アストライアの懸念
時は変わって。
地球と異世界、双方の人員で構成された人類敵対種対抗組織“アライアンス”の傘下、アストライアの本部。
本島と学園島を繋ぐ大橋付近に施設を置く本部では、職員や戦闘員が日夜忙しくゲート、インベーダーの対処に動いていた。
特に夜叉の捕縛に動いているニューエイジ、その総指揮を執っている本郷タカシ博士の疲労度は尋常ではない。
アストライアの総括人工知能たるロゴスの情報支援こそあっても、唐突に現れる人類の脅威、上役からの叱責、学園島に根を張るネビュラスの動向。
様々な要因が重なりに重なって、ゴールデンウィークなどの長期休みを棒に振る結果となった。
「みんな頑張れ! 差し入れとして栄養ドリンクを箱買いしてきた! これを飲んで苦境を乗り切るんだ!」
『は~……!』
作戦室と事務室、作業部屋を兼ねた本部ビルのワンフロアにて。
仕事で舗装された地獄の道を行く本郷博士と、現場の苦労を知ろうともしない上役への恨みを吐き出す大勢の声が響く。
ナイトスタイル──アストライアが正式に“騎士”と名を付けた夜叉の新形態。
行動を間近で観察していたニューエイジからもたらされる戦闘方法、桁違いな性能スペック、対抗する新装備の開発。
次々と舞い込むタスクに忙殺され、皆が憎悪に近い感情を得ていた。
「あ~……もうこんな時間なのぉ? しかも明日、学校なのぉ?」
「せめて、家に帰って、仮眠しないと……」
「その前にシャワーだろう……浴びて、メシを食って……」
当事者としてデスマーチの連続に付き合わねばならず、加えてネビュラスの調査・捜索に駆り出されて。
凄まじく憔悴しきった様子で呟くマヨイ、リン、エイシャの三人。
彼女らは自身のデスクにある時計やパソコンの時刻表に視線を向けた。
午前二時半。既に深夜のピークを過ぎ、全員が限界に達していた。本郷博士も声こそ元気だが、徹夜続きで顔色が悪すぎる。いつ倒れてもおかしくない。
意識がぷつりと途切れ、無惨にも室内へ寝転がる人だっていた。ニューエイジも同じ轍を踏まないとはいえない。
「その前に、ネビュラスの報告書を書き上げないと」
「科学班から共有された事項も付け加えねばな……」
「あいつらが怪人を生み出してる薬物を解析して、参考にしてる計画書のアタリがついたんだっけ……?」
リンは気だるげに、パソコンの画面を眩しそうに見つめる。
マヨイとエイシャも再確認しようと身を寄せて、その背後から“眠気が吹っ飛ぶ量のカフェイン含有!”と。
凄まじい銘が打たれた栄養ドリンクを抱え、本郷博士がやってきた。
「かつてアライアンス内で提唱されたものの、非人道的な処置が多く、後の反感に繋がるとして凍結。後に破棄されたはずの【超人計画】……懐かしいものだ」
「インベーダーの細胞を直接体内に埋め込んで適応させ、遺伝子情報を書き換える。筋肉・神経組織を強化し、人工的に強靭な肉体を作り上げ、インベーダー掃討専用の兵士とする。……んー、まあ、無理でしょ」
「魔法や錬金術でも難関とされる技術だ。科学分野の力を集結した所で安全性や確実性が無い。……そも、体液に含まれた成分や毒性、細菌によって病気が発生し、死亡している例があるのだ。認可など降りるはずがない」
「当時は既に本郷博士の指示の下、インベーダーの素材を活用したパワードスーツの生産、及び装着者の育成が実行されていました。それは発達した人工知能のサポートで、わずかな期間の訓練で実戦投入が可能になるほど優秀だった。それに……生命維持の観点から見ても【超人計画】は許容できる内容ではありませんね」
画面に表示された、化学班からの推測データ。
以前に捕らえたネビュラスの構成員、その肉体を検査したものとの比較だ。
「処置者の健康寿命を減らし、肉体を急速に劣化させる。寿命が早まる訳か」
「地球人だろうとネイバーだろうと、処置を受ければ三年と持たない。そんな劇物をアライアンス内で一般化できるものか。死人が出過ぎる」
「博士の判断は正しかったんだねぇ……」
「ですが、ネビュラスの薬物は計画書の物を手軽かつスマートに、そして効能を増して適応させています。その過程によって特位インベーダーに多く見られる姿──怪人となる」
「人としての判断を備えた災害級の個人が誕生する。下手をすれば、何の関係も無い大衆が怪人となる恐れがある……笑えん冗談だ」
「しかし細胞の劣化はまぬがれず、相変わらず死期を早めてしまう。デメリットをそのままにブラッシュアップさせた訳だ」
「アストライアで拘束した怪人連中は皆、人間態に戻っても後遺症が残っちゃってるよね。なんとかしようと医療班が頑張ってるみたいだけど」
でも、と。
リンは指先を一つのデータに向ける。
「夜叉の吸収能力でインベーダーの構成要素を吸い取られた怪人は人間態に戻り、その後も身体機能に異常はなく健康体のまま。……ヤシャリクってそんなことまで出来るんです?」
「ヤシャリク、というよりは殺生石の能力だな。少なくとも、私が知る限りは際限なく何もかもを吸収し、糧とする。特定の要素だけを選んで奪い去るなど不可能……の、はずだったんだがなぁ」
「完全に適合した装着者によって、制御方法を会得した……?」
「仮定の話になるが、そうとしか思えんな」
「分からないことだらけで頭が痛くなってきたなぁ」
こめかみを抑えてリンがぼやく。
俯いた先、送られてきたデータの追記事項が視界に入る。
「……ネビュラスの構成員は感覚機能、特に味覚へ異常が生じている?」
やけに目に付いた文章を最後に、リンの意識はぼやけて。
連日の疲れからか耐え切れず、そのまま眠りに落ちた。




