逃れられぬ福利厚生
ちょっとした息抜き回(人情ドラマ風)になる予定のお話。
デッドレイスの怪人による被害が収束してから数日後。
かねてより全世界共通の災害であるゲート、そこから這い出てくるインベーダーの対処に当たる組織“アライアンス”。
国家に縛られない最高峰の防衛組織が持つ技術力によって生み出された、対特殊災害指定に対する緩衝地帯──人工学園島。
東京都と同等の敷地面積を誇り、様々な施設が集約する学園島には、日本支部である“アストライア”があった。
そこには地球人のみならず、安定化したゲートから来訪した異世界の住人、異類人──ネイバーが所属している。
多種多様な種族的特徴を肉体に宿す彼らは、その体質上、安易に捉えてはならない要素を備えていた。
獣人族であれば、対応する動物が内包する衝動的な本能による行動、周期的に訪れる発情状態。
エルフ族であれば、定期的な沐浴によって体内循環を助成する、生体触媒を生成する必要がある。
悪魔族であれば、感情の高鳴りによって角や羽が意図せず動作し、周囲や自身を傷つけてしまう。
妖精族は前者の特徴に加え、翅の鱗粉による呼吸器の障害、ネイバー中最小の全長が災いして接触や不慮の事故が発生しやすい。
他にも脱皮、牙や角の生え変わり、精神干渉してしまう瞳など。
社会生活における欠点要素を持ちながら、されど共存という形を取った彼らの対応をするべく設立された機関がある。
人工学園島総合公立病院。
ネイバー側の知識、技術を地球側の医療形態に取り込み、最先端の治療を受けられる、学園島唯一の医療機関。
数々の身体的な負の側面を解決すべく構成された人員は多種多様。医学的権威の象徴たる人物も大勢所属し、日夜治療や研究に精を出している。
子ども・大人・老人。どの種族、年代にも幅広く門戸を広げる場所で。
「はーい、それじゃ採血しますねぇ」
「ビャアアアアアアアアアッ!?」
「ああっ、暴れないで。怖いのは分かるから、ちょっ、こんな狭い、診察室で、あの……増援の看護師を呼べぇ! 取り押さえろぉ!」
『はいっ!』
のっぴきならない悲鳴が院内に鳴り響き、医師の号令が伝播する。
屈強なネイバーの患者用に武装した特殊な看護師が現れ、列を成して診察室に突撃していく。
種族が違えど痛いものは痛い。それは共通した認識だ。特に感覚が鋭敏な獣人族の反応としては、ある種真っ当で反射的な行動と言えるだろう。
されど、その恐怖は待合室や待機所で腰を下ろす、他のネイバーや地球人に緊張を走らせるには十分な代物だった。
「それでは本日、健康診断を受診される方はこちらの窓口へお越しください」
「そら、お呼びが掛かったぞ。さっさと行ってこい」
「頑張ってね、アキ君」
「はい……」
アキトは先日、パフア校で保護者のヴィニアを連れて味覚障害をイリーナに打ち明けた。その際、アキトの障害に気づいたリンも、過度に責め立てられないよう立ち回るべく共に説明。
困惑、次いで思案し、そして納得したイリーナは眉間へ指先を添えた。
小さな違和感こそ抱いていたものの、気のせいか……そう思い込んでいた自身を殴りたい。そんな風に自責の念を露わにし、同時にこれ以上隠し事があっては堪らない、と。
イリーナ考案の元、同伴して総合病院を来訪する事になったのだ。
一生徒に肩入れし過ぎではないか、という他の教員から意見もあった。
しかし長らく生徒として関わりを持つ担任教師という立場。特殊な事例の多いアキトだからこそ把握しておきたい思いが強かった。
アキトとヴィニアも負い目があり、受け入れる他なかったが故に、休日返上で病院の付き添いに来てもらったという訳だ。
「身から出た錆とはいえ大変だなぁ、お前」
「何を他人事みたいに言っている。リフェンス、お前もだろうが。わざわざ休日に時間を割いて付き合ってやってるんだ、ちゃんとしろ」
「はい……」
『アキトはともかくお主はみっともないにも程があるぞ。首根っこ掴まれて連行されてきおってからに』
もっともネイバー専用の健康診断に対し、行かなくてもいいや、と。
学園島に居住する必須事項でありながら、放置していたリフェンスに健康診断を受けさせるのも理由の一つだった。




