ヴィンテージヒーロー
『……』
緩慢な時の流れの中で、特徴的な赤いマフラーをひるがえしながら。
何を言うでもなく、紅の双眸でワイバーンを見上げる夜叉はおもむろに、腰に下げた刀の鯉口を切る。
次いで体がブレたかと思えば、バイザーに影すら残さない高速の抜刀術が、ワイバーンの頭部から尾の先まで斬線を飛ばす。
溜め込んでいたブレスが霧散し、両断されたワイバーンは血飛沫を上げて絶命。
落下し始めた死骸は返しの刃で切り刻まれ、腐敗毒を溜め込んだ器官を一切傷つけず細切れに。
商業区の一部を血に染めながらも被害を食い止めた夜叉は、ワイバーンの体内から露出した帯電器官。握り拳ほど大きな雷の竜石に飛び掛かり、引き抜いたまま別の屋上に着地し──砕いた。
『……っ』
通常であれば蓄えられた膨大な電属性の魔力が辺りを破壊し尽くす危険物だ。
しかし夜叉はためらうことなく砕き、秘められたエネルギーをその身に吸収。体から紫電を散らしつつも、何ともないように手を握っては開く。
そして次なる目的地、ゲートへ跳び立とうとしている。
『っ、待ちなさい!』
だが、アストライアの部隊として見逃す訳にはいかない。
マヨイと合流したリン、エイシャも合わせてブレードの切っ先を夜叉に向け、制止を求める。
『アナタにはアストライア武装開発研究機関に保管していたパワードスーツ“ヤシャリク”及び、展開型デバイス“レイゲンドライバー”を盗難した容疑が掛けられています!』
『今なら民間人や建造物の保護に動いたってことで、情状酌量の余地もあるから罰は軽くなるよぉ?』
『世間はともかく、人類の守護を目的として行動する貴殿をアストライアは悪いようにはしない。出頭してはもらえないか』
密かにブレードを対人捕縛用の出力設定に。ニューエイジはすぐに接近できるようスラスターを調節。
最高速で身柄を捕らえるべく身構えるものの、夜叉は一切動じることなく、指先をゲートに向ける。
困惑するニューエイジのバイザーに新たなインベーダーの反応が指令室から送信された。ワイバーンほどとは言わないが、小型のものが数体。
『……』
ここで手をこまねいている内に、商業区の被害原因となるやもしれない。
早急に対処すべきと無言なままに指摘している夜叉は、ニューエイジへ振り返ることなくゲートの方面へ跳んでいった。
……最新鋭機のフレスベルグ。最高出力のスラスター速度と同等の速度で、空を駆けるように。
『応答は一切無し……仕方ありません。夜叉との共同戦線に移行します』
『毎度のことながら、無口だよねぇ』
『可能な限り、穏便な手段で身柄を抑えたいところだが、そう上手くはいかんな』
『致し方あるまい。互いに疑わしいと思われていては警戒するのも理解できる。……それにスペック上、フレスベルグはヤシャリクを上回る性能を誇るはずだが、あのパワードスーツには特殊な力がある』
『アブソーブシールドの雛形である吸収能力ですね』
博士の発言にマヨイは答えながら、ハンドサインでリンとエイシャに記者たちの避難を優先させる。
『そうだ。先ほどワイバーンの帯電器官を砕き、ヤシャリクに吸収させていたようにな。魔力やエネルギーといった単純な動力補給源としてではなく、攻撃や防御、支援と形を変えて転用させる超技術。それを可能としているのが……』
『レイゲンドライバーに埋め込まれた“殺生石”。かつてのゲート被害による混乱の最中、インベーダーへの対抗手段として生み出された、究極にして原初のアーティファクト』
先んじてゲートから漏れだしたインベーダーの対処に動く夜叉に合流。
ヤシャリクの基本兵装であるフツノミタマはフレスベルグのブレードよりも原始的でありながら、圧倒的な攻撃性能でインベーダーを切り捨てていた。
『討伐したインベーダーから採取したあらゆる細胞片を培養、再構築。命を吸わせ続けてきたことで成長し、進化し、意思を持った人造生命体とも呼べる代物。……性質上、適性を持つ者以外の命を奪い、ヤシャリクを装着できた者たちですら、命を蝕まれ衰弱していった。止めようにも魅了でも掛けられたかのようにヤシャリクを求めて、戦い続け、そして死んだ。まるで妖刀のように……私が作りあげてしまった、葬るべき負の遺産だ』
『だからこそ、夜叉を捕縛しようと躍起になっているのでしょう? ニューエイジ以外の部隊を活用し、捜索隊を組んでまで。装着者の命を守る為に』
『今さら、過去の清算をしようなど図々しいことかもしれん。それでも……護国の為にと命を燃やした彼らの意思とヤシャリクに、これ以上泥を塗るようなマネはさせたくないんだ』
通信を交わしながらも、手は止めない。
追加で飛来してきたインベーダーを駆逐し、最後に中型ゲートが残る。
『アストライアの保管施設が上位インベーダーの強襲によって破壊され、レイゲンドライバーを紛失し、夜叉の姿が視認されるようになってから三ヶ月。こちらで確認している以上にヤシャリクを使用しているとなれば、装着者の命は既に危険域に突入している』
『すぐにでも身体検査を実行したいところですが、強硬手段に出ても夜叉本人のスペックが高く、気づけば姿を消している事が多い』
『反応を追跡するにも、レイゲンドライバー自体が発信源を特定されないように細工している。あらゆる機関を欺きつつ、されどゲート被害に対処していることから予想するに……』
『装着者とヤシャリクの意思が共存しており、何らかの利害関係を結んでいる、と』
これまでニューエイジ、博士と共に収集した情報から出された結論の直後。
ゲートの直上へ身をひるがえした夜叉がフツノミタマを振り下ろす。煌めく鈍色の刃が、ワイバーンと同様に中型ゲートを両断し、溶けるように霧散していった。
流れるように素早く、ゲート被害を収束させた夜叉は、近くの建物の屋根上で残心したまま周囲を警戒。異常が見当たらない事を確認してからフツノミタマを納刀する。
『待って』
踵を返す夜叉の背後に降り立ち、声を掛ける。
フレスベルグのブレードを収納し、戦意が無いことを示してから。
『アナタは、何者なの? これまでも、今日だってそうよ。どうして話さないで、私たちの味方をしてくれるの?』
『……』
夜叉は答えない。マヨイは出会う度に声掛けし、呼び止めてはいるが反応は無い。
不気味なほどに静かな時間が流れる。遠くの方からこちらへ飛んできているリンとエイシャの姿が確認できた。
彼女たちが到達すれば夜叉は逃走するだろう。その前に、今回行動した理由を問いたかったのだ。
無機質な紅の双眸と見つめ合い、少し待ってから、夜叉はおもむろに指を差す。
本人を視界から外さないようにしながら目線を向ければ──そこには定食屋があった。
『はい?』
なぜ定食屋を示した? 何の意味があって? あの店に何かあるのか?
想定される様々な理由の後に次いで、夜叉は区画に設置された音響設備へ指先を向ける。
学園島内へ響き渡るスピーカーは時報も兼任しており、節目の時間で民謡の曲が流れる……と考えた所で、マヨイの中で点と点が線で繋がる。
『……まさかとは思うけど、昼食の時間だから?』
『……っ』
正解だと言わんばかりに首肯した夜叉に、マヨイは思わず頭を抱えた。
そして失策だと思い至った次の瞬間、顔を上げると夜叉の姿はどこにもなかった。
『……一概に悪人では無いと断言するのは早計だが、予想外の行動理由だったな』
『私、アナタの考えがよくわからないわ──ヴィンテージヒーロー』
夜叉の正体を探る作戦名を口にしながら、飛来してきた二人に。
マヨイは励まされ、パフア専門校に帰還するのだった。