裏側の事態
アキト、リク、リフェンスの非公式ヒーローサークル。
そこへ逆波モーターズのマシロが協力関係に至った。
折角の夜叉陣営結成記念に何か祝い事を考えたいとリフェンスが騒ぎ立てたが、そろそろ夕方という事もあって、より詳しい話は後日という結論に。
ただでさえ連れ出された先でゲート災害に巻き込まれたのだ。ヴィニアが心配しているという配慮からだった。
そうしてマシロの運転でアキト達が送迎されている中。
限界を迎えたフレスベルグをスレイプニルに乗せ、出来る範囲で事後処理に動いていたニューエイジの元へ一報が入る。
「──ロゴスがクラッキングを受けていた?」
「ああ。先刻の減衰フィールド発生装置発射の件に不審を抱き、本部の情報班が調査したところ、外部からサーバー攻撃が行われていた事が発覚したそうだ。正常なアルゴリズムを狂わせ、通常では考えられない行動を取らせるように」
「性急で浅慮な判断を上層部が下したものだと思っていたが、そのような事情があったのか」
減衰フィールドの効果時間も終わりかけ、各機器や機材は自己修復によって機能を取り戻しつつあった。
アストライア、警察と提携した交通整理が始まり、魔力エネルギーの内燃機関を携えた車両処理班がハイウェイを忙しく動き回っている。
戦闘の余波で割れたアスファルトは撤去され、見下ろした街中の建造物も修復されていく。その光景を横目に、ニューエイジと本郷博士は情報共有をしていた。
「迅速ではあったが、既にサーバー内に手がかりは残されておらず。しかし機密やそれらに類するデータが抜かれている形跡は無かった。この辺りは、元々スタンドアロンとして独立させていたおかげでもあるが。どうも一方的にシステム面へ障害を発生させるウィルスを仕込み、即座に撤退したと情報班は判断している」
「うーん、ずいぶん消極的というか、子どもの嫌がらせのようだというか……」
「というか、テロリストがパフアを襲撃してきた時も似たようなことが起きてなかった? あの時は武装だか火器システムに不具合が起こされてたんだっけ?」
「前回の反省を生かしてヒット&アウェイ、加えて手法を変えて攻める事にした可能性があるかもな」
「そも反政府の存在がアストライアの中枢コンピュータに乗り込んでくるなど、本来は厳しいはずだ。最低でもロゴスと同等の人工知能を所有していなければ、このような失態を短期間で二度も許すはずがない」
アストライアひいてはアライアンスを快く思わない犯罪組織、反政府組織は非常に多く、どこにでも点在し潜伏している。
異世界、ゲート、ネイバー、インベーダー。
日常を侵食し、さも当然の如く共存している世界へ警鐘を鳴らす。インベーダーこそ人類の到達点であり、迎えるべき終点である。奴らの力を使うアライアンスこそ、世界を蝕む害悪だと。
様々な妄言と思想を掲げて害をもたらす連中だ。故に人類、ネイバーにとっても問答無用で敵性存在。
今回のようなクラッキングにおいても総浚いして証拠を得て、身元を特定せんと躍起になっている。現に何度か拠点を突き止め、制圧に成功しているが……此度は難しいようだ。
「どこぞの組織が一点特化といえど、ロゴスを凌駕する性能の人工知能を備えている……厄介だな」
「その証拠とでも言うべきか、今年度に入ってからアストライアに限らず、公的機関に対する偶発的なサーバー攻撃が例年より増加傾向にある。フレスベルグの修理と改修も急がねばならんが、並行してファイアウォールの見直しをした方がよさそうだ」
「そうですね、実際に被害に遭ったロゴスの視点も取り入れて強化を……そういえば、彼女はどうしました?」
「意図してないとはいえニューエイジと夜叉、そして民間やインフラ設備に打撃を与えてしまった事に罪悪感を抱き、コンピュータの深層に閉じこもっている。メンタルケアが必要だな」
「普段が有能なばっかりに……かわいそうなロゴス」
職員との距離が近く有効的な判断を下す機会も多いロゴスは、アストライア内ではアイドルのような存在である。互いに尊重し合う関係性だからこそ成り立つ信頼があった。
だからこそフィールド発生装置が発射された際に、本郷博士は信じられない気持ちで怒号を漏らしたのだ。
冷静に考えれば様子がおかしいことなど察せられたかもしれないが、あの状況では仕方ないとも言える。
「後は逆波君に礼をしなくてはな。彼女の機転で夜叉は機動力を。ニューエイジは応急処置で短時間とはいえ、リミッターを解放したフルスペック状態での活動を可能としてくれたのだからな」
「なお、当人のバイクは夜叉がパクっていった模様。恩を仇で返すとは正にああいうことだよね」
「あまりショックを受けている様子ではなかったが。とはいえ、落ち着いた頃合いを見て謝罪に向かった方がよかろう」
「報告書作成とロゴスの励ましと逆波さんへの対応と……やる事が山積みですね」
アストライアの協力会社である逆波モーターズ。
橋渡しを任せられ、技術提携を結んでいるマシロの行動は不可解という訳でなく、あの場において限りなく正答に近かった。
もっとも彼女は夜叉の正体に気づいていた為、ニューエイジの邪魔になっては申し訳ないからと適当な理由で、博士に第三工場への送迎を依頼。
提携関係だとしてもマシロは民間人。スレイプニルで快く送ってもらった上で、アキト達と内通し協力関係を築いた。
したたかでなめらかに、至極当然に場の流れを掌握し、自身の欲と願いを叶えたのである。──幸いにも、ニューエイジと博士が謀略の如き裏事情を知らないのが救いか。
これまでの詳細と今後の展望を話して、しばらく待機していたニューエイジの元へ引継ぎの部隊がやってきた。
旧型のパワードスーツに身を包んだ部隊のリーダーに後を任せ、ニューエイジ達はスレイプニルに乗り込み、アストライアの本部へと発進。
「それにしても、夜叉が乗っていたバイク……懐かしいな」
「ん? 何か思い出が?」
助手席に座るマヨイが博士へ問い掛ける。
「いやなに、記憶違いでなければ兄が愛用していた車種だったように思えてな。ネイバー技術の参入によって製造が停止された物を、何度もカスタムしては乗り回していたんだ」
「へー、骨董品……って程でもないけど、古いヤツなんだ。ってか、博士にお兄さんがいたなんて初耳! どんな人なんです?」
後部座席からリンが身を乗り出し、博士へ視線を向ける。
「そうさな。私と違って大柄で豪快、されど他者の苦痛に寄り添い痛みを感じられる感受性を持っていた。技術、生体の研究者として同じ道を進んでいたが、突如として全権を私に任せて隠居すると言い出して……以降、行方が知れないんだ」
「なんとも豪胆というか大胆というか……何がしたかったのだろうか?」
聞いてるだけでも凄まじい人間である、と。
興味を惹かれたエイシャは視力矯正用の眼鏡をかけながら、続きを促す。
「さてな。ネイバー技術の流用、発展に関して言えば私よりも上手で天才肌。何を考えていたかは身内にも分からない。……何か施設を経営してゆっくり過ごしたい、などと愚痴をこぼしていたか。ゲート、インベーダーとの戦いに疲弊していたのかもしれないな」
「冷酷に、無慈悲に命が奪われていく黎明期を思えば、そうなってしまうのも無理はないと思います」
「まだアタシらが生まれてない年代は地獄だった、って聞いてるからねぇ。むしろここまで生きてこれたのが幸運でもあるかな」
「そうでなければ戦友である二人と出会うことすら無かっただろう。黎明期より奮戦してきた者達には、感謝してもしきれないな。……して、兄君の名は何と言うのだ?」
「ああ、まだ言ってなかったか」
始まった雑談の合間を縫うように。
スレイプニルは本部の地下駐車場へ続くトンネルに入り込む。
車内を照らす照明とくぐもった走行音が反響し、抜けたと同時に鮮明に。
おもむろに博士は口を開き、懐かしむように、その名を口にした。
「──本郷ヤナセ。黎明期より続くゲートの諸被害に対応し、後世に続く足掛かりを生み出した第一人者だ」




