飛翔するエンプレス
『緊急警報、緊急警報! 西部工業区にて複数の小型ゲートが発生!』
『至急、該当区画の住民は誘導に従い、近隣のシェルターへ避難を!』
工場内にも響き渡る警鐘と指示の声。
学園島に設置された多くのスピーカーから流れてきたのは、日常を裂く凶報。
「ゲート!?」
「こんな時に……」
思考を遮られたマシロ。
至極冷静にぼやくアキト。
両極端な反応を見せる二人の元へ慌ただしい足音が近づいてくる。
「おい二人とも、今の聞いただろ!?」
『西部工業区……この近くで発生しおった! 疾く避難するぞ!』
リフェンスとリクの両名はサイレンを耳にし、工場内の観察を切り上げてアキト達の元へ駆けてきたようだ。
ゲート、インベーダーの脅威を何よりも知っている彼らは言葉を交わさずに頷き合い、近場のシェルターに向けて足を動かすことに。
──しかし立ち去る際、マシロは不安げにアクトチェイサーを一瞥。すぐさま取り繕って踵を返すものの、その姿をアキトは視界の端で見ていた。不思議には思うものの、今は問い掛けている場合ではない。
四人で工場の外に出れば、上空にはいくつものゲートが浮遊していた。
黒く、揺らぎ、小さく、煌めき、奥は見えない。ネイバーの世界とも似つかない空間“異界”にも繋がる時空の穴。
そこまでは一般的なものと変わらないが、特筆すべきはその量だ。二つ、三つどころの話ではない。上空を埋め尽くさんとするほど多数のゲートがアキト達を見下ろしている。
あまりにも多い。ゲートの直径を超えた大型インベーダーこそ出現はしないだろうが、小型であれ三桁は現れてもおかしくない
ゲートの眼下では眼下では敷地内に残存していた作業員、利用客も大挙して移動しており、その波にアキト達も乗っていく。
「インベーダーが出てくるより早く避難しておきたいけど……ごめんね、連れ出したりしなければ、こんなことには……」
「気にしないでくれよ。誰にもゲートの発生なんて予見できねぇって」
このような事態を招いてしまったことを謝罪するマシロにリフェンスは応える。
アストライアの元締め組織、アライアンスによって安全が確保され、安定化され、制御下に置かれた安全なゲート。黎明期より残存している、地球と異世界の交流を繋げるゲート以外は突発的に発生し、災害をもたらす。
魔素を効率よく抽出する偏向装置の影響もあり、対策としてゲート発生の予兆を察知できる設備こそあれどラグがあり、完璧とは言いがたい。どうしても後手に回らざるを得ないのだ。
『アキト』
「わかってる」
いつ何時インベーダーが現れてもおかしくない。アストライアの戦闘部隊が到着する前に蹂躙される可能性が想像に浮かぶ。
焦燥に駆られる人波からどう離れるべきか。短いやり取りを交わすリクとアキトはめざとく周囲を見渡す。
人目に付かない場所で夜叉に変身したいところだが──と、二人が考え始めた時。
上空のゲートがいびつに歪む。始めに一つ、そして波紋が広がるように伝播し、黒い水平の面から奇妙な音が響く。
高速で動く何かが重なり、鼓膜に残る不快な音。
どことなく聞き覚えのあるそれは、羽音だ。
誰もが顔を上げ、ゲートに視線を向ければ……高速で何かが飛び出してきた。
黄色と黒色、赤に青と。警戒色を身体に纏い、浮遊し、ギラリと光る鈍色の針で狙いを定めるその姿は、小型インベーダーのホーネッツ。
八〇センチはある全長に子どもの腕ほど太い針を射出し、神経毒を持つが耐久性は低い。戦いに慣れた者、魔法が使える者であれば容易に相手取れるインベーダーだ。
加えて単体であればそこまでの脅威は無く、序列としては下位の存在。
しかし、奴らの基本であり本領は群れを成して行動すること。即ち──同一性能を揃えた群体である場合、下位の評価は覆される。
「お、おい、嘘だろ……!?」
避難者の戦慄に震えた声が上がる。空に指を差し、身に迫る脅威を示す。
そこには一匹、二匹とゲートを抜けて、続々とホーネッツが総数を増やしていた。
二桁を超え、三桁に至らんとする大軍。別名“テンペストアーミー”と呼称される所以の群体。その中心とも言うべき場所に、一際大きな個体が浮遊している。
他のホーネッツ達と比べて、明らかに艶やかで妖艶。滑らかな曲線美を有する人間の女性じみた肢体。人と魔物が複合する、特徴的で不気味に蠢く複眼。
ホーネッツ達の統率者であり、群としても個としても超越した存在“クイーン”。
軍隊を率いる女王バチたる上位インベーダーの登場に、恐慌の波紋が広がった。




