第1話 路地裏のティータイムと魔女への(強制)招待
# 第1章:「路地裏のティータイムと魔女への(強制)招待」
「それ、体力どうなってんの?」
誰かのつぶやきが耳に入ったけど、あかりはスルー。よくあるので。
鉄棒の逆上がりも、跳び箱も、マラソンも――だいたい得意。
小学校の体育で「苦手」と思ったことは一度もない。
黒瀬あかり。小学5年。
男子に混ざって騒ぎながら走り回るのが日常。
それが特別だなんて、自分では思ったこともない。
「また男子とサッカーしてたの?」
「……してない。ドッジボール」
やりとりはいつもこんな調子。
化粧ポーチを持つ子もいるけど、あかりはリップすらなし。
鏡を見るのも、髪のハネ確認くらい。
体育が好き。でも、パズルで頭を使うのも嫌いじゃない。
どっちも「ピタッと決まる」と気持ちいい。
おしゃれに無頓着。恋愛も興味なし。
モテ、かわいい――そんな単語だけ、自分の辞書は白紙。
そんな自分が“魔法”と関わるなんて、あの日の放課後までは思ってもみなかった。
* * *
下校中、魚屋の横の路地に足を踏み入れた瞬間――
「……え、なにこれ」
道の真ん中に、白くてフリル付きのカフェテーブルがぽつん。
周囲はいつも通りの古いブロック塀と乾いた風なのに、そこだけ異国の庭園みたいに浮いている。
テーブルの上には、やたら可愛らしいイルカ型の妖精。手のひらサイズで、ティーカップをヒレでつまんでいる。しかも、浮いている。
「黒瀬あかりさん。あなたと魔女の契約をしました」
「……え、初対面でそれ? 同意なしは契約じゃなくて押し売りでしょ」
あかりは眉をひそめる。
「何その勧誘。宗教? ゲーム?」
「どちらでもありません。正式な招待です。今夜、あなたを“魔女の集会”へお連れします」
「断ったら?」
「その選択肢はありません」
妙にきっぱりした声色に、あかりは返す言葉を一瞬失った。
「……ずるい」
と同時に、路地の空気がぐにゃりとねじれた。
石畳が遠ざかり、冷たい夜風と、見知らぬ草の匂いが押し寄せる。
視界が一瞬暗転し、すぐさまぱっと反転した。
* * *
気づけば夜空の下。紫の草原が風に揺れ、焚き火の光がまるく灯っている。
その周りを、きらびやかな衣装の女性たちがぐるりと囲んでいた。
「ようこそ、魔女の集会へ」
妖精の声は相変わらず澄んでいる。
でもあかりは、目の前の光景に言葉を失った。
想像していた“魔女”はもっと神秘的で怖い存在――なのに。
「この前、バストアップの魔法試したら彼の反応がガチで変わったの〜」
「ネイル剥がれないやつ、ほんと神」
「朝の番組のラッキーカラー当てる魔法、最高にエモい♡」
(……なにこれ。思ってたのと違う)
飛んだり火を出したり――そういうのは?
あかりはそっと妖精に聞いた。
「火を出すとか、空飛ぶ魔法って、ないの?」
妖精はきょとんとした。
「えっ、火? 空? ……って、何に使うんですの?」
「何って……魔法って、そういう……」
「危ないし、そんなの誰もやりませんわ。もっと大事なことに使うんですの。みんな、そうしてますわ」
「ああ、そうなんだ……。ちなみに“大事なこと”って?」
「恋ですわ」
「……恋に?」
妖精はうなずいた。
あかりの困惑など気にも留めず、むしろ誇らしげに言葉を重ねる。
「だって魔法って、人に好きになってもらうために使うものですわよ」
(……え、断言するんだ)
妖精は、まるで“ご飯は食べるもの”と言うみたいに、何でもない調子で言った。
「他に使い道、ありますの?」
「……ないの?」
「さあ? 誰も試したこと、ありませんもの」
焚き火がパチ、と弾けた。
恋以外の魔法は、存在しないのではなく――誰も思いつかないだけ。
あかりは息をついた。
魔女なんて突拍子もない存在が世間に知られていない理由、少し分かった気がする。
(……すごい世界に来ちゃったな)
この夜、彼女はまだ知らない。
自分が、誰よりも“動かす力”を持った魔女になることを――。




