攻防一体、ナイトスタイル!
立ち込める煙幕に紛れてフツノミタマを左手に、逆手のまま納刀。
右手に持ったメタモルシード──シフトバングルへ認証させるコネクタ部に、鎧の戦士のイラストが描かれたUSBメモリのような物体を構える。
サイズはまるで違うが、使い方は分かる。
自動ラーニングのおかげで、スムーズに。
『メタモルシード“ナイト”、Active!』
コネクタ部と反対にある起動ボタンを押し、殺生石にかざせば音声が鳴る。
マギアブルやリクのものではない、女性の声。どことなくマシロさんらしい声音の後に、ラッパやヴァイオリンのように荘厳な旋律が鳴り渡る。
『……ラーニングした時の情報にこんなの載ってなかったぞ?』
『それ、アタシの趣味。いいでしょ?』
『なるほど、サプライズというやつじゃな』
受け入れるの早過ぎだろ、リク。まあ、分かりやすくていいけどさ。
一瞥し、気を取り直して発光するメモリをシフトバングルへ接続。腕時計のような形状になったそれは、激しく明滅を繰り返す。
『Advent! ヴァリアブルモデル、Ready!』
音声の直後。殺生石から青い炎が溢れ出し、人影が飛び出す。
それは体格の良い、西洋鎧のがらんどう。剣や盾を備え、空虚でありながら重厚な体で地面に降り立ち、体の各所から炎を噴出させる。
夜叉に変身する時の鎧武者と同じ──そう思っていると、西洋鎧はその場で膝をつく。炎が拘束具となり、西洋鎧を縛り付けた上に鋭く分厚い刃が形成。
それは、歴史の教科書で見たギロチンにそっくりだった。
思い至った瞬間、ギロチンは落とされ、西洋鎧の首を落とす。
限界を迎えたように、鎧武者と同様に体の部位を弾き、青い炎が纏わりつく。
舐めるような炎が夜叉のボディを溶かし、代わりに西洋鎧が飛びついてくる。
『この力は君達と過去のヤシャリク装着者の戦闘データを元に設計し、デュラハンの魔核から抽出した要素で構成されている』
補足するような、マシロさんの通話を聞きながら。
ふわりと浮かんだ体の末端。脚、腕から鎧が固着される。
『デュラハンは神経・筋肉組織の代わりに発達した魔力伝達器官“フレイムサーキット”によって、常識の範疇に無い身体能力を発揮する』
西洋鎧のヴァリアブルモデルが所持していた長剣“イーリアス”は右手。
重盾“イージス”が左手に装着され、焼き付いたようなグラデーションに。
『炎という形を取っているから熱が溜まりやすいけど、デメリットは解決済み』
マフラーは形を変え、放熱板の役割を持つ赤いマントに。
兜は変質し、バイザーも紅から青にカラーリングが変化。低下していたヤシャリクのパラメータが急速に安定し、体の至る部分から蒸気が噴き上がる。
『Reformation Override! ナイトスタイル!』
『勇猛果敢、百戦錬磨な焔の騎士! 新しい力、見せつけちゃってよね!』
マシロさんの言葉を最後に通話が途切れ、再変身が完了。
細身な夜叉とは違う、マッシブな体の具合を確かめようと目線を下げれば、煙幕を裂いてギルロスが突進してきた。こちらの調子が戻ったことを察知したのだろう。
振り上げた拳が凄まじい速度で降ろされ、咄嗟にイージスを構える。
直後、重量の乗った衝撃が全身を貫く。足下が罅割れ、深い亀裂を生み出す。
『……実際に防げると分かっていても、これはすごいな』
『纏った鎧や盾は衝撃を吸収し、分散させる。ラーニングした通りじゃな』
『おまけに──』
ぐっと脚に力を入れて、腰を捻り、拳を振り払う。
夜叉には無い腕力で容易くギルロスを跳ねのけ、吹き飛ばす。
『攻撃と防御に特化した騎士の姿、か。ごり押しが効くのはいいね』
『ただし機動力は壊滅的じゃ。“天翔”も使用不可になっておるから、いつもみたいには素早い動きは出来んぞ』
『走れるなら、どうとでもなる!』
無様に尻餅をついたギルロスへ一歩、二歩と加速して接近。
イージスで体を、イーリアスを隠してリーチを誤魔化す。ギルロスが体勢を立て直し、苦し紛れに振るった左腕へ合わせる。
片手にもかかわらず、建材の剛腕は打ち壊されて散らばった。
単眼の魔核が困惑したかのように明滅する。その隙を逃さず、イージスのタックルで再びギルロスを弾き飛ばす。
『何度も修復されちゃ面倒だ。さっさと倒すぞ』
『おうとも!』
景気の良いリクの声に合わせ、殺生石を三度叩く。
青い炎と化した魔力エネルギーが放出され、イージスとイーリアスに収束。
両腕を失い、消耗して再構成もままならずバランスの取れないギルロスを視界に納めたまま、イージスの頂点に空いた機構へイーリアスを装填。
突き刺すように組み合わせた二つは変形し、幅広で肉厚な両手剣。
神話に名だたる刀剣“デュランダル”へと姿を改めた。
『一切合切、叩き潰す……!』
思い起こすのは、エイシャ先生が振るった剛剣。
大上段に構え、吹き荒れる風が熱のこもったマントをたなびかせる。
魔力エネルギーを放出し、半透明の刀身が上塗りされた。天高くそびえるデュランダルは、もはや逃げられない圧倒的な暴力の化身。
背を向けるギルロスに対し、構うことなく振り下ろす。
刹那、閃光が生じ、次いで爆音と衝撃波が旧死体処理場を駆け抜けた。
半透明の刀身は霧散し、深い亀裂を生み出した一撃によって、両断されたギルロスの体が崩壊する。
デュランダルを地面に突き刺し、爆風に乗って宙に浮いた魔核に対し、リクが収納魔法を発動。光を失ったギルロスの心臓部は魔法陣に吸い込まれた。
これまでのインベーダーと比べて回収部位が少ない……マシロさんなら、上手く活用してくれるかな?
『とりあえず、ナイトスタイルの有用性は実証されたな』
『うむ! まさに質実剛健! やたらめったら硬いインベーダーや攻撃の激しい相手に強く出れるじゃろう!』
シフトバングルからメタモルシードを抜き取る。
体に纏っていた鎧が弾け、デュランダルと共にメタモルシードへ収納。
マントはマフラーに戻り、元の夜叉へと姿が戻った。手足の動作を確認して、ふと首を傾げる。
『再変身すると損傷やパラメータの低下が直るのか?』
『自己修復ナノマシンの活用じゃの。夜叉や騎士として、どちらかが控えている時は動ける程度まで修復されるようじゃ』
『……そういう裏機能もラーニングしてほしかったな』
把握し切れていない能力が次々と判明して疲れてきた。
リクにアクトチェイサーを顕現してもらい、跨る。
『朝からエイシャ先生の訓練に付き合わされたんだし、今日はもう帰ろう』
『そうじゃな。何やら先の一撃で様子見してたニューエイジは吹き飛ばされ、復帰に時間が掛かっとるようじゃからの』
『えっ、見てたのか? 全然気づかなかった』
『夜叉が見慣れぬ姿へ変貌したことを警戒していたらしい。傍目から見れば、インベーダーが二体発生したと思い込んでも不思議ではなかろう』
『それもそうか……夜叉より必殺技の規模がデカいし、余波に巻き込まれるのは当然だったか』
『事故みたいなもんじゃろ。フレスベルグなら怪我なんぞしとらんだろうし、この隙に退散しようぞ』
自動運転機能でエンジンが掛かり、ハンドルを握り締める。
以前に渡された運転マニュアルの内容を思い出し、ギアを切り替えてアクセルを踏む。
リクのようにスムーズでなくとも、発進したアクトチェイサーで見るも無残な旧死体処理場を駆け抜ける。
適度なタイミングで隠蔽魔法を掛けてもらい、その場を後にした。




