隣り合わせな世界の常識
二人の教師によって生徒の興奮は鎮まり、ホームルームが終わって、いつも通りの授業がおこなわれた。
地球と異世界。常識や知識の異なる学問を混ぜ合わせたパフア専門校の授業はかなり難しい。初等部であろうとテストで赤点を取ろうものなら容赦なく補習送りに。加えて授業態度が悪ければ即刻退学か、本土にある別の学校へ送り出す。
「そんじゃ、改めて魔法の原理について応えられる奴は……あー、人族はちょっと厳しいな。となると……リフェンス、正確に言ってみろ」
「俺ぇ? まあ、いいけどよ……異世界側の大気に含まれる微粒子、魔素がネイバーの体内にある特殊器官に蓄えられたことで魔力となり、術式や言霊に乗せて変質させ、放出する事で現実の法則を塗り替える技術。感覚的に使える者もいるが習熟は必須。加えて特性上、器官の無い地球人には扱えない技術でもある」
「おう、百点満点だ。それじゃ」
「ただしゲートの発生以降は地球側でも魔素の存在が確認され、近年の技術革新によって手持ちの多機能デバイス──マギアブルを介して誰もが魔法を利用できるようになった。しかし術式の形成を編み出す知識量を求められる為、もっぱら自動展開の防御壁を生成するのがメジャーな使い道となっている。こんなところか?」
「他の生徒にも聞こうと思ってた部分まで解説しやがったから、次のテストはお前だけ採点を厳しくしてやる。ついでに日本語で書いてもらうか」
「なんでだよ!? ムズイだろうが!」
だから休憩時間や給食の時間などでは枷が外れたようにバカ騒ぎするが、個々の授業に対して生徒たちは真剣だ。
既存の法則から外れた現象であるゲート。
生物どころか文明を蹂躙し尽くすインベーダー。
その対策を頭や身体に叩き込んで、幼少期から適応させるのがパフア専門校の理念だ。
「ゲートやインベーダーの処理に当たる世界間多国籍組織の名は“アライアンス”。ですが、パフア専門校のある人工学園島には、アライアンスから派遣された独自の武装警備組織があります。この理由と詳細を答えていただきましょうか、ミスター・リフェンス」
「今日はよく名指しされるなぁ。……この人工学園島は魔物、別名インベーダーが出現するゲートから魔素を効率よく抽出する偏向装置がある。それによって集約され、島内は潤沢な魔素に包まれているが、その影響で時間帯問わず不規則にゲートが発生する。いわば最前線のようなものである為、公的にアライアンスへ通報するよりも島内で在留し、事態解決に当たる組織が必要となった。そこで派遣されたのが、対インベーダー武装開発部兼戦闘部隊“アストライア”。地球の神話にもとづいた女神の名を冠する組織だ」
「素晴らしいですね。では次に」
「そう! アストライアの戦闘部隊は女性の比率が高く、インベーダーに対抗する為に全身を防護する最新鋭パワードスーツ“フレスベルグ”はっ、なんと! ほぼ下着みてぇなインナーに申し訳程度の装甲を空間維持機能によって張り付けてるエロい格好をしてるんだぜ!? 一応、魔素を活用した対物理・対魔法障壁を常時展開してるから、耐久性に防御力は既存の最高硬度を誇る金属すら上回る屈指のもの! そんな彼女らが優雅に戦い、島民たちの支持を集めているのは事実! もし秘蔵のプロマイドが欲しいって奴がいるなら後で俺に言ってくれれば言い値で売るぜっ!」
「ミスター・リフェンス? 廊下に立ってなさい」
「えっちょっ、問答無用で魔法はやめてぼばッ!?」
教室内を高速で飛び回り、廊下に放り出されたリフェンスを横目に、ディスプレイ型の黒板に書かれた内容をノートに書き写していく。
もちろん、廊下で立たされている馬鹿が答えた内容の一部を加えて。後半はともかく、前半は正しい事しか言ってないから。
そうしている内に授業終了を知らせる鐘が鳴った。魔法学に、二時間ぶっ続けの世界情勢学は頭が痛くなってくるな。
当直の挨拶を聞き終えてから、教材を持った先生が教室を出ていく。入れ替わりでリフェンスが戻ってきた。
「はー、ったく散々な目に遭ったぜ」
「自業自得だろ。いい加減、自分の癖を混ぜながら質問に答えるのやめなって」
「別に間違ったことは言ってないぜ? つっても、次の異類原生生物学は念願のマヨイ先生が来るし、少しは自重する……つもりだ」
「断言してくれよ」
愚痴るリフェンスを見上げながら教科書を準備する。
国語辞典ほど分厚い冊子にはいくつもの付箋が貼られ、メモが書かれた部分が飛び出していた。
「熱心だなぁ、アキトは。まあ、お前がいつもやってることを思えば知識は無駄にならねぇしな」
「インベーダーもとい魔物、または原生生物を知ってるのと知らないのとじゃ、動き出しが変わってくるからさ。……ってか、学校で大っぴらに言わないでくれ。秘密にしてるのに」
「既に遮音魔法は展開してるぜ? 誰にもバレないようにな。その辺を抜かったりはしねぇよ」
リフェンスは得意げに言ってのけて、周囲のぼやけた景色を切り替えた。本当に、優秀ではあるんだよな。変態なだけで。
胸を撫で下ろしていると授業開始の鐘が鳴った。颯爽と自分の席に帰っていくリフェンスを見送ると、教室の扉が開かれる。
「皆さん、ちゃんと席に着いてますね」
「もちろんっすよ! マヨイ先生の初授業っすからね、真面目にやらねぇと!」
「リフェンス君に関してはイリーナ先生から伝言があって。暴走したら仕留めてよい、と……そうならないように気を付けてくださいね?」
「すんません、生意気なこと言わんように気を付けます」
図体のデカいリフェンスの身体が委縮した。
その様子に笑みを浮かべてから、マヨイ先生は教壇に立って授業を始める。
内容は教科書通りの内容をただ話していくだけでなく、ネイバー側の逸話や地球生物の近しい習性を交えて、長命種ですら知り得ない詳細を教えていくものだった。
本来は担当していた教師の補佐をするように動くのが教育実習生だ。なのに、マヨイ先生の授業内容は面白く、自然と頭に入り込んでくる。
リフェンスだけでなく、他の生徒にも厳しいイリーナ先生がべた褒めするだけのことはある……既に教員としての実力は高いみたいだ。