ニューエイジのメンタルケア
『私はクズです……皆様にご迷惑を掛けたミジンコです……』
「そこまで卑下しなくたっていいのに~」
正午を告げる鐘の音が響く頃。
本郷博士の連絡を受けて学校を抜け出したニューエイジの三人は、パフア校近くの公園にやってきた。
そこでベンチに座り、呆然と空を見上げる義体の少女──アストライアの根幹に宿る情報集積人工知能、ロゴスを発見。
彼女は同等の性能を持つ人工知能によって、外部からクラッキングを受けていたとはいえ、自己判断で減衰フィールドを展開してしまった。
元々思慮深いが故に、人らしい対応を取る彼女にとっては拭いがたい恥辱。
メンタルが脆いこともあり、先の件からコンピュータの深層で自粛していたのだが、居た堪れない気持ちが止められず。
アストライアの本部を出て放浪し、公園に流れ着いていたのだ。
負のオーラを漂わせ、ぶつぶつと独り言を漏らすロゴス。
彼女のメンタルケアをリンが率先して行い、マヨイが昼食を持ってきて、エイシャが黙々と食べ続けるという構図が出来上がっていた。
「貴女に責があるのではなく、サーバー攻撃を仕掛けてきた勢力に問題があるだけです。今は博士と情報部がファイアーウォールを強化しているので大丈夫ですよ!」
「もぐもぐ……うむ、前回のような失態は二度と起こり得ないだろう。そも貴殿と同等の人工知能によるものとすれば、次に大々的な攻撃を仕掛ければ逆探知される恐れもある。軽率な行動は取らんだろう」
「それにぃ、普段からロゴっちゃんには助けられてばっかりだし。元気ないと皆も心配しちゃうよ~……この際、ゆっくり休んでもいいんだよ。遊びたい場所とかあれば一緒に行くし、あと出来れば報告書作成も手伝って」
「さらっと何を頼んでるんだ」
「それは自分でやりなさい」
『……ふふっ』
三人のやり取りに気持ちが和らいだのが、ロゴスが笑みをこぼす。
『そうですね、何も言わず本部を抜け出してきちゃいましたし。……これ以上、困らせたくありませんから』
ロゴスは奮起するように頬を軽く叩き、両拳を握って気を張り直す。
『落ち込むのはやめにします! こういう時にも、ゲートが発生する可能性がありますからね! アストライアが誇る最高の隣人として頑張りますよぉ!』
「よしよし、復活したね~」
パチパチと手を叩いて盛り上げるリンに頷きながら、ロゴスは姿勢を正す。
『ただでさえ、お三方には業務を抜け出してもらっちゃってるんです。ずっと落ち込んでちゃしょうがないんです!』
「その切り替えの早さは我らも見習うべきやもしれんな」
「仕事でミスをするとしばらく引きずりますからね……」
「そうだ、仕事で思い出したけどさ」
気を取り直し、マヨイが持ってきた大量の弁当や菓子パンに手をつけて。
リンは一限目で刃を交わしたアキトとエイシャの姿を想起する。
「天宮司くんって地球人だよね? マギアブルの補助有りだとしても、よくエイシャについてけたねぇ」
「そこは同意だ。子どもらしくないスタミナに胆力、冷静な判断……どれを取っても歴戦を生き抜いた者の、鍛えられた素質。是非に訓練を付けて、育成したい」
『エイシャさんがそこまで入れ込む生徒さんがいるんです?』
「ええ。私が担任補佐として所属してる初等部の子で、年の割に少し大人びた印象が強いの。あまり吹聴する訳ではないけど、過去にゲート被害で悲惨な目に遭ったみたいで……」
『その影響で擦れてしまった、と?』
「有り体に言えば、そんな感じ。いつかゆっくり話してみたいんだけどねぇ。……ってか、アレはやり過ぎだってイリーナ先生に怒られてたっしょ?」
リンに指摘され、バツが悪そうに。
エイシャは口の中の物を嚥下し、ペットボトルを口に近づけた。
「自身に残された要素を限りなく上手く活用していたのでな、思わず白熱してしまったのだ。アストライアの戦闘部隊以外で、あそこまで追従してくる者はいない」
『そんな子どもが……ちょっと調べてみます? 東京都、あるいはアストライア管轄の住民データベース、当時の広報記録に何か情報があるかもです』
「本部の外だけど、そんなこと出来るのぉ?」
『周りの電子機器とネットワークを拝借して、ポータルサイトからアクセスします。加えて私に内蔵されたコンピュータは独立稼働状態なので、クラッキングと判断されることもありせん』
プライベートのへったくれもない、ストッパーのいない会話が続く。
唯一成り得そうなマヨイはフードファイターに負けず劣らずの暴食に勤しんでいるため、まったく頼りにならない。それでどうやって体型を維持しているのか、甚だ疑問だ。
「なんか犯罪っぽい雰囲気に感じるけど、あの子には興味あるしなぁ。ロゴス、ちょちょいと調べてみてよ」
『わかりました。……ネット接続、安定した回線からライブラリを閲覧、初等部高学年なので過去十二年間の記録を参照』
背筋を伸ばしたロゴスの眼前にホログラムのウィンドウが表示される。
いくつも重なるそれは、アストライアが誇る人工知能の演算能力によって出力された情報の羅列だ。
『……発見しました。天宮司アキト……学園島に来る前は東京で生活していたみたいですね。五年前に都内で発生したゲート災害で被災し、家族と親戚を失う。行き場のない所を、学園島で経営されていた“緑川孤児院”に引き取られた、と』
「ふむ、イリーナから聞いた内容とさしたる差異は無いな」
『その後一年間ほど在籍していましたが、再びのゲート災害で孤児院が壊滅。天宮司アキト以外の人員は死亡し、彼もまた重傷を負って意識不明。ですが驚異的な速度で快復し、リハビリに専念。その後は同孤児院から先に出所していた牛族のネイバー、ヴィニアが義姉として後見人となったそうです』
「いつ聞いても凄惨な過去だなぁ……」
『そこからは普通に……目立った箇所は無いですね。何か習い事をしていたりとか、そういう手続きをした形跡もありません。至って平凡です』
「むむっ、何か指南されていたとか、剣術の師を持っているかと考えていたが……予想が外れたな」
ロゴスがもたらした情報を聞いて、エイシャは残念そうに肩を落とす。
「まあ、データベースに載っている分だけでは限度があるでしょうし。……ということは、一限目に見せた戦いは本人の才能で?」
「それはそれですごくない? エイシャが夢中になる訳だよ」
「後日、過去を刺激しない程度に話しかけに行くのはアリだな……」
『もう次のことを考えてるんですか……でも、妙ですね』
昼食を進める三人を前に、ロゴスは腕を組む。
何か不審に感じたことでもあったのか、とマヨイが視線を向け、ロゴスはウィンドウの一つを大きく広げる。
それは当時アキトが入院していた病院でまとめられたカルテだ。
『さっき驚異的な速度で快復したと言いましたね? 調べた限り全治三ヶ月は免れない重傷のはずなのに、彼、二週間足らずで退院しているんです』
「……確かに、早過ぎるな。たとえ腕の良い医者や、回復魔法を行使したとしても限度がある」
「そもそも回復魔法だって万能じゃないもんねぇ。軽い怪我とかならまだしも、命に関わる負傷には効果が薄めだし」
「ふむふむ、なんとも不思議なものですね。ですが地球と異世界が繋がってから出生した子は、少々特殊な面があるという統計が出ています。身体能力が高かったり、感覚が鋭敏であったり。……未だ判別方法は確立されていませんが、天宮司君もそれに該当しているのかもしれません」
昼食時であり、本来の業務を抜け出している事もあってか。
ニューエイジとロゴスの和気藹々とした雑談を程々に解散し、それぞれの仕事場へと戻っていった。
ロゴスがもたらしたアキトに関する情報に、少しの違和感を抱きながら。




