想定外の遭遇
『さすが。いざ事が始まれば、すぐに終わったのぅ』
『長引くよりマシだろ』
エネルギーが霧散したフツノミタマからニューエイジの方へ視線を向ける。
バイザーのズーム機能で拡大すれば、統率者を失い、精細な動きが取れなくなったホーネッツが散見された。それを次々と仕留めていくニューエイジ、地上部隊の姿も確認できる。
『手助けは必要なさそうだな』
『うむ、あやつらのみで対処可能じゃろう。……しっかし、妙な連中じゃったな』
『ん? 何かおかしな所が?』
先行してゲートを破壊しようと“天翔”で空を跳ねながら、リクの疑念に問う。
『小型ゲートとそれに応じたインベーダーの出現。そこまでは不思議じゃあないが……だとしたら、もっと多種多様な奴らが出てきてもよかろう?』
『それはまあ、確かに……』
飛行型インベーダーは珍しくなく、種類は多い。ゲートの繋がった先によって出現傾向が変わるとはいえ、思えばホーネッツとクイーン以外に視認していない。
『加えて、クイーンの体表を解析したものじゃ。見てみい』
戦闘の最中に抽出したのか、バイザーの左脇に写真が表示された。
『これは……切り傷に凹み、掠れた血痕? 気づかなかったけどボロボロだな』
『儂らが手を出すよりも前に負っていたものじゃ。つまりは、こちら側へ流れてくる前に何かと交戦していた訳だ。やけに殺気立っている割にクイーンは指揮に徹し、消極的な戦法を取っていたのは戦闘後……もしくは』
『ゲートを通って逃げてきたから? 思い返せば、上位インベーダーの割に歯ごたえが無かったな』
近場にあった小型ゲートの一つをフツノミタマで切り崩しながら、リクと共に違和感を追っていく。
『寸前までホーネッツとクイーンを狩りの対象としていた何かがいるのか……リク、クイーンが出てきたゲートの様子は?』
『今のところ異変は無い。インベーダーが再出現する恐れもないが……』
点々と位置するゲートを順調に粉砕していく傍ら、周辺に変化が無いかリクに解析してもらう。彼女が言うには問題無さそうだが、心配し過ぎたか……?
ほっと胸を撫で下ろしつつも継続してゲートを破壊しようとして──唐突に、眼前のゲートがぐにゃりと歪む。
『っ!?』
反射的にそのゲートはフツノミタマで両断したが、他のゲートは健在なまま。
そして同様の現象が一斉に発生したかと思えば糸の如く細まり、不気味な螺旋を描いた。目に見えて分かる異常事態に距離を取ったが、その隙に糸が一ヶ所へ伸びていく。
編まれていくように、形作るように。ニューエイジの傍にあるゲートも巻き込んだ不可思議な収束は、新たなゲートを創造する。
『融合現象……!』
リクの驚いた声に、学校で学んだ記憶が蘇る。
複数のゲートが発生した際に時間経過、もしくは外部から何らかの干渉を受けた時に生じる現象。
大抵は迅速にゲートを破壊して閉じるため、なかなか見られない。加えて、今回はさほど時間が経っていないので起きるはずがない。
ならば残る可能性は第三者の介入……こちら側で何か手を加えたようなマネはしていない。つまりは──
『より強力なインベーダーが出現する予兆……! リク、ゲートの状態は!?』
オレとニューエイジのちょうど中心点。
小型から一〇メートル級の大型に変遷したゲートへ“天翔”で駆けていく。
『嫌な予感が的中しおった……強力な魔力反応を検出! 来るぞ、アキト!』
注意を促すリクを遮るように。
先手必勝の思いで加速し、フツノミタマを抜刀。高速の抜刀術は考え通りにゲートを横断する──その寸前で、がしゃり、と。
ゲートの端を掴むように金属の手指が喰い込んで、黒く淀んだ闇の向こう側から何かが飛び出した。
『やりきれないか……!』
霧散するゲートのモヤに視界が遮られる中、ヤシャリクのバイザーが捉えたのは……インベーダーの中でも脅威度の高い“特位”に位置し、怪人と称される存在。
“天翔”で空に立ち、再び視線を向ける。重厚な鉄の塊である盾に、腰に下げているのはフツノミタマとは違う肉厚で幅広な両刃の剣。
西洋の甲冑を思わせる重々しい鎧を纏った騎士が、そこにいた。
次いで目を惹くのは身体の各所から噴き出た炎。
特に、首の上。頭部の代わりに周囲を煌々と照らし、銀色の光沢を輝かせている。
『正道でありながら異形の見目、特位インベーダー“デュラハン”か! そして……奴が跨っている、あの馬は』
そう。オレと、遅れて飛翔してきたニューエイジの面々も困惑しているのは、リクが指摘する通り。
デュラハンと同様の鎧を身に着け、四つ足から溢れ出る魔力の炎で空中制止するインベーダーの黒馬がいたからだ。
『巨躯な流線美に違わぬ蹄、デュオメス。なんという組み合わせだ……さしずめ、デュラハンライダーとでも言おうか』
ゲートの大きさはインベーダーの強さに比例する。
二体合わせて現れたということは、それだけ強力な性能を持つ者である証拠だ。
ヤシャリクのバイザー越しに見える鎧の各所には傷や汚れが目立ち、歴戦の猛者であることがうかがい知れる。その痕が、ホーネッツ達によって付けられたものであると解析結果が出ていた。
彼らこそがハチ軍団を追い詰め、ゲートに干渉して融合現象を引き起こし、自身が通過できるように巨大化させた張本人たち。
『厄介な相手が出てきたな。故郷の森でも、討伐に相当な被害を出したインベーダーだ。失われた人命は数知れん』
『うへー、エイシャがそこまで言う敵かぁ』
『ホーネッツ及びクイーンの殲滅が完了した折に……夜叉、西部工業区にこれ以上の損害は許容できません。協力して討伐に当たりましょう』
『もちろんだ』
柔軟な思考で共同戦線を提案してきたマヨイ先生に応える。
原生生物学によれば、デュオメスは高機動ではあるが小回りが利かず、攻撃手段は少ない。しかしデュラハンが不足した火力と手段を補うことでシナジーを生み出している。
まぎれも無く強者だ。だが、オレとニューエイジが相手なら仕留めきれる。
ニューエイジは特殊波形振動ブレードを。
オレはフツノミタマを両手で握り、いつでも踏み出せるように構えた。
『さあ、いくぞ──』
『っ、待て!? アストライア本部より高熱源反応!』
焦る声に反応し、示された方向へ顔を向ければ、オレ達の上空に糸を引く一筋の光があった。
ニューエイジも知らされていないのか、困惑の表情で見つめるそれは直上で一際強く閃く。瞬間、半透明な膜のようなものが展開される。
見覚えが、あった。かつて辛酸を舐められたソレは動力源を魔力エネルギーに依存した、あらゆる媒体を機能不全に陥れた結界。
何の意図があって放たれたものかは定かではない。だが、無情にも魔力エネルギー減衰フィールドは西部工業区を覆い尽くす。
区内のインフラ設備、デュラハンライダー、フレスベルグにヤシャリクもろともエネルギー出力が低下し、空から地面へ落ちていく。
『そんなっ、どうして……!?』
『何を考えてる、アストライア!?』




