世界の守り人
ゲート発生地点から離れ、大空を駆けて、オレはパフア専門校の屋上に降り立った。
リクの隠蔽能力、ヤシャリクの機動力によってアストライア、ひいてはニューエイジの追跡を恐れることなく。
レイゲンドライバーに挿したマギアブルに手を掛けながら、校内に続く階段への扉を開き、引き抜いて変身を解除。
段差を降りていくたびに身体に纏っていたヤシャリク、レイゲンドライバーが粒子のように溶けていき、徐々に人間態としてのリクへと変化していった。
『くーっ、良い感じの魔力を得られたのぅ! おまけに小型のインベーダーも狩れた! ワイバーンやゲートに比べれば微々たるものとはいえ、塵も積もれば何とやらじゃな!』
明瞭な上半身と比べて足先は半透明で、空中を浮遊しながら寝起きのように。
背筋を伸ばしたリクは腕だけ実体化させて、オレの頬を突いてきた。
『感謝するぞ、アキト。お主のおかげで腹が膨れたわい』
「そりゃよかった。リスクを背負った甲斐があったよ」
『うむ。ついでにヤシャリク内に眠っていた武装も解放できそうじゃ。これでもっと強くなれるぞ!』
「ヤシャリクの性能とフツノミタマだけで充分強力なのに?」
『おう! 次の戦いを楽しみに待っておれ!』
「そんな気楽に待てないよ……」
無邪気に笑みを浮かべるリクの手から逃れるように、人目を気にして避難先であるシェルターを目指す。
初めての変身から、これまでも何度か戦闘を繰り返し、強力なインベーダーを討伐していく内にヤシャリクはどんどん力をつけていった。
ひとえにそれはレイゲンドライバーに埋め込まれたアーティファクト、殺生石が持つ特別な吸収能力によるところが大きいという。
瞬間移動じみた速度を誇り、空を駆けることも可能な機動能力“天翔”もインベーダーの魔力を吸収した事で開花したものだ。
基本的に“天翔”とフツノミタマさえあれば、大抵のインベーダーはどうとでも対処できる。どうにかできなかった記憶は無い。
『にしても、不思議な縁じゃのう。儂らが初めて逢うた夜、ニューエイジも出現したゲートの調査に出てきおった。そこから彼奴らとの近からず遠からずな関係が続いとる訳じゃが……まさか全員、教育実習生だったとはな』
「通信、傍受してたの? なんて言ってた?」
『相変わらず儂らの正体を推測しとったようじゃ……が、任務を目的としてパフアに送り込まれた可能性があるのぅ』
全身を透明化させ、魔力探査に掛からないよう姿を隠したリクと話しながら三階、二階と慎重に下っていく。
「任務、任務ねぇ……なんだろう? 異類原生生物保護団体のテロリストがアストライア関係の施設を狙ってる、みたいな話を聞いた事があるし、それ関係かな?」
『さてな。随時ヤシャリクの状態を分析し、読み取っていた訳じゃし……装着者の大まかな身体的特徴を把握して、パフアを調査する名目やもしれんぞ』
ヤシャリクの全長は一八〇センチ。フレスベルグは二〇〇センチ越えで負けているとはいえ、外見から見れば大人が装着していると考えるのが自然だ。
しかし最新鋭機というだけのことはあり、分析能力は高い。
いくらリクの情報遮断能力が優れてるとしても、接近されたら内部の装着者がどんな存在かを、透視するように推し測るぐらいは出来る。
「背格好から夜叉の正体が、パフアに在籍してる誰かだとアストライアは判断したのか。マヨイ先生と、他の実習生に近づくのは危なそうだな……」
『儂は変わらず家で待機しとった方がよかろう。無駄な魔力消費も避けられる』
「その割に転移魔法より消耗の激しい実体化を普段から繰り返してるだろ」
『はて、なんのことやら記憶にござらんな』
輪郭しか見えないが、ぬけぬけと袖で口を隠しているのがはっきりと分かる。
ため息を吐きたくなる気持ちを押さえ、一階に降りた時、職員用の出入り口が騒がしいことに気づいた。
ふと視線を向ければ──こちらへ駆け出しているマヨイ先生と、見覚えの無い二人の女性が後をついてきている。
マズい、ゲート処理が終わったから三人共パフアに帰ってきたんだ……!
「やっべ」
『儂、バレんように黙っとくぞい』
「そうしといて……!」
完全に気配を霧散させたリクを横目で確認していると、瞬時に距離を詰めてきたマヨイ先生に肩を掴まれた。
「天宮司くん、どうして!? 皆と避難してたんじゃ……」
「え、えっと移動する直前、お腹が痛くなってトイレに行ったら、避難しそびれました……すみません」
「なんてこと……いえ、今は無事を喜ぶべきですね。リン先生、エイシャ先生。私はこの子をクラスへ連れていくので、ここで別れましょう」
「わかった。では、また後で」
エイシャ先生と呼ばれたダークエルフのネイバー女性は手を挙げ、二階へ続く階段を上がっていく。
「よかったねぇ、パパッとゲート被害が収束して。すぐに帰れると思うから、マヨイ先生についてくんだよぉ」
どこか間延びした口調のリン先生は頭を優しく撫でてから、踊り場で待っていたエイシャ先生とこの場を後にする。
フレスベルグを装着していないニューエイジの三人が、つい先ほどまで一堂に会していた。生きた心地がしない状況だ。
「それじゃあ、行こうか」
「はい。……怒られますよね」
「大丈夫です。私も説明しますから」
微笑みを浮かべるマヨイ先生を見上げながら、迂闊な事を口走らないように廊下を歩く。
マギアブルを通して事態の収束を把握した教師たちの手によって、シェルターを出たクラスの皆と合流。
案の定イリーナ先生からお小言を貰う寸前、差し込んできたリフェンス、マヨイ先生のフォローのおかげで、口頭注意だけでお咎めは無しという着地点に落ち着いた。ありがてぇ……!
その後、半ドン上がりと時間的な理由も相まって生徒は下校することになった。
帰りのホームルーム中、ニューエイジとして出動していた疲れなど微塵も見せないマヨイ先生にお礼を伝えてから校舎を出る。
生徒の波にまぎれてパフア専門校の敷地を抜けて、ようやく深く息を吐き出した。
「な、なんとかなった……」
「お疲れぇい、アキト。大丈夫だったか?」
「運が悪ければ帰還してきたマヨイ先生たちと鉢合わせするところだった」
「正体速バレの危機じゃん?」
『なかなかスリルがあったのぅ』
駆け寄ってきたリフェンスと歩いていたら、存在を希釈化させていたリクが半透明な全身を浮かばせる。
「おっ、リクさんちーっす。今日もたわわな果実とお肌が輝いてますねぇ!」
『そうであろうそうであろう! 栄養たっぷりな魔力を得られてハリツヤがさらに増したぞ!』
「ひゅーっ! 最高っすよ!」
「相性いいよな、二人とも」
『ヤシャリクの適性は全くないがな』
「仮にあったとしても装着者の命を吸い取るパワードスーツは遠慮しとくわ」
「俺の心配はないのか……?」
『お主は歴代の装着者の中で類を見ないほど相性が良いからのぅ。初めてじゃぞ? デメリットも無しにヤシャリクの性能を完全に引き出す者など』
「身体だけは最高な相性の関係、ってコト……!?」
「その言い方やめてくれ」
悪ノリだらけな面子で居住区へ線路を伸ばす魔導トラムへ乗り込む。
乗車券代わりにマギアブルでタッチ決済。終えた後、人気の無い乗車口近くに三人で陣取る。
幸いにも、リクのような人工知能は学園島だと珍しくない。自由に会話し、自由に考え、自由に行動する。ネイバー側の技術でも、現代科学でも解明されない様々な分岐点──シンギュラリティポイントを超えたと見なされた人工知能。
彼らは一様に人権を獲得できるため、自身の維持を目的とした勤労や納税、教育が義務付けられている。ごく自然に、公的機関を利用する権利も持っている。
肉体を持たない性質上、あらゆる要因で問題視されることも確かに多い。法律で禁止されている中でもデータ化された記憶、機密の保持という機能の観点から学術機関に追従させるのは重罪とされている。
だからパフアではリクに姿を消してもらっていた。だが、外で見られる分には問題はない。
そして学園島で見られる人工知能のほとんどがそういった類の種族として認可されている。こうして会話していても周りに不審がられることはない。
……実体化などの形態変化機能を持つのはリクぐらいだろうし、見た目も……ちょっとカスタマイズが行き過ぎていると思われる程度だ。
他の生徒の姿も散見される中、緩やかに動き出す二車両編成の車内ディスプレイには、先ほど収束させた中型ゲートの速報が流れていた。
「ニューエイジの活躍と突然姿を現した夜叉に関するニュース……」
『つい先刻の物じゃろうが、随分と雑に撮られた映像じゃのう。ブレているにも程があろうて』
「なんか盗撮みてぇなアングルだな。……おーおー? 現場を知らず、見てるだけしか出来ねぇ政治家どもが好き勝手に言ってやがるぜ」
リフェンスは心底軽蔑するような口調で吐き捨てる。
画面の向こう側にいるコメンテーターは夜叉に対して、罵詈雑言を撒き散らし、聞くに堪えない内容を口にし続けている。
あんな危険人物をアライアンスはなぜ放置しているのか。
最新鋭機を揃えたニューエイジでも捕縛は出来ないのか。
民の税金で成り立ってる組織の癖に役立たずじゃないか。
夜叉どころかアストライア、ひいてはアライアンスの存在意義すら否定したくて仕方がないのだろう。
自分たちが普段、いったい誰に、どんな組織に命を救われているのかを理解できていない。いや、理解した上で大衆を煽ろうとしているのか。
統計的に考えても、実際に救われた人の方が多い組織を悪し様に言ってのける連中を、好ましいと思う者は多くない。
少なくとも、夜叉本人として。
利己的、利害関係からもたらされた結果だとしても。
不安や恐怖に震えていた人達を助けられた事実がある以上、彼らの言葉を信じる意味はない。
「まったく嫌になるねぇ。あんなのでも国の経営に関われるってんだからな」
『賢者は過去に学ぶが、愚者は経験にしか学べん。せめてテロ屋どもの牽制に精を出してもらえれば、ありがたいのじゃがなぁ』
「そこまで理性的にもなれない連中が騒ぎ立ててんだ、期待するだけ無駄だっての。……アキト、平気か?」
「ん? ああ、大丈夫」
「なら、いい。……そうだ、俺もアキトん家で昼メシ食っていいか?」
「姉さんのことだし、多めに作ってるだろうから大丈夫だと思う。でも、なんで?」
「バッカお前……献身的に家庭を支える気概! 全てを受け入れる包容力! ボンキュッボンのナイスバディを! 一秒一分でもこの目に焼き付けたいと思う気持ちが分からねぇか!?」
「リクで我慢できない?」
「ジャンルが違うッ!」
『儂、怒っていいよな? これ』
「せめてマギアブルに保存してる秘蔵画像の全削除で許してあげて」
「おっとやめろ。心は硝子だぞ?」
◆◇◆◇◆
一言多いリフェンスのマギアブルを遠隔操作しようとするリクのやり取りを横目に、アキトは窓の外へ視線を移す。
通り過ぎる商業区からインベーダーの死骸、ゲート発生の原因を調査するアストライアの部隊。フレスベルグとは別のパワードスーツを装備していることから、ニューエイジとは別の部隊だと分かる。そんな部隊を地球人とネイバーの混合野次馬が眺めようと、規制線の外側で群がっていた。
隣り合わせの世界が発覚したことから混じり合い、変遷し、新たな常識が蔓延した日常の風景。綱渡りなようで均衡を保っている普遍な時間は、絶えず過ぎていく。
──幾人もの守り人によってもたらされた平和を、謳歌しながら。