かつての記憶
「ふむ、シャリア君が面会を求めている事は知っていたが、そうか」
診察している間、オレとリフェンスを病室の外で待機。
シャリアの健康状態を確認し終えた本郷博士によって改めて室内に入る。そうして、どこか白々しい物言いをしながら何度も首を上下に振る彼と、シャリアを挟んで対峙する。
……とても居心地が悪そうにしているが少しの辛抱だ。我慢してくれ。
「アキト君のおかげで彼女は救われた。その点について、心の底から感謝しなくてはな。友達も捜索に協力してくれていたのだろう? 本当に、ありがとう」
「いやぁ、成り行きっつーか放置するのは忍びねぇっつーか」
「救助が遅くなれば、彼女の早期回復は見込めなかった。こうして元気でいてくれているのは、君達の力によるものだ。謙遜しなくていい」
「まあ、ありがたく受け取っておくっす……」
虚実交じりの表情に反して、口から出る言葉は本心を感じさせる。
チグハグな印象を抱かせる相手とのやり取りに、リフェンスは戸惑いを隠せていなかった。イリーナ先生には強く出れるが、こういう人には慎重な出方を選んでいるらしい。
……ここは一つ、強めに出てみるか。
「あの時、本郷さんはマヨイ先生達と一緒でしたけど、知り合いなんですか?」
「彼女達か? ああ、大学時代に専攻していた分野の講義で顔合わせをして以来、何かと発表会やら座談会で出会う機会が多くなってね。卒業した後も相談事を受ける事が多く……話の合う友人関係として親しくさせてもらっているんだ。こんなオジサンが相手では、つまらないだろうに」
真実であっても嘘でもある。そんな感じがするな。
「もっとも、あの日は別件で総合病院を訪れていたんだ。偶然にも意気消沈したマヨイ君達と出会い、行動を共にしていたのだが……」
「そうだ。本郷さん、オレ、気になってる事があるんです。シャリアを助けた時に持っていた注射器って何だったんですか? 何か持病に対する特効薬だったり……?」
マジかお前。
そう言いたげな雰囲気で、でも口には出来ない代わりに、リフェンスは太ももを軽くつねってきた。
「……あのアンプルか。そうだな……詳しく聞いた訳ではないが、アレはそういったシロモノではないそうだ。子どもの命を容易く奪い去る、毒のようなものだった。シャリア君によれば“せんせぇ”なる者に、アンプルを打つように言われた折、恐怖を覚えて病院を抜け出したそうだ」
「なんだってそんな事を?」
「そちらに関しては警察とアストライアが共同して捜査に当たっている。が……予想だろうと本人がいる所で口には出来ない。すまないな」
「いえ、教えてもらってありがとうございます」
さすがに怪人化薬、志島カリヤがどうのこうのと明言するつもりはないか。
リフェンスは分が悪いと判断したらしく、持ち込んできた糸を取り出す。そのまま難度の高いあやとりを披露し、シャリアの気を引き始めた。
「しかし、こうして話していると見た目の割に礼儀正しい印象を持つな、君は。ああ、気に障ってしまったなら申し訳ない」
……懸念していた通り、こちらを探ってきたか。
「姉の教えが良かったのかもしれません。といっても、義理になりますが」
「義理の? どういうことだ?」
「オレが世話になっていた孤児院がインベーダーの強襲で無くなり、帰る場所が無くなったんです。その後、既に独り立ちしていたヴィニア姉さんに引き取られて、一緒に暮らしています」
「それは、なんとも……申し訳ない。踏み込み過ぎたな」
「もう吹っ切れた事ですから」
オレの境遇にやるせない気持ちを隠さないが、芝居的な仕草にも見える。
既に情報として知っているのか? アストライアの人工知能はリクと同等の情報収集・演算処理能力があるらしいし、大体の調べは付いてるっぽいかな。
だが、何の要因でオレを調査しているか。その一片だけでも知らなくては。
「でも、当時は院長に悪い事をしたと思ってるんです。事故で家族を失ったオレへ親身になってくれていたのに、それを突っぱねて。受け入れようとした頃には施設が無くなって、全てを失った」
「アキト君……」
多くの、本当に多くのモノを、この手からこぼしてきた。
ありふれた本物も、与えてくれた幸せも。そうして今、ようやく成り立った未来を生きている。
思わず溢れた本音に、痛ましい顔を向けてくる本郷博士に笑い掛けた。
「あまりにショックな事態が続いて、事故以前や孤児院時代の記憶もあやふやなんです。でも、こんなオレにも院長は」
かねてから、忘れかけていた大きな手のぬくもり。
無気力で、嫌だ嫌だと言っても抱き締めてきた彼なりの愛情表現。
“彼だけでも、守らねば”と……落ちてくる天井から突き飛ばして、オレを助けてくれた院長の記憶を少しだけ思い出した。
「──ヤナセ院長は身を挺して助けてくれた。だからオレは、この命がある限り生きていたいんです」
「…………は」
マシロさんとの語り、院長の昔話によって。
思い起こされた名を口にした時、本郷博士の顔が初めて真顔になった。
纏う雰囲気も強張ったものとなり、遊びながらも様子見に徹していたリフェンス、シャリアでさえも顔を向ける。
「どうかしました?」
「その、ヤナセ院長というのは……“緑川ヤナセ”で合っているか?」
「はい。訳があって母方の名字を名乗ってるとか、噂話程度に聞いてました」
「そう、か。そう、だったのか」
急に様子のおかしくなった本郷博士は黙り込み、顎に手を当て考え出した。何か不審に思うような話だったか?
「院長がどうかしました?」
「……身内の事情になるが、私の兄である本郷ヤナセと名前が似ていると思ってな。元々は私と同じ職場で働いていたのだが、後任に全てを任せて施設を経営すると言い出したんだ。かねてから突拍子の無い言動の多い兄だったが、退職して以降長らく連絡が取れず、行方も知れなかったのだが……」
「まさか……でも、苗字が違う?」
「うむ。だが君が言った通り、私の母方の名字も緑川なのだ。全く関係ない可能性もありえるが……よもや君との会話で手がかりを得られるとは」
どこか表情に影を落とし、深く吐息をこぼした本郷博士。その気持ちは理解できるが、オレにとっても驚きの情報だ。
院長が本郷博士のお兄さんだって? 兄弟がいるなんて、聞いた事がなかった。孤児院の皆に気を使って、家族関係の話をしなかっただけかもしれないが。姉さんなら本当かどうか知ってるかな?
しかし、オレを調べている根本的な理由を引き出せていない。どれだけ受け答えをしても核心に迫っていない気がする。
そもそもオレみたいな子どもと話してくれてるだけでもありがたいのに、易々と打ち明けたり、察せるような事を言う人ではないか。
とは言っても、こんな風に顔を合わせる機会なんて滅多に無い。どうにか追及できな──“ピピピッ、ピピピッ”。
「マギアブルの着信音……?」
唐突な電子音に呟けば対面の本郷博士がうろたえながら、自身のマギアブルを取り出し、急いで着信を切った。
「あ、ああ、私のだ。マナーモードに切り替えるのを忘れていた……大人として恥ずべき行いだな」
そのままマギアブルの画面を見つめ、少ししてから席を立つ。
「急用が入ったため、私は失礼するよ。面会に押しかけ、歓談の最中にもかかわらず診察の時間を頂いて感謝する。それでは」
早口で捲し立てるように。
止める間もなく本郷博士は病室の扉へ向かい、一礼してから出ていった。怒涛の勢いに押されて無言の時間が過ぎる。
「……ひとまず危機は乗り切った、って事でいいのか?」
「結局なんでアキトを調べてるかはてんで分からず仕舞いだがな」
高難度のあやとり技を披露したまま、リフェンスは病室に置かれたクマのぬいぐるみに無詠唱で魔法を放つ。
それは既に掛けられていた盗聴魔法に反発するような発光を繰り返し、されど次第に治まっていく。
「とりあえず杜撰な盗聴魔法は解析して、磨耗に見せかけて破壊した。これでぬいぐるみはただの置き物になったから、普通に話していいぞ」
「ありがとう。……シャリアもごめんな、こっちの事情に付き合わせて」
「う、ううん、いいの。というか、私より小さな子がしっかりしてるのに、任せっきりになっちゃって申し訳ないし……」
「そんなの気にしなくていい。それより夜叉について知った以上、君にお願いしたい事が──私より小さな子?」
椅子に座り直してから今後の議題を挙げようとして、シャリアの妙な言い回しに問い掛ける。
リフェンスも疑問に思ったのか、あやとりをやめて顔を上げた。
「言ってなかったっけ? 私、今年で十六歳だよ」
「「オレより年上……!?」」
背格好から完全に同い年か下辺りだと思っていたオレ達に、シャリアはきょとんとした顔を見せてから苦笑を浮かべる。
いわく、故郷でも背丈が小さくて両親に心配されていたらしく、こういった反応は珍しくないそうだ。
だからとてド失礼にも程がある態度を取ってしまった事は許されない。
リフェンスと共に謝罪してからイリーナ先生が戻ってくるまでに、改めて夜叉に関する口止めや願い事を伝えるのだった。




