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秘密のラッキーエンカウント

作者: 小倉真咲


 ──教室のドアを開けたとき、僕が見たのは、うちの学年で一番頭のいい女子である辺見さんが窓際の席においてあったYシャツの匂いを勢いよく嗅いでいる姿だった。


 暫し無言の、気まずい空気が流れる。


 僕が失礼しました、とだけ言ってドアを閉めて退室しようとすると、辺見さんは、いやちょっと待たんかい、と勢いよくドアに向かって走りこんできた。閉めようとしたドアは、辺見さんの左足に阻まれる。辺見さんは、あろうことかそのまま足でドアを開けた。学年一の才女は、意外とお行儀が悪かった。


 お取込み中すんませんでした、と頭を下げると、辺見さんはいやいやいや、そうじゃないだろと言う。何がそうじゃないのだろうか。どう考えてもお取込み中でしたよね。


 え、いや、そもそもこの状況に疑問はないのと聞かれたので、辺見さんが匂いフェチだったのは意外です、僕は鼻詰まってるんで気持ちはわかりませんがと言ったらシャツ越しのグーパンが飛んできた。いや、シャツは置いてきましょうよと言ったら、今度は右足を強く踏まれた。この世は理不尽である。


 美香とか、ああとにかくほかの人には絶対言わないでよと言われて、窓際の一番前の席に陣取っているのが風間美香だったことを思い出した。ああなるほど、それは風間さんのシャツなんすねと言ったら、今度は腹に蹴りが飛んできた。学ランがなければ即死だった。


 大丈夫っスよ、僕は誰にも言いませんから。ほんとに? と聞かれたので、嘘ついたら購買のダッツ奢りますよと言っておいた。誰にも言わないんじゃなくて、言う相手が誰もいないんだけどな、という呟きは胸の中にしまっておいた。


 ああもう何なの、荒川ってこんな奴だったっけ、チョーシ狂う。辺見さんが風間さんのシャツを置いて頭を掻きむしる。あの、そのこんな奴荒川はまだあなたの目の前にいるんですが、と思いながら、面白いので様子を窺うことにした。


 私ね、美香のことが好きなの。女同士でって、変だと思うでしょ? でも、たぶん小学校の頃からずっとそうなの。それで高校生になった今も好きだなんて、普通に男女で考えても重いよね。でさ、美香の匂いが昔から好きでさ、体育の時、たまに抜け出して、こうして着替えておいてあった美香のシャツの匂いとか嗅いでたワケ。引いたでしょ?


 あー、だから今セーラー服じゃなくてジャージなんですね。僕が合点がいった顔をしていると、ハァ? と辺見さんが明らかに怪訝な顔をしたのがわかった。そもそもあんた同じクラスでしょうよ、何でここに、しかも制服でいるのよ? 男子は校庭でタイム測定でしょ?


 いやぁ、僕今日は今来たところなんですよ。ここ数日検査入院してて、今朝退院したんで。あ、なんか、ごめん。辺見さんが謝ることは何もないと思うんですけど、というと、荒川っていいやつだね、と言われた。どこがいいのかはわからないが。


 僕は誰にも何も言わないから大丈夫っスよ、それよりそろそろ戻ったほうがいいんじゃないっスか、と僕が言った。辺見さんが体育棟を出て本校舎に入ってから、すでに10分以上が経過している。普通にトイレとか言って出てきたのだとしたら、そろそろ心配される頃合いだ。


 ほんとだ、やばい戻らないと。辺見さんは服屋の店員のごとき神速の勢いでシャツをたたみ、元のように戻した。確かにこれだけきっちり戻せば、風間さんが気付かないのも無理はないなと思った。ありがとね、とだけ言い残し、僕の肩をポンとたたいて、辺見さんは教室を出て行った。


 何に対するお礼かはわからないが、お礼を言いたいのは僕のほうである。散々な目に遭って遅刻したと思えば登校初手から大好きな辺見さんを見かけられたし、どうせ当面は見学なのだからそのまま校庭に行けば授業にすぐ入れたところを辺見さんの後をつけてきたおかげで話もできたし、それどころか辺見さんの秘密もいろいろと聞けて、挙句に辺見さんのほうから僕の肩に触れてくれたのである。


 改めてグラウンドに向かいながら、僕の足取りは自然と弾んでいた。

 今日はいい日になりそうだ。


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