ライジングヒーロー
『──夜叉!? どうして、いえ、そもそも喋れ……!?』
『話は後だ』
機能不全に陥ったフレスベルグを再起動中のマヨイ先生を横抱きに、他二人のニューエイジの元へ。
“天翔”による高速移動で、怪人を警戒して間合いを保つ彼女たちへ引き渡す。
『ひゅーっ! カッコいい登場してくれるじゃん! やるねぇ夜叉!』
『彼女と校舎の護衛を頼む。アレの相手は、オレがやる』
『……君の力は十二分に理解しているが、強敵だぞ』
『構わない。手早く済ませる』
リン先生、エイシャ先生の反応を横目に。
不気味なみじろぎを繰り返す竜怪人はこちらに指を差した。
「い、いひ、ひひゃは……や、夜叉だ。オマエ、夜叉だろう!?」
『そうだが、余計な問答を交わすつもりはないぞ』
『粗悪なモン使って変化しとるのぅ。ありゃあ不可逆性の薬じゃぞ』
酷く興奮した様子の竜怪人を診断し、リクがウンザリとした口調で口を開く。
『元から怪人な訳じゃないが、人間の姿に戻れないのか?』
『残念じゃが、インベーダーと同様の魔石反応が体内にある。仮に除去したところで寿命を減らすだけじゃな』
『なるほど……』
竜怪人に聞こえた訳ではないのだろうが、納得の返答を皮切りに。
翼をはためかせ、瞬時に間合いを詰めてきた。振り下ろされる爪に対し、フツノミタマを抜刀し受ける。
「目障りな、オマエが消えれば、俺が最強! ぶぶ、ぶっ殺してやる!」
剥き出しな殺意越しの火花が頬を掠める。攻撃の手を緩めず、竜怪人は縦横無尽に地を、空を舞い、ブレスを駆使して畳みかけてきた。
その全てを斬り払い、振り払い、返す刃でフツノミタマを振るう。しかし竜怪人は俊敏な動きで回避する。背に生えた翼は伊達ではないか。
『“天翔”で追跡するのも難しいな。直線上ならともかく、あの機動力で動き回られたら追いつけない』
『ならば、どこまでも追い続ける二の矢が必要でないかえ?』
『二の矢? ああ、そうか』
急襲を仕掛けてきた竜怪人の体当たりを蹴りで相殺。
体勢が崩れ、墜落しかける姿を見ながらフツノミタマを納刀し、レイゲンドライバーの殺生石を二度叩く。
『Summon タケミカヅチ!』
マギアブル越しの機械音声の後に、空中投影された和弓を手に取る。
シンプルながらも雷のような意匠が施された和弓は、前日に吸収したワイバーンの魔石によって解放されたヤシャリクの武装だ。
武器を変更するこちらの様子を観察していた竜怪人へ狙いを定め、弦を引いた。
甲高い吸気音を鳴らし、高密度な魔力エネルギーの矢が一本、二本と数を増やしていく。総数五本、番われた矢を弾いた。
放射状に射出された矢は全て狙い違わず竜怪人の元へ。打ち消そうと火球のブレスを吐くも、矢はそれを貫いて飛来する。
ならば回避を、と変則的な機動で飛び回るが、矢は絶えることなく追跡。
「きひっ!?」
誘導性の高い矢を二発は爪で振り払うも足、腕、腹に続々と突き刺さり、一瞬の閃光の後に雷撃を発した。
短い悲鳴と硬直した体が落下。されど視線でこちらを捉えようとしていたらしい。
「あの、ヤロウ! どこいった!?」
『後ろだよ』
頭を右往左往させる竜怪人の背後に“天翔”で接近し、抜刀。
第六の矢と化したオレの手で両翼を根元から断ち切る。血飛沫と苦悶の声を上げる隙も与えず、地面へと蹴り飛ばす。
「ふざ、けんな……こんなの、ありえねぇ!」
土煙に巻かれて転がる竜怪人から視線を逸らさないまま接近。
「竜の、力だぞ! 生物の、頂点! これで、敵わねぇだと!?」
フツノミタマを鞘に納めて、情けなく逃げようとする竜怪人へ詰め寄る。
「善人顔で、偽善者ぶりやがってっ! 俺と同じ、インベーダーの力を使った、バケモノの癖にッ!」
『そうだな。バケモノだよ、オレは』
インベーダー由来の力を振るう怪人と夜叉は、鏡合わせだ。
一歩間違えれば異物と判断され、処理される立場の存在だ。
『けれど決めたんだ。傲慢でも、うぬぼれでも──命を繋ぐ為に力を使う、と』
殺生石を三度叩き、マギアブルを押し込む。まばゆい魔力のエネルギーが放たれ、全身に纏わりつき、やがて右脚に収束していく。
危険な香りを嗅ぎつけ、脱兎の勢いで逃走を図る竜怪人の眼前へ先回りし、首を掴んで持ち上げる。
『リク、インベーダーの要素だけ吸い尽くせ。出来るだろ?』
『……カカッ! なるほど、考えたな!』
ハッとしたリクの声に応じて、首を掴む手からエネルギーを吸収。それは次第に素となったインベーダーの虚像をかたどり、徐々に分離していった。
やがて魔石の砕ける音の後に、全裸ではあるものの人の姿を取り戻した男を突き飛ばす。形だけの抜け殻と化した虚像を空中へ放り投げた。
重力に逆らえない自由落下に合わせて、放出されたエネルギーで弧を描きながら、回し蹴りで砕く。硝子の破砕に似た罅が走り、虚像が崩れ、爆風を撒き散らした。
『ん~、ワイバーンとも違う強烈で甘美な風味……! 純粋な魔力リソースとして竜は最上じゃのぅ!』
『腹は膨れた?』
『もちろんじゃ! どれ、やるべきは果たした。とっとと退散するぞ』
『ああ』
爆風に揉まれて転がった男に怪我が無いことを確認し、踵を返そうとして。
『ま、待って、夜叉』
背後から、身柄を預けていたマヨイ先生に声を掛けられた。
振り返ればどこか顔を赤くした彼女が、紫電を散らし、不調を来たしているフレスベルグを纏ったまま歩み寄ってきている。
『昨日と今日とで、助けてくれたことには感謝するわ。でも、貴方が使っているスーツは、本当に危険な物なの。出来れば引き渡してほしいし、アストライアの医療機関にも罹ってもらいたい』
『薄々と勘づいているだろう? 自身の体が衰弱していっていることに』
『ヤシャリクの機能は装着者の命を奪う……前も言ったけど、情状酌量の余地はあるし、悪いようにはならないよぉ?』
ニューエイジの三人から説得の声が上がる。
……ここで頷けば、ある程度丸く収まるんだろうけど。
『かなりの譲歩を感じるが、断る。オレが好きに動いた方が守れるモノは多い』
『んもぅ。身持ちが固いっていうかさぁ……』
『そろそろ、こちらとしても強硬手段に出ざるを得ないのだが、それでもか?』
『アストライアの懸念はもっともだ。強力過ぎる力を個人で携行しているなんて、危険人物以外の何物でもない。保護という名目で縛り付けたい本音もあるだろう。しかし、そうだな……』
自然と武器を構えだしたリン先生、エイシャ先生とは裏腹に。
棒立ちのまま、けれど力強い視線で訴えかけてくるマヨイ先生へ、レイゲンドライバーの機能を駆使してデータを送る。
『こうして話をするように、心構えが変わった記念にプレゼントだ』
『……? これは……!?』
『そちらが、引いて言えば本郷博士だったか。彼が知りたがっている情報だ。オレの容態とヤシャリクの現状を把握できる……もちろん、個人に関する部分は隠してあるが』
ニューエイジが一番に求めていた重要なデータだ。
彼女たちからすれば念願であり、裏にいる本郷博士にとっては垂涎モノ。
『欺瞞も偽りも無い、至って真実を綴らせてある。見ておいてくれ』
『ちょっとちょっと、煙に巻いてまた逃げるつもり?』
『お互いにそうした方がいいと思うぞ。……周囲の目も、気になる事だしな』
顔を校舎の方に向ければ、騒動の鎮圧を知ってシェルターから出てきた学校関係者が駆け出してきている。
生徒達は校舎から出ていないが興味津々な様子で窓から身を乗り出し、マギアブルを取り出して、カメラのレンズを向けてきていた。
オレは当然としてニューエイジとしての彼女たちが、教師はともかく生徒にバレるのは避けたいはずだ。
『機会があれば、この赤いマフラーを視界に入れるだろう。では、またな』
『っ、おい夜叉──!』
でもまあ、諸々の後処理はアストライアに任せるとしよう。
エイシャ先生の制止を“天翔”で振り切り、大空を駆ける。
『…………キザ過ぎた、か?』
『やめてくれ、笑いをこらえるので必死なんだっ……!』
『リク、今夜も晩御飯抜きね』
『そんな殺生な!?』




