夜叉について
「さて、本日の授業進行はここまでにして、鐘が鳴るまでの間にレクリエーションをしましょうか。お互い初めて会ったばかりでまだ何も知らないから、私と皆のことを知る為に自分の特徴を簡潔に紹介し合いましょう」
「おおっ! 賛成っす!」
張り詰めた授業の空気が緩み、生徒間のコソコソ話やリフェンスを筆頭にお調子者たちが声を大きくする。
マヨイ先生は口元に手を当て、はにかんでから黒板と向き合う。
「それじゃ、まずは私から。名前は如月真宵、今年で二十歳。好きな物はスイーツ全般と勉強、苦手な物は激辛料理。周りの人からはよく雰囲気が柔らかくて親しみやすいと言われることが多い……こんなところかな? じゃ、出席番号順から始めよっか」
『はーいっ!』
口調が砕け、少しおちゃらけたマヨイ先生の一声でレクリエーションは進む。
途中、リフェンスの番でやかまし過ぎるせいで女子からタコ殴りにあっていたが、アイツ自重する気ないな?
「個性的な子が多いなぁ……えっと、じゃあ次の子に」
「待った待った先生! まだ聞きたいことがあるんだけどっ!」
「えっと何かな、リフェンス君?」
「──“夜叉”について、どう思います?」
夜叉。その単語を耳にしてはマヨイ先生の表情が変わり、教室内の女子たちが沸き立つ。
「あっ、それ私も聞きたかった!」
「アストライアの部隊とは方向性が違う、全身装着型のパワードスーツを着た謎の人物!」
「二ホンの鎧武者を先鋭化した外見に外套、マフラーなんて……カッコよさの塊だよね!」
「……確か、三ヶ月ほど前から人工学園島の地域内で散見される存在、ですよね?」
「そうそう。夜叉の姿が初めて確認されたのは居住区画に発生したゲート、出現したインベーダーの処理にアストライアが動いた時。察知した部隊が辿り着いた頃には既に諸々の事態は鎮圧され、インベーダーの亡骸と消失していくゲートの前に夜叉が立っていたんだ」
リフェンスがそこまで言うと魔族の女子が席を立ち、ノートの下敷きを頭上に掲げた。
無地でない下敷きには、言述していた夜叉を模写したイラストが描いてある。妖精族の女子はふわりと浮いて、下敷きを指差しながら。
「深夜の暗闇に紛れても存在感を前面に押し出す紅の眼光! だけど、アストライアの識別番号に無いパワードスーツに身を包んだ怪しい存在でもある!」
「事情聴取しようとしたところ、霞のように姿を消して足取りは追えず、詳細は闇のまま。……だけど、たびたび姿を現してはアストライアよりも先に行動を起こして状況を解決してる。誰に言うでもなく、言われるでもなく、ヒロイックに学園島を脅威から守ろうとする姿勢にファンが多いんです!」
「でも、アストライアは夜叉が由来不明のパワードスーツを所持していることを危険視して、捕縛に動いてるんだよね。まあ、常識的な判断だと思うけど」
「地球人やネイバーを助けてくれてはいるけど、不気味だもんねぇ」
「実際に救われた人は多いのに、みんな寄ってたかって新しいインベーダーとか、アライアンスが秘密裏に開発した生体ロボットだとか言っちゃって! 何かと問題が起きれば夜叉に押し付けようとするんだからっ!」
既にレクリエーションからかけ離れた夜叉談議が白熱している。
話題性を持っていかれたマヨイ先生は耐え切れないように笑みを溢し、先程までの無表情を消し去った。
「みんな元気がいいねぇ。そっか、夜叉が人気なんだね……勉強不足であまり詳しくないから、これから知っていかないとだね。じゃあ、次は天宮司く」
そうして、オレの順番に差し掛かろうとした時──けたたましいサイレンが響き渡る。