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知り得た喪失

「っ……はあ」


 シャリアの病室を出た本郷博士はしばらくアスクレピアの廊下を歩いた後、人気のない場所で立ち止まった。壁に背を預け、目を覆いつつも天井を仰ぎ見る。

 ニューエイジから、天宮司アキトがアスクレピアに来訪したという連絡。

 それを受け、当人の過去や緑川孤児院の詳細を本人の口から聞ければ、と。


 シャリアの診察にかこつけた行動に罪悪感を抱かずにいられなかったが、天宮司アキトとの接触に成功。

 事は順調に進んでいるように思えたが、孤児院の院長──緑川ヤナセの名を聞き、思わず動揺を隠せなかった。


「兄貴……死んじまったのか、本当に」


 同じ研究者、家族としても敬愛する兄と同等の名前。

 長期に渡って連絡もなく、所在も知れずにいたヤナセは死んでいた。

 信じたくはない。信じられるものか。されど緑川孤児院の調査書にあった、インベーダー強襲による被害内容は嘘などではない。

 当時のニュースで取り上げられはしたものの、ゲートを発端とする災害や事象は、この世に文字通り山のように存在する。


 加えて、インベーダーによって亡くなる者は枚挙に暇が無い。

 未だに未知の分野である彼ら血肉や細胞に至るまで、人類にとって毒となる恐れがあるのだ。その要因として発症した病、死亡した例などキリが無いほどに挙げられる。

 中には肉体が残らず灰となる、全身が破裂して死に至る、食い荒らされて身元の特定が不可能、と肉体の欠損が激しい。


 故にこそインベーダーによって殺害された犠牲者達は総じて、人類敵対種によって行方不明──M.I.A(作戦行動中行方不明)と同等に扱われる。

 そして一斉にまとめた上での鎮魂式典……葬儀が執り行われるのだ。件の緑川孤児院に起きた、凄惨な境遇によって生まれた被害者達も例外ではなかった。


 風に飛ばされ、水に流れ、去っていくが如く。

 日常茶飯事として受け入れられていくが故に、気づく事が叶わなかった。

 その事実はかねてより抱いていたアキトへの疑念を塗り替え、緑川孤児院……緑川ヤナセがネビュラスに関与しているのではないか。


 そんな過去が。

 そんな懐疑が。

 そんな不信が。

 ある種の無関心が招く、あまりにも遅い訃報に合わせ、精神を蝕む。


「っ、くそッ!」


 らしくなく、本郷博士の荒れた声が響く。

 その最中にもマギアブルには断続的に着信が届き、振動を伝える。

 共に送られてきたメッセージには“吸収装置の試行実験について”と、休憩を終えた研究者達からの催促。

 アストライアにとっても、本郷博士にとっても重要な一件。

 しかし今の精神状態に目障りでしかない情報の伝達は、沸々と苛立ちを(つの)らせるのみ。


「……ッ……切り替えろ。私は、本郷だぞ……!」


 だとしても、それでも。

 かつてアストライアにて“両翼”と称された本郷兄弟の誇り、矜持。

 助けられず、掴むべき手からこぼれ落ちていく命を救う為、尽力してきた記憶が自棄に(おちい)りかけた思考を引き留める。

 深呼吸を何度も繰り返し、マギアブルを取り出して耳に(あて)がう。


「私だ、本郷だ。……すまない、仮眠を取っていたが中々起きられなくてな。……私が戻り次第、吸収装置の実験を行う。戦闘部隊各位、並びにニューエイジを招集してくれ」


 通話越しには伝わらずとも徐々に、段々と。

 (ヤナセ)を慕う(タカシ)から、人類を牽引するアストライアの本郷博士へ。

 顔つきと思考を移していった彼は、研究室に歩を進める。

 今はまだ、目先の問題を片付けるべきだと、自身に言い聞かせて。


 ◆◇◆◇◆


 時間は少し戻り、アスクレピア内における歓談スペースにて。

 シャリアの病室を出たイリーナはマギアブルを片手に──通話相手であるマヨイに応答していた。


『すみません、イリーナ先生。アスクレピアにいるのに、急な連絡を……』

「構わん。事態が解決したようで何よりだ」


 イリーナは業務上のトラブルという、事実であり嘘でもある名目で。マヨイによって病室から引き離され、状況の解消に努めていた。

 既に本郷博士とアキトの接触は成され、互いに新たな情報を得た最中。

 通話時間も優に二〇分を越え、ニューエイジは間もなく吸収装置の実験に招集される頃合いであった。


「それにしても、生徒名簿の点検なぞ実習生に任せるものではないぞ。いったい誰に頼まれた?」

『えっと、教頭先生に依頼されまして……“生徒の情報を把握しておく事は、そちらにとても悪い話でないのでしょう”と』

「アイツか。アストライアのお前達を教育実習生として迎え入れるのに、最後まで反対していたからな。間違いなく嫌がらせの類だろう……かくいう私も受けた側だ」


 教頭は地球人でありながらもネイバーに物怖じしない人物。

 しかして実情は自己にも他者にも厳しく、生徒を第一に思いやる教育者の鑑。故に生徒の中に夜叉がいるというアストライアの見解を拒絶し、ニューエイジを毛嫌いしている。


『言い分はもっともですし、実習生として拒否も出来なかったんですよ』

「まっ、さもありなんと言ったところか。教頭は過去、夜叉によって救われた事があるらしいからな。意外にも敬愛しているんだ」

『それはまた、どうして?』


 いわく“報酬は無く、先も無く、報いなど無い”。

 “頼まれも請われもせず。むしろ(そし)りや罵詈を受けて──それでもインベーダーから人類を救おうとする”。

 “その姿勢に惹かれる者がいる事に理解を示す。わたしは敬意を持つ”と。


『随分と熱烈に語り、アストライアよりも信頼に足るとも言っていたな」

『……耳が痛い話です』

「夜叉が異常に強いだけだ。お前達はよくやっているよ」


 肩身の狭い身内話にマヨイはため息を吐き、イリーナは(ねぎら)う。

 そうしながら歓談スペースの椅子から立ち上がろうとして、あっと声を出す。


「そうだ。一つ言い忘れていた事がある」

『なんです?』

「天宮司の欄について、身元引受人に当たる人物の名義変更がようやく承認されたんだ。アイツの義姉を通じて連絡を受けていたのでな、周知させる為にも書き換えていてほしい」

『そうなんですか……分かりました。誰から誰にですか?』

「“緑川ヤナセ”から“ヴィニア”に。姉の方に姓はいらん……ネイバーの牛族は元々無いからな」

『では、そちらの書き換えを(もっ)て引継ぎ完了としておきますね』

「頼んだ。それじゃ、またパフアでな」


 言い切って、イリーナはマギアブルの通話を切った。

 そして再びシャリアの病室へ戻ろうとして、道中で白衣の男性──本郷博士とすれ違う。

 ニューエイジの責任者として幾度か顔を合わせた事のある人物である為、互いに顔見知りな関係性であった。

 だが、どこか彼の様子がおかしい。

 蒼白な顔にフラフラとした足取りで、今にも倒れてしまいそうだ。


「おい、アンタ……」

「…………」


 声を掛けるも反応は無く、追及しようにもそこまでの間柄ではない。

 双方にとって浅い関係性が災いし、気に掛ける事なく、両者は己が目指す場所へ向けて足を運ぶのだった。

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