、冗談を受け流しながらも、どこか本気だった。
「あなたにその気がなくても、人を勝手に傾かせる。
——あなたは、そういう子」
その言葉だけが、妙に耳に残った。
(勝手に、傾く……?)
ピンとこない。
あかりは焚き火のぱちぱちに耳を傾ける方が落ち着いた。




