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マシロの追想

「ふーむ……」


 逆波モーターズ第三工場内にて。

 マシロは思案する仕草を取りながら、傍らで工具類や機材を眺めるアキトに目線を向ける。

 知人が目に入れても痛くないと称するほど惚気る弟分……彼女も実際に言葉を交わして、ようやく理解できた。

 彼は、子どもらしくないほどに聡明だ。変に知識がある、何かの分野に突出している、という訳ではないが、人の機微や空気を読むのが抜群に上手いのだ。

 恐らくは過去の境遇から来る察しの良さと思いやりの結実。同年代から見ても、大人びた空気を纏うのは彼なりの処世術が故に、だろう。


 ──似てるな、あの人に。


 思い出すのは、まだアキトよりも小さい頃に根付いた記憶。

 父の知り合いだという彼、孤児院の院長……ヤナセの声と姿。

 かすかに薄れつつも確かなのは、大柄でいかつく、豪快で快活。決して他者を下に見るようなことはせず、視座を合わせる。無闇に同調するのではなく、自分の意思を持った上で共感を示し、優しく接する。

 大企業の娘という身分にいるマシロは表裏の無い対応が好ましく、身内以外では初めて頼りがいのある大人だと感じた。

 年を重ね、離別を経験し、社会に揉まれ、少女から大人になったから分かる。アキトは性質が違うものの、ヤナセと酷似した雰囲気を漂わせていた。


 ──どこか悲しげで、達観している目も。


 態度には現さずとも、瞳の奥に後悔か自責の念を携えたまま、人と接するヤナセの顔が脳裏を幾度となくよぎる。

 今にして思えば、アレは一体なんだったのか。何を悔やみ、苦しみ、それでもと足掻いていたのか。複雑な心境を読み取るには幼心では難しく、想起するには時が経ち過ぎた。

 しかし何の因果か、アキトの振る舞いがそれを思い出させた……血の繋がりは無くとも、家族という繋がりは継承されている。そういうことなのだろうか。


 ──そして、あの立ち姿に距離の置き方、細かな動作は。


 マシロは自身の抱いた違和感を追求する。

 彼女は技術者としても、経営者としても天才だ。若い身空でありながら逆波モーターズの重要部署を任せられ、アストライアとの技術提携を結び、成果を上げるほどには。

 そんな彼女が違和感に思ったこととは、アキトの動きだった。

 常に他者を守る位置にいながら、周囲を警戒するような視線移動。所在なさげに思わせながらも、左手を腰に当て何かを支えるような手つき。

 無意識の行動なのだろうが、マシロは知っていた。

 たった一度。偶然の出会いではあるが、知っているのだ。

 背格好こそ違うものの、癖の全てが共通する相手を。


「……夜叉」


 呟きつつも思い起こすのは、二ヶ月ほど前のこと。

 春が近づいているにもかかわらず、昼夜問わず冬の寒さが残る毎日を過ごしている時、マシロはゲートの被害にあった。

 仕事先で、あまりにも突発的な出現だ。加えて学園島に点在するアストライアの、どの施設からも遠い場所。

 警報のサイレンが鳴り響く中。戦闘部隊が来るよりも先に、溢れ出てきたインベーダー達が本能のままに周囲を壊し尽くした。


 建物も、人も……何もかもが崩れ去り、怒号や悲鳴が場に満ちる。

 火の手が上がる街中を走って、恐慌に背中を押されるように。誰もが避難用シェルターへ逃げ惑う最中、マシロはインベーダーに囲まれ、命が危ぶまれる状況に陥った。

 惨烈な死を予感させる爪牙が振り上げられ、目を閉じた刹那。

 凄まじい突風と共に響いた風切りの音が、インベーダー達を両断した。


 水気を含んだ重たい音と鉄錆の臭いが充満し、吐き気にえづくよりも早く。

 薄っすらと開いた瞼の向こうで、刀を構える夜叉の姿を目の当たりにした。出現していたインベーダーを全て斬り伏せ、それでもなお残心の構えを維持した彼を。

 そうして敵がいないことを把握した彼はゆっくりと納刀してから振り向き、手を伸ばしてきた。


 噂を聞いた人物によって保障された身の安全と、思ってもいない相手が登場したことで混乱していたのか。それでも自分の命が大事だと本能が働いたのか。

 無言のままに、促されるままに手を取って立ち上がり、近くのシェルターまで護衛されたのだ。

 無事に辿り着いた頃にはゲート収束にアストライアの部隊が動き始め、いつの間にか夜叉は姿を消していた。


 一時の邂逅。されど脳に焼きつく一連の流れ。

 そして、命を救われた相手を知りたいと考えるのは当然のこと。もっとも、その衝動を抱いたのがそれなりの地位と技術力を持つ存在だった為か。

 伝手とコネを活用し、アストライアのデータベースに乗り込んで秘密作戦、夜叉の詳細を知るなど無法の極みをやり尽くしていた。

 そしてグレーな部分に身を置いて推理し、整理し、出した結論とアキトが重なる。


「まさか、君が……」


 ありえないと思う。けれど確信めいた感情に突き動かされようとした瞬間。

 ──ゲート発生を知らせるけたたましいサイレンが鳴り響いた。

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