スクランブル・ポイント
「では、現時刻を以てアダムス流用式試作吸収装置の実験を開始します!」
「ああ……皆、よろしく頼む」
『はいっ!』
吸収装置を研究していた室内に声が響く。
忙しなく働き詰めであった研究員達は先刻の休憩時間によって英気を養い、活力を漲らせながら事態に取り組んでいた。
反面、衝撃的な事実を知った本郷博士は浮かない顔をしている。思考を切り替えた所で、心の芯に作用した後悔の念を抑えられていないのだ。
「本郷博士、大丈夫ですか?」
「なんだか具合が悪そうだよ~」
「うむ。まるで死人のような顔色をしているぞ」
研究室内に招集されたマヨイ、リン、エイシャの心配を受けて頭を振るう。
「君達のおかげで天宮司アキトと接触できたのだが、そこで少しばかり、身内の事情に進展があってな」
「そうなんですか?」
「詳しくは後で話す。今は、気持ちを落ち着かせなたくてな……」
「被検体、隔離室に搬入します!」
室内を隔てる分厚いガラス越しに、運び込まれていく物体。
雁字搦めに幾重にも拘束具を取り付けられたそれは、人だ。しかし体の各所は人ならざる肌や鱗、角に爪、翼などといった特徴を持つ怪人であった。
専用の防護服に身を包んだ者達の手によって、着々と進む実験の様子を見つめながら本郷博士は長く息を吐く。
「今回の実験対象となるのは先日学園島近海を漂流していた、怪人化した人間。上手く事が進めば、元となった特位インベーダー“スティングレイ”が吸収装置によって抽出されるはずだ」
「確か酷く感電した形跡の負傷が目立った怪人、でしたよね」
「出所や経歴は不明だけど、空を飛んでたら雷に当たって墜落した、って推測されてたっけ?」
「インベーダー、それも特位ともなれば、たかが落雷程度で負傷するとは思えんのだが……当たり所が悪かったのだろうか」
「天然の特位と怪人化の特位では、肉体的な差異があるのやのもしれん。その辺りの調査も、吸収装置の成果次第でより詳しく調査できるようになる」
彼女達は知らない。
被検体である怪人の捕縛は、夜叉の手によって叶ったものであると。
秘匿・隠蔽性が高く、短時間での出来事であったが事もあり、気づけない。気づくはずがなかった。
「いずれにせよ、まずは抽出が成功するか見定めなくてはな」
「吸収装置、被検体の位置固定。魔力エネルギーライン接続、充填開始!」
防護服を着た者達は退室し、観測員に。吸収装置と被検体だけが向き合う室内を、本郷博士は改めて見つめる。
研究員の工程確認に応じて、吸収装置に変化が現れた。
アダムスは精神に感応して様々な用途に活用される金属。しかし内蔵された回路構造に適切な処置を加えることで、所持者の有無にかかわらず、ある程度のポテンシャルを発揮できる。
誰が手にしても一定水準を保ち、使用者の生命を脅かさない性能となるように。緻密に設計された吸収装置も例外ではない。
露出したアダムスフレームの紋様が微細に変化し、虹の光を放ち始める。
小さなパラボナアンテナ状の照射部に集約された極光はうねり、振動し、極限まで高まった瞬間に光線を被検体へ発射。
激しい音や光の明滅も無い。
ただただ柔らかな陽光を思わせる光線は被検体の身体を包み込み、肉体の各所に見られた人外の要素が溶けだしていく。
そして引き剥がされるように。
吸収装置と被検体の間に、スティングレイの全身像を徐々に浮かび上がらせるのだった。
「被検体のバイタル正常、安定値をキープ。このままいけば約三〇秒後、完全分離された状態となります!」
「おー、すごいすごい!」
「ネビュラスとの戦局に新しい風が吹き込むな」
「人類とインベーダー間における、様々な問題解決の一助ともなります」
「ああ。今回の実験を機に、医療機関でも使用できるように完成型の案をまとめるとし──待て」
順調に進む実験の光景を前にして、本郷博士の脳裏に悪寒が走る。
吸収装置はインベーダーの要素を抽出する、それは間違いない。夜叉のように人体とを別ち、ことごとく全てを奪い尽くす。
その果てに生まれるのが魔核の如く、硬質な結晶と化した全身像。そのはずであった。だが、夜叉と吸収装置では性質が異なる。
夜叉はフルアダムスフレーム、殺生石の能力を十全に使いこなしている。その上で怪人化した人間の命を奪わず、無力化を可能としていた。
反して吸収装置はあくまで抽出し、分離させるのみ。眼前に分離されているのは結晶化した体躯ではなく、インベーダーの肉体そのもの。
そう、吸収装置でインベーダーの要素を剥離はできても、消費ができない。
行き場が、逃げ場が無いのだ。結晶化する素振りすらなく、混ぜ合わされたインベーダーに対し、本来の体を取り戻させるだけ。
明確な相違。そして、インベーダーは魔核さえ無事なら、生命活動に支障なく行動可能である。
故に、本郷博士は気づいた。彼だけが、早くに気づけた。
──負傷の痕跡こそあれど、健常のスティングレイが覚醒した事実に。
「博士、これは……」
「っ!」
恐らく、似たような予想を導き出したであろうエイシャの呼びかけが、本郷博士が持ち得る思考回路を回転させた。
吸収装置の照射を止める? 手遅れだ。
実験を放棄して避難させる? 無理だ。
一瞬の内に脳内を巡る惨烈な未来。防ぐべく弾き出したのは。
「ニューエイジ! フレスベルグ展開っ、シールドを張れ!」
『……ッ!!』
のっぴきならない叫びの直後、眠りから覚めたように。瞼を開いたスティングレイの周囲に魔力が滲みだす。
それは半透明な輪郭を持つ刃で、凄まじい物量となって室内を埋め尽くした。
「出力全開だ!」
「「っ!?」」
先に行動に移していたエイシャが促す声に応じて。
マヨイとリンは出遅れたにもかかわらず、半ば反射的な動作で。
フレスベルグ展開用の腕輪型ガジェットに指先を這わせ、その身を戦闘用パワードスーツへ切り換える。
彼女達もまた、吸収装置と性能を同じくするアブソーブシールドを即座に広げ、研究室と人員の保護を実行した──その直後に。
『グオオオオオオオッ!!』
けたたましい雄叫びと共に刃が散乱。
凄まじい衝撃と金属音が炸裂し、研究室を蹂躙した。
◆◇◆◇◆
「それじゃ、また見舞いに来るよ」
「うん。ありがとう、アキト」
面会の終わりに迫り、オレはシャリアの病室から退室。
笑顔で手を振るう彼女に振り返し、先に待っていたイリーナ先生とリフェンスに合流し、アスクレピアを出るべく歩き出した。
「短い間に、しかも私がいないにもかかわらず、随分と仲良くなったな」
「色々な事がありましたし、話の種には困らなかったので」
「そこに俺様のあやとり技の披露を組み合わせれば、シャリアの笑顔を取り戻すなんて容易いぜ」
面会時間のギリギリになって戻ってきたイリーナ先生の小言に、誤魔化しの言葉を伝える。
でも、都合がよかったのだ。おかげで夜叉に関する事柄を口外しないように言えたし、困った時の為にオレやリフェンスなどの各種連絡先も渡せた。
これで、アスクレピアの各所に取り付けられた電話でやり取りが出来る。
「それにしても、よもや本郷博士がシャリアの診察に来ていたとはな」
「すれ違ったんでしたっけ? 何か挨拶とか……」
「いや、何も。天宮司が言う限りなら家族関係の問題に進展があり、悩んでいるように見えたぞ」
「オレも知らなかったですよ、ヤナセ院長が本郷博士の兄だなんて」
「わざわざ母方の姓を名乗っていたくらいだ。何かしらの障害があったんだろうが……まあ、俺らが知る由ではねぇな。こう言っちゃあ薄情かもしれんが、死人に質疑応答はできねぇし」
「ネイバーにネクロマンサーとか降霊師みたいな人いるんじゃなかった?」
「基本、つーかバレたら死刑確定の秘術だぞ。んなもん俺ですら知らねぇし、公にできる訳ねぇ。そも、そういう連中は指名手配犯になってるっつーの」
そういうもんかと聞き流して、アスクレピアの受付でネームカードを返却。
「まあ、思わぬ関係性をお互い知れた訳だし、その筋からまた出会う機会があるかもしれねぇぞ」
「つっても、オレが覚えてるヤナセ院長の記憶なんてロクにな、ん?」
人の捌けた吹き抜けのエントランスホールを抜けよう……としたら、わずかに地面が揺れたように感じた。同時に、バッグに控えたレイゲンドライバーが震え出す。
今まで何も反応を示さなかったリクが明確な違いを見せてきた。まるで何かを警告するように、激しく振動する。
同じく異変に気づいたリフェンスが、先導するイリーナ先生へバレないように様子を見に来た──直後に、甲高い音が鳴り渡る。
それは翅が重なり合う異音であり、風を裂くようにも聞こえてきた。
花火が上がる音に酷似しており、頭上より徐々に、近づいてきている。
誰もが首を、顔を、目を上に向ければ。
『──!!』
死を振り撒く怪人が、吹き抜けのガラスをぶち抜いて堕ちてきた。




