白亜の室内にて
アスクレピアの個人用病室。
大人が二人、子供が二人でもそれなりに広い室内で、オレは声を掛けてくれた少女と向き合う。
「久しぶり……あのビルで君を見つけて以来だな」
「これ、見舞いのお菓子な。何がいいかわかんねぇから、とりあえず良さそうな詰め合わせを持ってきたぜ」
「あ、ありがとう」
リフェンスの差し出した洋菓子のプレゼントボックスを受け取り、少女は惑いながらも受け取る。その手は柔らかな色味を持っていて、しっかりと食事を摂っている証拠でもあった。
プレゼントボックスを見つめる少女の周りには、テレビが設置されたキャビネット、花が生けられた花瓶、多種の色鉛筆にスケッチブックなどがある。
恐らくは看護師さんなどが手配してくれたのであろう。少女の私物らしき物品を見るに、ある程度は元気を取り戻しているのだと理解する。
「さて、君が面会を望んでいた手前、お互いに名前を知らないのは不便だ。手始めに自己紹介といこうか。私はネイバーのイリーナ、二人が属する学び舎の教師をやっている」
「俺はリフェンス。見ての通り、異世界から地球に留学してきたエルフ族だ。そんでこっちが、君を探し当てた張本人!」
「アキトだ、よろしく。君は?」
方や少女に分かりやすく、方や大仰な仕草で。
前にも伝えたが、覚えていない事を考慮して簡素に名を告げて、返答を待つ。
少女はプレゼントボックスをキャビネットに置き、代わりに手元へスケッチブックを持ちながら口を開く。
「わたしは、シャリア。ハレフ村にいたけど、ゲートに巻き込まれて……」
「無理に思い出さなくてもいい。言いたくないなら、言わなくても大丈夫」
ぎゅっとスケッチブックを抱えた少女──シャリアがわずかに見せた震えと怯えた表情。本人の口からでないにしろ、把握している以上、わざわざ言わせなくともいいはずだ。
オレの言葉にシャリアはコクリと頷き、深く息を吐いた。
「ごめんなさい……」
「いいよ。それで、面会の理由なんだけど」
「うん。あの日、助けてもらった事を感謝したくて、看護師さんに会えないか相談してたの。そしたら、あなたと知り合いっていう人が通りかかってくれて」
「アストライアにいるアキトの知り合いぃ? そんなヤツいるか?」
「女の人、だったよ。少し焼けた肌の」
「マシロさんか。そういえば本業の方で仕事を依頼されて、アストライアに出向してるって言ってたか」
「あの喫茶店の店主か。自営業のみならず、手広く働いているんだな」
感心するようなイリーナ先生の言葉に首肯する。
どういった経緯で面会の希望がオレに結び付いたのか不明だったが、なるほど、マシロさんが発端だったんだな。
夜叉とニューエイジの双方に顔が割れている上で、シャリア関連の事情にもある程度明るいから、似たような話題が聞こえて食いついたのだろう。
そして情報を間接的に扱う事で、関係性を指摘されないように。
彼女なりの判断でニューエイジのマヨイ先生に頼み、そして共有したイリーナ先生からオレ達へと伝達していったのか。
ひとまず夜叉に関する事柄が関係して、マヨイ先生達が気に掛けていた訳ではないらしい。思案していた考えを潰す。
「だから、遅くなったけど……助けてくれてありがとう。あのままだったら、わたしはたぶん……」
「間に合ってよかったよ。あんな見るからに危ないモノを打つなんて、何が起きてもおかしくなかったし」
「今は命がある事を喜ばねぇとな」
「うむ。何事もなく健康なようで何より……むっ、すまない。通話が掛かってきた……少し席を外すぞ。構わず話していてくれ」
お互いに硬い空気が無くなり、雑談を交わし始めたくらいで。
マナーモードにしていたマギアブルを片手に、イリーナ先生が病室を出る。
「パフア校の業務引継ぎで不備でもあったのか?」
「生真面目で厳格とはいえ、イリーナ先生だってミスはするんじゃねぇか。それよか、そのスケッチブック、大事に抱えてるが……どんな絵を描いてるんだ?」
「っ、えっと、こんなの」
あっけらかんと言い放ち、話題の種を探して絞り出したリフェンスの問いに対して。
予想外に、シャリアは意を決したような表情で。一度だけ、目線を室内の隅へ向けてからスケッチブックを……オレに手渡してきた。
「ん? オレから先に見ていいのか?」
「ううん。貴方にこそ、見てほしいの」
妙な言い回しをするシャリアへ首を傾げ、おもむろにページを開く。
始めに飛び込んできたのは、故郷の風景画を描いたものだった。芸術の良し悪しは分からないが、山間の牧歌的な雰囲気が色鉛筆の淡い色遣いによって表現されている。
「へぇ……いいな、これ。なんだかほっとするような感じがする」
「どれどれ? おおっ、確かに……上手いもんだなぁ」
リフェンスも絶賛する程の腕前を持つシャリアに目線を上げれば、頬を赤らめて嬉しそうに微笑む。
そうして次のページを開いて──まっさらな白紙が広がる。
さすがに短期間でそう何枚も描けないよな、と納得しかけた時、そのページの端に文字が書かれている事に気づいた。
慣れない日本語で書いたのだろうか。色鉛筆で薄く、消えかかっているような筆圧で、しかし確かに。
【貴方は夜叉なの?】
静かな疑問を投げかけられ、目を見開く。
勘づいたリフェンスも動揺を悟られないように仕草を抑え、目を細めた。
【いえ、そうでなくても気をつけて】
そして、続けて並んだ文へ視線を添わせれば。
【アストライアが、貴方を調べてる】
驚愕の真実が、粛々と打ち明けられた。




