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本郷博士の思惑

「ふむ……」


 区画で分けられたアストライアの研究施設。

 その廊下を歩き、時に研究職員と挨拶を交わしながら本郷博士は悩んでいた。志島カリヤが目を付けている少年、天宮司アキトについてだ。

 未だアストライア上層部へ伝えるべきでないと判断し、ニューエイジと博士のみが認知している情報。


 荒れ果てた室内に残されていた、怪人化案件の手がかり。

 発見された内の一つ、通院者の診断書に書かれた文言──最高傑作とは、一体なにを指しているのか。


 額面通りに受け取ればアキトはネビュラスの手が掛かった者なのだろう。しかし、それが実験体および改造人間という意味合いを含むのか。仮にそうであったとするなら、アキトの経歴は詐称されている事になる。

 だが、人工知能であるロゴスの高精度な身辺調査に不備や偽造の違和感、痕跡は見られなかった。


「五年前、東京都内で発生したゲート災害に被災。当時応援に駆け付けたアストライアの戦闘部隊によって救助、学園島へ搬送され命を取り留めた。だが、家族や親戚類を一日にして失い、その身柄は学園で経営されていた施設……“緑川孤児院”の預かりとなった」


 ロゴスがまとめた書類の写しを見下ろし、誰に聞かせるでもなく独り言つ。


「孤児医院には一年ほど在籍してたものの学園島で発生したゲート、及び出現したインベーダーの急襲に合い、彼を除いて壊滅。当人も全治三ヶ月、意識不明の重体となったが奇跡的に息を取り戻した。そして、わずか二週間足らずで完治、リハビリに専念し退院……?」


 以前にニューエイジから依頼され、調べた際にロゴスが違和感を抱いた部分。

 異世界との繋がりが出来て以降、地球の医学は目覚ましい成長を遂げている。

 全くの未知であった魔法や錬金薬、薬草や霊草といった存在の出現、加工法によって……だが、それでも凄まじい速度で快復している。


「その後、先に独り立ちしていたネイバー、ヴィニアに引き取られ生活を共にしている、と。妙な部分は確かにあるが、まだ断定は出来ないな」


 命の危機からの復活という事例は少なくとも有りはする。それだけで、ネビュラスの手を受けた者であるとは考えにくい。

 では──時期を考慮すれば?

 アライアンス内で【超人計画】が提唱されたのは一〇年前。程なくしてパワードスーツによる兵力増強が可決された時には非人道的すぎる、と。計画に関与した人材、資料は散逸か棄却され、続行される事はなかった。

 その頃から秘密裏に、カリヤがネビュラスとして動いていたなら、関係している可能性はある。そうなれば、必然的に疑いの目が向けられるのは……孤児院だ。


「孤児を救うという名目で被験者を集め、怪人化薬の実験を繰り返していた。その内情が漏洩しかけたが故に、インベーダーの強襲に見かけて施設共々、人員を始末した。少々突飛になるが、筋書きとしては合っているか……天宮司アキトだけでなく、ヴィニアという女性も気になるところだ」


 経営状況、資金繰り、雇用状態、責任者。

 ネビュラスのダミー会社、もしくは隠れ蓑とでも言うべきか。緑川孤児院への疑いを思考に置き、調査段階で割り出された資料を流し見る。


「彼と直接話せる機会があればいいのだが……と」


 不審な点が無いか精査しようとする内に、足は目的の部屋へ辿り着いていた。資料から顔を上げ、ネームプレートを専用機器にかざし、自動ドアを開ける。


「失礼、調子はどうかな?」

「お疲れさまです、本郷博士。こっちは万事順調ですよ」


 白を基調とした室内に足を踏み入れ、迎え入れるのは(せわ)しなく動く研究者達。

 数多くのモニターと実験器具、そして部屋の天井まで届くほど巨大なガラスで分断された奥で、鎮座する物体。

 ライトアップされ、鈍色の光沢を放つそれは金属だ。

 真四角に成形され、しかし表面は螺旋状の波紋を広げ続ける不可思議な合金。


「すまないな、マシロ君。無理を言って、私達の手伝いをさせてしまって」

「いえいえ、問題無いですよ。加工技術に関してウチはそれなりに得意ですし、整備上、相手取る事も多いんで」


 バインダーを手に持ち、計測する女性。

 夜叉陣営のエンジニアであり“逆波モーターズ”の技術者として。

 その場に立つ逆波マシロは本郷博士を迎え入れ、再び合金へと視線を向ける。


「にしても、これがニューエイジのフレスベルグ、夜叉のパワードスーツに使用されている装甲の元ですか」

「ああ。精神感応式強度増幅合金──アダムスだ。装着者の神経に作用し、含有するナノマシンによって硬度・強度・密度を自在に変化させる事で、多彩な環境に適応する性質を持つ。基板としての機能も保有するが故に、高精度の情報伝達システムを搭載する事も可能だ」

「アブソーブシールドの展開補助、夜叉の吸収能力にも作用してるとか?」


 情報を補足するように。

 既に、ヤシャリクの整備を行う過程で知り得ていても、無知を装ったマシロの発言に頷く。


「凄まじい汎用性と適応力がある分、取り扱いが難しい物だ。夜叉にはアーティファクト。フレスベルグには“ラケシス”“クロートー”“アトロポス”という特別性の制御コアを取り付ける事で、フルスペックでの実用化に至った訳だが」

「他の戦闘部隊やテクニカルに使用しているアダムスは、共存可能なラインにまで他の金属と組み合わせ、純度を薄めてるんでしたっけ?」

「一般的なパワードスーツは三〇でフレスベルグは七〇。六〇パーセント前後を越えれば吸収能力を活用できる段階になるな」

「夜叉はどれくらいなんです?」

「純度一〇〇パーセントのフルアダムスフレームだ。そのせいでアーティファクトと過剰に反応し、装着者の命すらも奪い尽くす性質を持ってしまったが……」


 苦虫を噛み潰したような表情の本郷博士の隣で。

 顔には出さないが、聞けば聞くほどヤシャリクに完全な適性を保有するアキトのトンデモさ。そしてヤシャリクの性能を完璧に引き出す強さに、マシロは心中で口笛を吹く。


「だが、今回ばかりはアダムスの力を使いこなす必要がある。夜叉ほどとはいかずとも、怪人化薬によって苦しむ者を助ける一歩となるやもしれん」

「使用者の命を危険域に(おちい)らせないギリギリのラインで、吸収能力を行使する兵装および装置の開発。上手くいけば、画期的な発明になりますよ」

「出来る出来ないではなく、やらねばならん。幸いアダムスの安定化と装置の設計は済んでいるんだ。後はデータを送り込み、専用の立体造形装置で加工するとしよう」

「分かりました」


 天宮司アキトにまつわる不穏の裏で。

 アストライアもまた、夜叉に負けじと精を出すのだった。

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